第壱話 和合
弍.すれ違い続けた兄弟
春生は実家にいる泰生と会い、凪からいわれた〝証明できる文書〟とか、存在するのか確かめていた。
「あっ、あるはずだ、お前も手伝ってくれ」
泰生は数秒天井に視線をやると、庭にある物置に春生を連れて行った。
「春生あったぞ、これだこれだ」
泰生は眼鏡を老眼鏡にかけ替えて、茶封筒にLDLで本体は掌サイズだか、強い光を放つ懐中電灯を照らした。裏返してみると右下に円で囲われた〝秘〟が黒のボールペンで書かれていた。
「父さん、この封筒の中に入ってるの、怪しいんだけど」
春生は疑心暗鬼でいたが、泰生は懐中電灯を春生に持たせ中の文書を取り出した。
「ほらぁ、三人の自筆の署名があるだろ、そうだよ、三人で面と向かって、俺と忠成の経済状況とか確認しあって、その土地を活用するように話合ったんだから、じいさんは六人兄弟だったらしい、じいさんと俺と忠成だけが生き残って、忠成はまだもの心ついてない時だよ、戦争だよ、戦争でじいさんの家族、近々の親戚はほぼ全員が死んだんだ、嫁に出た姉さん一人だけ生きてるけど、当時は結婚で家を出ると実家との関わりは他人のように浅いものになったらしい、だから、じいさんが全ての財産を一手に貰い受けたわけさ、終戦直後だから、登記の変更とか役所がそんなことしてる嶋がないからな」
春生は泰生から始めてそんな話を聞いた。戦前は自分の一族は裕福な暮らしをしていたのかと頭に過った。それと、普段は口数が少ない父親である泰生の流暢な話し言葉に驚いていた。
「あっあ、父さん、凪先生に連絡しとくよ」
春生の言葉が聞こえなかったのか、いや、他のことを考えているかの顰めっ面で物置から出て、自分の部屋へ歩き出した。
「もしもし、杉下です、ありましたよ凪先生」
「お三人の署名がある文書ね、春生さんに今後の指示はださなかったんじゃないかしら、なるようになるから、春生さんは、お父様のこと静観してて下さい」
「分かりました」
春生が凪に報告の電話をすると、凪は全てお見通しであるかのような返答だった。そして、春生は安心したようた気がして電話を切った。
しかし、凪との電話を切って数秒後、途轍もない違和感を覚えた。
すると、泰生の部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。窓ガラス越しに泰生が自宅の電話の受話器を左手に持っているのが薄っすら見えた。
それを目にした春生は静観しろという凪の言葉を思い出して、泰生の部屋には向かわず、喉を潤すために台所へ向かった。
「始まったわ、嫌だ嫌だ」
春生が台所に着くと、間髪入れずに、母親の千鶴が吐露した。春生が千鶴の顔を覗き込むと何かを我慢していて、目を見開いた硬い表情が伺えた。
「なんだか喧嘩になった、きっと忠成叔父さんと話してるんだと思うけど」
右手にグラスを持ち、左手で蛇口を捻った春生は、少しだけ音量を下げた声で千鶴に話した。
「春生はさぁ、愛美《まなみ》ちゃんや哲郎《てつろう》君と仲がいいからさぁ、いってなかったんだけど、昔っから忠成さんとお父さんはとても仲が悪いの、それに加えて藤子《ふじこ》さんは口ばっかりな人だし、塾を経営してて、塾長だからって私には上から目線でものをいうの、もう関わりたくないの、だから、私がいない時に電話して欲しいわ」
秋枝は顔を紅潮させていた。
「そうなんだ、二人とも俺には優しいけど」
「それはね、きっと、春生に優しくしていれば、味方になると思って、味方につけたい作戦よ」
春生は秋枝の言葉に唖然として、グラスに注いだ水を飲むごとを忘れ、ダイニングテープルにそれを置きながら椅子に腰掛けた。
「えっ、母さん、昔っからって、父さんと叔父さんは相当前から仲が悪かったの、叔母さんの上から目線は気づいてたけど、中二の時だったかなぁ、〝うちの塾に通えば成績は上がるわよ〟っていわれた、だから、僕は席次は常に一〇番いないだっていうと、流石、杉下家ねなんていってその後は成績に関することは何もいわなくなったけどね」
「あはは、そんなこといってきてたの、愛美ちゃんは今、美容院で美容師してるでしょ」
「ああ、愛美姉さんは早く美容師になりたいって、高校にいかなかったよね」
二人の話は広がっていった。
一方、泰生は部屋で、かかってきた電話に怒鳴ったり、自ら電話をかけて怒鳴ったりの繰り返してが続いてた。
「愛美ちゃんね、高校受験、失敗したのよ、でも、藤子さんは、高校に受験しなかったことにして、知り合いの美容院に就職させたの、今でも美容師免許はとってないみたいよ」
母親が隠して事実を耳にした春生は嫌な気持ちになり、秋枝の話を聞きたくなくなった。
丁度その頃、泰生の部屋は静まっていた。
胸に嫌な気持ちを充満させた春生はその静けさに気づき、泰生の部屋へ嫌々足を運ぶのだった。
「喧嘩じゃない、忠成は話を聞かないんだ」
春生が泰生の目の前に位置して、忠成と喧嘩になったのか問うてみると、泰生は熱冷めやらぬ状態だと直ぐに分かった。
「落ち着きなよ」
一言溢して、泰生の部屋を出ていった。
「もしもし、杉下です、凪先生、父と叔父は大喧嘩になったようです、どうしましょう、参りましたよ」
春生は、庭に出て加熱式タバコをふかしながら凪に電話した。
「大丈夫ですよ、大丈夫、なるようになりますからね、いい方向へ治まりますよ」
凪の声は、春生とは反して普段通りの落ち着いた優しい色だった。
続
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