K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-07-21 07:52:00 | 小説
第参話 明暗-II

 チナツの目の前は、暗闇だった。何も見えないと思いきや、影がいくつも蠢いている。
 〝えっ、ここはどこなの。でも、確かに何かが動いている。〟
 チナツは周りをキョロキョロ見渡した。
 〝まん丸い影だ。星かしら。〟
 不安ながら、自分の真後ろに縁から光を放射状に放つ円形を影をみつけ、その放たれた光の延長線上に夜空の星が輝くような情景を目にした。その星空を確認すると、何か気がついたように正面に視線を戻した。
 〝地球の影だ。そうよ、地球の影よ。〟
 そういうと、この暗闇を凝視した。確かに何かが動いてる。更に目を凝らすと、その影の中で、人間同士や四足動物同士、鳥同士等、更には、植物までもが動きだし争っていた。地球上の生物で同種同士の争いが繰り広げられていたのだ。それも性別や年齢も厭わず、それぞれが怒りのままに傷つけあっているのだった。
 〝何よこれ、止めなさーい。〟
 チナツは影達が争っていると気つくや否や反射的に止めさせようと叫んでいた。
 チナツの声なぞ聞こえるわけもなく、首をへし折ったり、腕や脚をもぎ取ったり、暗闇に消えゆくが、すぐさま身体が再生し、忌ま忌ましい状況は止むことがなかった。
 これを見てチナツは、この争いは永遠に続くものなのか、いや、この世界は恒常的に争いが止まない世界なんたと落胆するしかなかった。
 〝チナツ、どうした。魂が抜けたようにぼーっとして。〟
 兄のアキオが現れた。
 〝あっ、お兄ちゃん。お兄ちゃんにも見えるでしょ、あれ。〟
 〝ああ、地球の影だろ、見えるよ。生き物は常に争ってるからな、特に、人間は影で何してるか分かりゃしない。〟
 アキオは、いつもより大人びた口調でそう応えた。
 〝お兄ちゃん、怖くないの?チナツはあれを止めたいんだけど、聞いてくれないし、どんどん、どんどん、新しい影が出てくるのよ。〟
 チナツは声を震わせていた。
 〝そうさ、生き物の影なんて、次から次へと出てくるもんなんだよ。でも、教えたら、影の消し方。〟
 アキオは、淡々といい放った。
 〝そうだ、お兄ちゃん教えてくれたよね。そう、光を当ててあげればいいんだ。〟
 〝うん、これで照らしてやればいいのさ。〟
 アキオは三脚のついた照明機を自分の前に立てた。
 〝いいか、点けるぞ。〟
 光を照らされた影は一瞬にして消え去った。
 〝やった、お兄ちゃん。ありがとう。争い事はなくなったね。〟
 チナツはそういい、照明機の前に出ていった。
 〝チナツ、そこに立つと俺たちの影ができるぞ。〟
 チナツの傍にきてアキオがそういうと、兄妹の影は争いを始めた。
 
「チナツ、朝だぞ。起きろ。」
 寝汗をかいて眠っているチナツの肩を振りながらアキオは起こそうとしていた。
「はっ、お兄ちゃん。チナツ怖い夢、見てた。あれ、どんな夢だったっけ。」
「はい、はい、お母さんが起きなさいって、お父さん今日から出張なんだら、みんなで朝ご飯食べて、お見送りしてあげなさいって。」
 寝ぼけていたチナツはアキオにそういわれると、ぱっと目を覚まし飛び起きた。
 
「お父さんいってらっしゃい。お土産かってきてよ。」
 アキオとチナツは父親に声を揃えて笑顔を見せた。
 
 アキオとチナツはその晩、祖父母がいる実家で夕食を取る事になった。母親がPTAの会議があるからである。
 しかし、母親は小学校の正門は潜らず、裏路地でアキオの担任教師が待つ車に乗り込んだ。
 一方、その頃父親は温泉宿の貸切風呂で女性と二人、湯に浸かっていた。
 アキオとチナツの両親は仮面夫婦だった。
 
