⑦不覚にも
テロリストを検挙したのは総勢25人だった。鈴音の予想人数とは、3人足りない。
「隊長、私はコイツらを28人と予想してましたけど、3人足りませんが?」
鈴音がテロ対処部隊隊長の冨樫弥助(とがしやすけ)に問うてみた。
「そうでありますか。自分には、20人程度と言う情報しかなかったでありますが、地下から2階までの3フロアは、くまなく探しました。結果的に25人でありました。」
冨樫隊長はまるで上官に答えるように言った。大体の何とか隊と付く人種はこんな喋りをするのが多いみたいだ。
「情報には誤差があり得る。でも、取り調べとアジトの再捜査が必要だ。安藤、アジトに行ってくれ。」
テロ対策室室長の高橋が、冨樫隊長と鈴音に目線を向けて言った。
「はい、オダ山に行ってきます。」
鈴音は目力強く言った。
「おい、待て。石川、お前も行ってこい。」
高橋室長は、鈴音より2つ上の石川和義警部補にも声をかけた。
「分かりました。安藤、宜しく。」
和義は室長に即答し、鈴音に声をかけた。
「安藤、どこからの情報だったんだ。結構、細かい内容だったが。」
和義はオダ山に向けて走り出したスカイラインを運転しながら鈴音に聞いた。
「一課の益田主任です。あの人の情報網は想像を絶しますから、情報源までは聞いてませんが。」
鈴音は巫女代の事を隠すために絢子の名前を躊躇なく出した。
「益田さんか、凄えな、あの人は。」
絢子からの情報と聞くと和義は、それ以上問う事を止めた。と言うのは、絢子は検挙率が高く優秀な反面、違法すれすれの捜査をしてる節があるためだった。絢子は敵も多く、和義はあまり関わりたくない人物であった。
「石川さん、2階から見て行きますか。」
オダ山のアジトに着くと、絢子の名前を聞いて、若干、モチベーションが下がった表情を見せた和義を引っ張って行くように、鈴音は言った。
「この部屋は管理室みたいだな。モニターが4つもあるな。でも、電源は切れてるし、ノートパソコンがここにあった感じだな。安藤がこの建物に入った時の様子か撮られてたかも知れないな。もし、ここに居た奴等が逃げたとしたら、お前、顔、割れてるぞ。」
巫女代が3人ぐらい人が居ると言っていたアジトの2階の部屋に入ると、和義が言うように監視カメラのモニターが4台嵌め込まれ、ノートパソコンが置けるようなフラットな面がある操作盤があった。
「そ、そうですね。狙われるかも知れないですね。」
鈴音は巫女代と地下に居たのがバレてしまう事の方が不安だった。
「ここ、出られるぞ。」
和義は、ベランダへの出入り口をみつけ、黒革の手袋をしてドアノブをひねった。そして、鈴音はその後を追った。
「草が倒れてるな。走り抜けた跡じゃないか?鑑識呼んで、下に回ってみるか。」
和義の観察力は鋭く、案の定草叢に廻ると、2階からは見えない、ベランダの真下には梯子が横たわっていた。そして、キーボードの一部と思われる『a』と『z』の正方形のボタンが落ちていた。『a』のボタンのその字は頻繁にタッチされてるようで、文字が擦れていた。その2つを上着の内ポケットに入れてた、ピンセットの入った茶封筒を取り出し、証拠品として、ピンセットで拾い、茶封筒に入れ、同じポケットに収めた。
「草が倒れてる部分は足跡が取れそうですね。上の部屋と同じ足跡なら、あそこに居た人間がノートパソコンを持ち出して、梯子を使って逃げ出した事になりますね。恐らく、私が何気なく地下の階段を降りて言ったのを監視カメラで見て、直ぐ逃げ出しましたかね。2階から上がればよかったですかね。でも、無意識に地下に降りてしまったなぁ。」
鈴音は、初動が誤ったかのように口ずさんだ。
「それは、しょうがないだろう。この建物の2階には何人いて、1階は何人でって情報までは流石に益田さんも取れなかったと思うけどな。鑑識に裏付けを頼もう。」
和義は鈴音に気遣う訳ではなく、2階から捜査した方が良かったか、地下からが良かったかは、どちらとも言えないと思ってた。
程なくして、鑑識班が到着した。
「お手数かけます。2階の部屋と草が倒れてるとこです。宜しくお願いします。我々は、草叢の向こう側に回ってみます。」
和義は丁寧に鑑識班に依頼し、上着の内ポケットに入れた茶封筒の事も伝えて、それも渡した。
「ここに抜け出したんだ。タイヤ痕もあるな。ここも調べてもらおう。」
恐らく2階から逃げたであろうテロリストの何人かが草叢から抜け出た近くに駐車してた車で逃げたかのような、急発進した痕も残っていた。
鑑識班の結果報告では、2階には3人の足跡があり、草叢を駆け抜けた足跡と同一の物との結果だった。また、タイヤ痕はその3人が逃走に使った車両かどうかまでは分からないが、軽自動車のタイヤ痕だと分かり、車種を特定中との報告だった。また、車種が特定できたら、盗難届けやレンタカー会社のレンタル履歴、その軽自動車の販売履歴等を調査する事になった。
「益田主任、今、良いですか?神坂さんにテロリストの3人が検挙前に逃走してた事を伝えて欲しいのですが。」
鈴音は対策室から出て、人気の無い非常階段の踊り場で、絢子に電話した。
