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小説 イクサヌキズアト-3

2022-04-07 07:56:00 | 小説
第壱話 和合

参.糸口
 
 春生は自分の実家の闇に気づいたように感じてた。父、泰生と叔父、忠成の仲の悪さはつい最近できたものではなくて、自分の想像を超える深い亀裂が自分自身が産まれる前からあるのだろうと。肩の力が抜けているにも拘らず、下っ腹に向かって不愉快な重みが両肩から鉄塊で押しつけられるような、これまでに経験のない重さ、いや、身体の虚脱を感じていた。
 
「すまんな、大きな声出して、忠成とはいつもそうなんだ、俺と忠成の間に幸子《さちこ》がいたんだけど、精神病を患ってて幸子ばかり面倒をみてたもんだから、その幸子は母さんと結婚する前に死んじまったんだけどな」
 
 そう話し出す泰生の顔を見上げる力くらいしか出せない春生だった。
 
「そうなんだ、父さんは忠成叔父さんに信頼されてないってこと」
「そんかもしれんな」
 
 それだけいうと泰生は春生から離れていった。
 
「春生、大丈夫?今に始まったことじゃないし、兄弟で解決しないとね、コーヒー淹れたから来なさい」
 
 千鶴は春生を慰めるわけでもなく、泰生のかたを持つわけでもなく中立であるかのように振る舞った。
 
「ありがとう、いただきます、母さんは父さんと叔父さんのこと一部始終しっていたの」
「父さんと結婚する前のことは少し教えてもらったけど、詳しくはわからないは、結婚式にも忠成さんはひょこっとあらわれたは、どうやって連絡とったのか私は分からなかった、強いていうなら、父さんは寡黙でしょ、人に相談なんて滅多にしないから、良くいえば独りで抱え込む、悪くいえば身勝手ってみられてもおかしくないわね」
 
 千鶴は中立だった。春生はそんな千鶴の強さを初めてしった気がした。
 
「うちって、色々と問題ありなんだ」
「どんな家だって、何らかの問題を抱えているものよ、深く考え過ぎちゃだめ、誰だっけ、〝右から左へ〟とか歌う芸人さん、それが良いのよ」
 
 春生は更に、千鶴の冷静な強さに驚いた。
 
 エンジンのスタート音が鳴った。アクセルを軽く空吹かしして、春生たちの家から一台のライトカーが、春生と千鶴のことを気に止めないように出ていった。
 
「あら、父さんどこに行くのからしら、せっかちだから、一言何か言って出かければいいのに」
「本当になんで何もいわないんだ、何考えてんだか」
 
 千鶴はいつものことのように表情は穏やかだか、春生は癇癪を起こしてた。
 
「まあ、まあ、あなたはこんなことしないように常に冷静でいてね、大丈夫、大丈夫、なるようになるは」
「母さん、平気なんだ」
「そりゃあね、いちいち気にしてたらあなたの父親とは一緒に居れないわ」
 
 春生は千鶴の言葉に熱で膨張しかけた心が一気に萎んでいった。それと同時に重たい身体が、いつの間にか軽くなっていてが、それを意識することはなく、諦めの境地に達した気がしていた。
 
「杉下さん、松井です、松井麗美です、法律事務所の」
 
 受話器の送話口を掌で覆って喋っているのか、周囲の音がこもって聞こえていて、麗美自身の声は小さな囁き声だった。
 
「あ、あ、杉下です、お世話になってます、もしかして、父がそちらに」
「はい、特に、問題はないのですが、お父様は感情を殺していて、上手く説明できないみたいで」
「分かりました、直ぐそちらへ伺います」
 
 春生は安心感と泰生の慌て振りが頭に浮かび薄笑いしてしまった。
 
「はい、いってらっしゃい」
 
 千鶴もそれを見て、笑みを浮かべ、春生の車の鍵を手渡した。
 
「中内君、春生さんいらしたわよ」
 
 ピカピカな赤色の軽自動車の運転席から降りる春生を見て、面談スペースのシャーカステンの奥でパソコンに向かっている甚平に、ゆっくり口を動かして伝えた。というのは、泰生は言葉を発するのだが、断続的で、その間は腕を組んで言葉を吟味してるのか、〝うぅー〟と、唸っているのだ。だから麗美は、自分の声が甚平の耳に届かないと察し、何度かそれを繰り返していた。
 
 一方、凪は普段と変わらない姿勢と表情で泰生を見つめていた。
 
「失礼します、杉下です、こんにちは」
 
 春生はノックすることを忘れて、声を出しながら事務所に入ってきた。
 
「あっ、こんにちは、泰生さん、いらしてますよ」
 麗美は慌てて、泰生が春生がきたことを気づくように、今度は事務所中に通る声を出した。
 
「松井さんありがとう、春生ここだ」
 
 泰生はシャーカステンの天辺から目まで見えるように立ち上がり、玄関先へ視線を向けた。
 
「父さん、どうしたんだよ」
「お前を待っていた」
 泰生は凪の目の前の椅子に座り腕を組み、目を瞑ってそう言った。
 
「ええぇ」
 
 凪と泰生以外の三人は声がシンクロした。でも、凪だけは軽く握った右手の親指側を唇に付かない程度に近づけて笑を堪え咳払いした。
 
「何いってんだよ、黙って出てったじゃないか」
 
 春生は呆気に取られた。
 
「そうだったか、まあいいや、お前も座れ、何故だか、上手く説明できないんだ、忠成のこと、お前が凪先生に説明してくれないか」
 
 泰生は周りの空気を読むことなく、あっさり春生に説明した。
 春生は仕方なく、千鶴から聞いていた、泰生と忠成の仲の悪さを凪に話した
 
「父さん、僕はこれぐらいしか知らないよ、後は自分で話しなよ」
「いや、充分ですよ、それで泰生さん、私が何をすればいいのですか」
 
 凪は予兆なく二人の間に入った。
 
「えっ、ああ、なんだ、忠成も連れてきていいですか、ええ」
「是非、是非、今回の相続の件、私が法律家として忠成さんに説明してさしあげますね」
「そうそう、宜しくお願いします」
 
 泰生は照れ臭そうな、気が進まないのか、そんな感情が絡み合っているのか、額に汗を滲ませて凪にお願いした。
 お願いされた凪は、とても顔の表情が緩み、ニコニコして、自分のスケジュールを手帳を開き、確かめ始めた。
 
「泰生さん、三日後の午後一時からで宜しいですよね、春生さん、忠成さんに電話して下さいます、そして、私に代わって下さい」
 
 こうして、凪だけが心乱さず振る舞い、泰生と忠成が対峙する場を設けたのであった。
 
 続



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