 一年後、その兄妹の両親は離婚した。兄妹は一緒に暮らすことはなかった。
 
 人間は光と影を持って生きている。本当に地球上で最も進化を遂げた生物なのだろうか。


短編小説集 GuWa

2021-07-20 03:05:00 | 小説
第参話 明暗-I
 
 太陽光線は沢山の恩恵をもたらしているのは周知のことであろう。
 
 我々は瞳で光を捉え様々な事象の意味や価値、質を弁別、認知することができる。これは、母胎から産み落とされ、養育者が衣食住は元より、非言語的、かつ、言語的コミュニケーションを怠らず成長を見守り、その乳飲み子が自らの好奇心で身体を動かし、自己世界を創っていける環境も整え、子が様々な体験を味わえ、この記憶とともに視覚をはじめ、聴覚、嗅覚、味覚、体性感覚が統合され、感覚-知覚-運動過程を確立させていき、学び、成長し続けるからだ。
 こうして、人間はこの世界に生まれて、養育者の援助を受け、養育能力を身につけ、子を育て、死が訪れる日まで自己実現という喜びを求め、生きていく。勿論、例外は少なくなく、現時点における科学技術を発展させた人間は、多様性が認められるまでの倫理的思考も発展させてきた。
 しかしながら、人間以外の生物たちは、群れをなす者、繁殖期のみ集団活動する者とがおり、これらは、産まれて死をむかえるまで、定型的な活動様式を送っていく。すなわち、自然環境に則って、種を断絶させまいと生きていくのだ。
 それに反して人間は、人口減少、少子化、高齢化が社会問題となっている。いうまでもない、自然の理を無視するような生き方をしているからだ。種を断絶させまいという価値を意識しなくなったからだ。
 
 太陽光の恩恵といっても過言ではない。
 
「お母さん、影がこんなに長くなってるよ。面白ーい。」
「夕方だからね。」
 末っ子のチナツは、母親と三つ歳上の兄、アキオと三人で、商店街での買い物を終え、人通りが少なくはなった自宅近くの緩い登り坂を夕日を背にしてた。
「チナツの影、踏んでしまーまお。」
「お兄ちゃんやめてよ。」
「何でだよ。影なんか踏まれたって痛くないだろぉ。えいえいえい。」
 アキオは今夜の晩ごはんのおかずで、母親がコロッケを買ってくれたごとを喜び、はしゃいで悪ふざけしていた。
「だって、何だか嫌なんだもん。本当に踏まれてる感じがして。」
 チナツは悲しげにそう言った。
「じゃあ、影を隠しちゃえば良いじゃないか。そんなことできないもんねぇ。」
「アキオ、これ持ってちょうだい、今日は沢山買い物したから重いの、手伝って。」
 母親は、兄妹が喧嘩にならないように、買い物籠から紙袋に入ったコロッケをアキオに手渡した。アキオは大好物なコロッケを大事そうに抱え、悪ふざけが収まった。母親は、チナツに顔を向けて笑みを見せ、左手を差し出して手を繋いだ。
 
「お父さん、お兄ちゃんね、チナツの影を踏んづけるだよ。乱暴者よねぇ。」
「ただの遊びだよ。影を踏まれても痛くないだろう。ねぇ、お父さん。」
 父親が帰宅して、コロッケやサラダ、味噌汁等が配膳された食卓を囲み、チナツは影を踏まれて不愉快だった話を始めた。
「そうだな、アキオかいうように影は踏まれても痛くはないが、自分の分身みたいに思えることもある。チナツはそう感じたんじゃないか。アキオもそんな時があると思うけど。やり過ぎて、人を嫌な思いにさせるのは良くないな。」
「そんだね。あるかもしれない。チナツごめんよ。今日はさあ、お母さんがコロッケ買ってくれただろ、嬉しくてさ、ついつい、チナツの分身も守ってやらないとな、おれはお兄ちゃんなんだから。えっへん。」
 アキオは父親の話を素直に捉えてチナツに謝った。
 