「えっ、全員検挙出来なかったの?何してんのよ対策室は。何故巫女代に伝えるの?また、巫女代の手を煩わすつもりか?」
絢子は鈴音が話した内容に怒りを感じ、強い口調で言った。
「すみません。あのアジトの2階に居た3人がベランダから逃げ出したんですが、監視カメラの映像が記録されたノートパソコンを持ってる可能性があって、神坂さんが狙われる可能性が。」
鈴音は焦りながら絢子に話した。
「なるほど。多分、大丈夫よ。あの子が力を発揮してる時は磁場の歪みが出るからカメラにはノイズが入って見えないと思う。でも、気をつけるように伝えておくわ。巫女代は平気だと思うけどね。返り討ち喰らわす筈だから。あんたこそ気をつけなさいよ。念のため、独りで出歩かない方が良いわ。志水に言っとくから、帰宅する時は志水を付けるわ。」
絢子は機転を効かせた。
「ありがとうございます。益田主任。加藤君に無理させちゃわないですか?」
鈴音は、有難迷惑な気持ちを懸命に抑えて言葉を返した。
「鈴は有難迷惑って感じてると思うけど、私はあなたが襲われるのは嫌よ。備えあれば憂いなしで受け止めて頂戴。」
絢子は強引な反面、相手の事を考える事が出来る人間だった。
「益田先輩、分かりました。加藤君に付いてもらいます。先輩、直ぐ連絡して下さいよ。私、直ぐメールしますから。」
鈴音は絢子の強引さに負けた気分と自分自身の事を考えてくれてる事に感動した気持ちが入り混じってたが、強めの口調でそう言った。
「うん、わかった。自分を大事にしろよ。」
絢子は鈴音にそう言うと電話を切った。そして直ぐに巫女代に電話を入れた。
「3人は逃げちゃったんですね。分かりました気をつけます。ご連絡ありがとうございます。」
絢子からの電話を何も動揺せずに巫女代は答えた。
「流石ね巫女代。極力、あんたの手を煩わしたくないから、司法試験の準備、頑張んなさいよ。」
絢子はそう言うと、直ぐに電話を切った。
「安藤さん、拙い事になりましたね。協力します。お帰りの時は直ぐ連絡して下さい。」
絢子から電話があり、鈴音からメールが来た志水は、若干、緊張感を持って、鈴音に返信した。
「加藤君、油断したと言うか、神坂さんのあの力を目の当たりすると、頭の中真っ白になってしまって。」
鈴音は志水との帰宅中にぼやいた。
「安藤さん、僕だって同じ事になったと思いますよ。ましてや、巫女代ちゃんと2人で入った部屋は危険な場所だったんだから。」
志水は鈴音を慰めた。
「そうだよね。命がけで入って行ったんだから。でも、巫女代ちゃんの事、隠し続けるの?もっと上の人間にも紹介した方が良いんじゃないかなぁ。」
更に、鈴音はぼやいた。
「そこまでは、僕には何とも。絢子親分に任すしかないっすよ。親分、怖いけど、すんごく頭遣って、人の立場を考えて動く人だから、僕は親分を信じるしかないっす。」
志水は絢子を庇うように言った。
「益田先輩、凄いもんね。私もいつの間にかリスペクトしてたから。」
鈴音のぼやきは無くなった。
2人は鈴音のマンションに着くと、直ぐに部屋に入った。灯りを灯し、部屋中の安全を確かめた。そして、志水はハンディータイプ盗聴器発見器を鞄から取り出し、鈴音に渡した。鈴音は、部屋中を隈なく盗聴器がないか探した。その間、志水はカーテンの隙間から窓の外を見て、不審者がいないか、この部屋を監視し易い建物がないか観察した。
「ありがとう、盗聴はされてないわね。」
鈴音は、安心し、発見器を志水に返した。
「外にも不審者は居ないようですが、この窓から見えるあの3棟のビル見て来ますね。特に、異常なければ僕は帰ります。メールします。何かあったら直ぐ連絡して下さい。」
志水はそう言って部屋を出て行った。
志水は、マンションの周りを一周して、不審者が居ないか再確認し、鈴音の部屋の窓から見えたビルを確認しに行った。分譲マンション1棟と賃貸マンションの2棟だった。分譲マンションにはコンシェルジュが居たため、念のため不審者がいないかどうか話しを聞いた。両隣の賃貸マンションに最近、引越しがあったかどうかも確認した。特に、不審者や引越し等は無い事が分かり、その旨を鈴音にメールした。志水は、コンシェルジュとの会話を含めて、鈴音の部屋から出て、2時間近く丹念に見廻ったのだった。
「加藤君、ご苦労様。今度、お互いが非番の時、晩ご飯ご馳走するわ。」
家路に着く志水に、鈴音は電話を入れた。
「いえいえ、親分の命令ですから、親分にゴチになりましょうよ。それと、逃げた連中が捕まるまでは、続けろって事ですから。安藤さんも大変ですよ。当分は僕と仲良くランランランですよ。アハハ。明日、朝、迎えにきます。宜しくです。」
志水は腹を括っていた。
「えぇ、そんなんだ。勤務中は早く見つけ出すように頑張るわ。申し訳ないね、加藤君。親分、徹底してる。恐ろしいわね。」
鈴音はまた驚いた。
「いえいえ、こんなもんですよ。親分は。では、また、明朝です。」
爽やかに、軽やかな口調で、志水は電話を切った。
つづく
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