「ねえ、お兄ちゃん。それにしても影って不思議ね。追っかけても捕まえられないし、逃げてもついてくるもんね。」
 子供部屋に二枚の布団が並べられ、兄妹で並んで枕についた頃、チナツがアキオに話しかけた。
「そんなことないさ。影は、光の反対側にできるから、真上から光を浴びれば影は出来ないよ。追っかけて捕まえるなんては難しいけど、影から逃げようと思ったら、明るいところに行けばいいのさ。例えば、電気屋さんに入るとかな。」
 アキオは優しい口調で応えた。
「そっか、明るいところに行けばいいんだ。でも、真っ暗なところでもいいね。光が当たらないから。でも、怖ーい。」
「あはは、チナツ自分でいっておきながら怖がって、あはは。でもさ、夜は地球の影なんだ。太陽の反対側になったら、光が当たらなくなるからな。」
 二人は影の話が弾んだ。
「そうなんだ。夜は地球の影なのね。夜は影の中にいるんだね。ううん、それじぁ、夜空の遠くに、地球の影が映ってるところがあるんだろうね。」
「そうだな。あるはずた。でもそこは、とても真っ暗で恐ろしいところだろうな。暗黒の世界だよ。恐ろしい化け物がいっぱいだろうな。」
「もう止めて、脅かすのは止めてよっ。もう。」
「嘘、嘘だよ。ごめん、ごめん。もう寝よ、チナツ。」
 眠気に攻められたアキオは、チナツが話してくることを面倒くさがって、ふざけたことをいい出し、簡単にあしらい眠りについた。チナツはアキオのその言葉で、不安な気持ちを抱きながらも眠ってしまった。



短編小説集 GuWa

2021-07-17 00:57:00 | 小説
第弍話.良し悪し
 
 ここ、心霊スポットである墓地公園は、毎年夏になるとやんちゃな若者たちが肝試しに訪れる。しかしながら、誰一人と心霊現象を体験した者はいない。

 その公園の駐車場は乗用車が20台停められるスペースで、そこから墓地へ向かう小径は100mほど距離があり、足を取られない程度の砂利道が伸びている。
 また、その小径には墓地との中間地点に直径10mの池があり、縁に35mmの高い丈の芝生が茂っている。浮き草が点在し、錦鯉が行き交う来園者を静観している。
 その池は外来種であるミシシッピーアカミミガメやナイルテラピア、オオクチバス、ブルーギル等が繁殖しないように定期的に管理会社に整備されている。また、その傍には柳の木が涼しさを与えている。
 更には、墓地とは反対方向に鯉の池を挟んで、二階建てで、池を見渡せるベランダが設けられている管理事務所がぽつんと温かみを添えている。昼間は来園する者にとって、墓地側から見るそれは癒しの空間になっている。
 しかし、西の水平線に日が沈むと、柳の木の下や池の中央、事務所のベランダは、物の怪(もののけ)が浮遊するかの雰囲気を漂わす。不自然に人工的な自然であるからであろう。時間を持て余す若者たちは刺激を求めてしまうのだ。
 
「ネタ合わせここでしようや。」
「そうだな。ここなら人目につかないし、思い切って練習できるな。」
 お笑い芸人の養成校を卒業したばかりの小柄な大島雄介(おおしまゆうすけ)と太った島山光弘(しまやまみつひろ)の二人が、島山の彼女が運転する自家用車で連れられ、お笑い新人コンテストで披露する漫才を練習しに墓地公園へきた。
「どうもう、爆笑二島(ばくしょうふたじま)ですぅ。」
 ツッコミの大島から一声を発した。
「いやいや、こいつはこんなに背が低いくせに大島って名前なんですよ。僕はこんなにデブなのに島山なんです。」
 島山が自虐的にボケた。
「何いってんだよ、お前はデブだから山は合ってるんだよ。」
 大島はツッコミを入れた。
 島山の彼女はその二人を見て、クスッと笑った。同時に、柳の木のてっぺん辺りがカサカサし、池の中央がペチャペチャし、事務所のベランダの手すりがカタカタと笑い声のように音を立てた。
「ウケた。みっちゃん。」
 島山が珍しく笑みを漏らした彼女に声をかけた。
 
 島山の彼女は、肩の高さで内側に肘を曲げ、交差する両腕に顎を乗せてニコニコ笑う真っ青な肌色で長い黒髪の女性が、柳の木の上と池の中央、ベランダの手すりの上に浮かんでいるのを目にし、口が塞がらないでいた。
「みっちゃん、大丈夫、顎外れたの。」
 大島が声をかけると、再び、その三箇所は音を立てた。笑うようなリズムで。みっちゃんは気を失った。
 
 後日、爆笑二島は新人コンテストで優勝した。



短編小説集 GuWa

2021-07-14 22:58:00 | 小説
第壱話.岩
 
 僕はいい過ぎたみたいだ。思うがままに喋りまくって、相手の気持ちも考えずに。それを讃えてくれる人々がいたからだ。
 
 釈迦と呼ばれたゴーダマ・シッダー・ルタは悟りを開き、五人の弟子を育てた。そして、孫弟子、玄孫弟子とその悟りは世界中に広がり、多くの人々へ認められた。しかしながら、人は集まり過ぎると、異変が起こってしまう。それは恐らく、言葉だけでは頭の中にある思考が表現できないし、発せられた言葉をその人の頭の中と完全に一致させて耳で聴き取ることができないからだ。言い換えると、世界に広がった釈迦の悟りは、釈迦自身がその人々に語り見せてないからだ。
 多くの派閥が必然と生まれる。互いに認め合う人々はいるものの、思考の違いで争う人々もいた。延いては、その悟りで詐欺を謀ったり、人を殺めたりと、犯罪を犯す人々も現れた。勿論、釈迦に責任を負わす人々はいなかったが、そうやって悟りを広めようとする人々は色眼鏡を通して見られる場合も少なくはなかった。
 
 一方僕は、今の世でゴーダマ・シッダー・ルタが誕生したといわれる〝花祭り〟の日が誕生日だ。物心ついた時には、〝僕は釈迦の生まれ代わりだ〟そういい始めていた。
 多くの人々のために語り、穏やかに、素直に受け入れて恩恵を受けた人々がいたが、論破してくる人々や僕を利用して私利私欲だけを満たそうとする人々もいた。
 大人になりかけた時、僕は僕自身の時を止めて後ろを向かざるを得ない事態を招いてしまった。
 先ず、論破してくる人々と戦った。勝ち負けは着かない。それぞれが正義だからだ。心を痛めた。正義がそんなに多い物だと知らなかった。
 次いで、僕を利用した人々と戦おうとした。すると、その人々は、潮が干くように後退りし、蛤やあさりみたいに口を開かなくなった。冷たい恐怖を覚えた。
 結果、動けなくなった。広い海岸の遠浅の浜にある潮が満ちると半分は潮水に浸る岩のように。そう、岩になってしまった。そこにあるが、姿形は一斎変えず、東から日が上り西へ沈む光の変化が、影をつくり色を変えてくれた。強い、若しくは、爽やかな風が寒暖を伝えてくれた。
 全く予想できずに岩になった。これでいい、通りすがりの人々の視野に入るが気に留められず、ほんの少しだけ感心を持たれることがあった。何も影響を与えず、与えられず。憎まず、憎まれず。ほんの少しだけ〝景色〟という愛情を感じてもらえる岩になれたのだ。
 
 岩でいよう、これからも。