Ken坊の趣味と日常と仲間のページ

平凡なことを非凡に、非凡なことを平凡に書き綴る、
乱入大歓迎のブログ。

690. ボイジャー

2013-09-14 | 雑記

1977年に打ち上げられた無人探査機ボイジャーが、
太陽系を脱出したんだって!

惑星探査のミッションを終え、36年かかっての太陽系脱出。

高校生の頃、ボイジャーが撮影したイオの火山や土星の輪の映像に
大興奮したのを思い出す。
現在、地球から最も遠くに存在する人工物らしい。

すごいぞ!

 

さてボイジャーには、知的生命体(宇宙人?)へのメッセージの入った
レコードが搭載されているのをご存知だろうか?

これがその金色レコード。 (写真はパブリックドメインby NASA)

レコードには知的生命体へのメッセージとして、
地球の位置情報、言語、音楽、画像などが収められているらしい。

 

太陽系にバイバイしたボイジャー。 
今後は未知の恒星間空間を漂い続ける。
運が良ければ、宇宙人が拾うかも・・・という発想だ。

しかし最も近い恒星系でも、到達するには4万年くらいかかるとか・・

 

宇宙版“Message in a bottle” ロマンチックですね。

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689. さらに、豆知識3

2013-09-13 | 格技

「ブラジリアン柔術」ってたまに聞くけど、柔道とどう違うの?
と、聞かれる事があるが、それを説明するのはややこしい。

前田光世  画像出典:ウィキペディア

史上最強と呼ぶ人もある柔道家。

明治40年に柔道使節団として、四天王の一人である富田常次郎と渡米。
この時富田はルーズベルト大統領の前で体重160キロの巨漢レスラーと
試合い、敗れたそうだ。

 

それを見た前田は日本に帰らず、アメリカで武者修行を始める。

身長164cmの前田。
袴姿でアメリカのダウンタウンに立ち、「自分に勝ったら$1,000贈呈」
とプラカードを掲げて挑戦者を募り、ストリートファイトや興行を行った。
そして、どんな相手にも負けなかったそうだ。

痛快な話しだ!

 

アメリカの後にはヨーロッパ、中南米と、異種格闘の武者修行を続ける。
そして最後にブラジルへ。 (スケールのでかい人である)

そこで前田が現地の人に教えた柔道が「ブラジリアン柔術」になった。
講道館を飛び出していたので“柔道”と名乗れず、柔術と称したらしい。

 

かくして、日本ではスポーツ化されていった講道館柔道が、
原形に近い姿でブラジルに保存された。

最初の渡米以降、前田は日本に一度も帰る事なくブラジルで逝去。

生涯2000戦無敗とも言われる。 すげぇ

 

ブラジリアン柔術は 「なんでも有り」 の過激ルールでめっぽう強い。
それこそが嘉納流柔術(柔道) の本来の姿なんだろうなぁ。

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688. 豆知識2

2013-09-12 | 格技

リクエストを頂いたので、調子に乗っての第2弾。
今日は嘉納治五郎のお弟子さん達の話し。

 

講道館柔道を世に知らしめたのは、治五郎のお弟子さん達。
特に有名なのが高弟4人 「講道館 四天王」 かっこいい!

山下義韶
西郷四郎
横山作次郎
富田常次郎

治五郎の外交力に加え、国内外でこの弟子達が他流派との死闘を
繰り広げた結果、柔道は世に広まっていったらしい。

明治の世に小柄な日本の男達が、身長2Mに達する外国人レスラーや
ボクサー達とルール無用で激闘し、勝つ!

当時の日本の男性は、大男でも160cmほど。
ワクワクするじゃぁないですか!

 

四天王の中でも著名なのは西郷四郎。 小説「姿三四郎」のモデルだ。

 

謎の投げ技「山嵐」の使い手、天才と称されたこの人。 実は、
NHKの「八重の桜」で注目されている西郷頼母の息子(養子)である。

 

頼母が戊辰戦争で亡くなっていたら、天才格闘家は無かったかも。

前列右の翁が頼母、左が四郎ですよ。

画像出典: ウィキペディア<西郷四郎>

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687. オリンピック招致 豆知識

2013-09-11 | 格技

Ken坊は東京オリンピックイヤー生まれ。
「Always3丁目の夕日」 の中で生まれた赤ちゃんと同い年。

この1964年に開かれた東京オリンピックは
日本で最初のオリンピックであるが、

それ以前の1940年に開かれるはずだった
幻の東京大会をご存知でしょうか?

 

日中戦争の影響によってキャンセルされた幻の東京大会。
その招致を成功させたキーパーソンは、なんと柔道の開祖・嘉納治五郎。
彼は日本で最初のIOC委員なのです。

 

英語が堪能で、学習院大の教頭や筑波大の校長をつとめた、
当時最先端の教育者。
それでいて、他流との激闘を繰り広げた講道館の師範。
なんだかスゴイ人である。

 

ちなみに彼は、IOCの会議から帰国する洋上で客死している。
(横浜に係留されている氷川丸の船上です)
先日のIOC中継を見ながら、当時の師範の苦労を想像したKen坊でした。

 

 

嘉納治五郎のオリンピック招致については、日本IOCのHPに
詳しく書かれています。
ご興味があればご覧ください。

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686. 東京オリンピック 長文失礼 m(_ _)m

2013-09-10 | 雑記

東京にオリンピックがやって来る。

ここでは開催の是非や、リーダーの発言内容などについてではなく、
「日本が招致レースを勝ち抜いた」 という事実に注目したい。

 

言葉や国際感覚の面でディスアドバンテージが否めない日本人にとって、
国際的なコンペティションを勝ち抜くのは簡単な事では無いと感じている。
マジメで控えめな性格も美徳ではあるが、プレゼンには向いていない。

 

そうした日本人の代表がIOCのステージで奮闘する姿を、
清々しい気持ちで見ていた。

 

確かにリーダーの発言については、ひとりの日本人として疑問を感じる。
が、オリンピックの招致はビジネスであり、外渉だ。

Ken坊の乏しい経験の中ですら、国際的な折衝の世界には、
詭弁・ハッタリ、場合によっては虚言なんてのが普通に存在する。
残念ながらキレイ事ではない。 

 

それを良しとするかは別問題で、外渉には結果が求められる。
(良しとしないからこそ、日本人は外交が苦手なのだろう。 
 IOC委員だって、ハッタリを見破っているに違いないと思われ・・・)

 

そういう観点で見ていたから、国際舞台でプレゼンターが奮闘し
「結果を出した」事について、大いに評価したい気持ちなのである。

きっと大変な努力の要った事でしょう。 おめでとうございます。

 

上述とは別の次元の話しとして・・・
プレゼンされた計画やリーダーの発言については、
その責任を果たして欲しいと感じる。

また、経済効果はしっかりと復興や事故対策に充てて欲しいと思う。
そして日本が元気になれば良いなぁ。

 

夏・冬共にオリンピックのホスト国になれる国なんて、
世界中にそうは無いのだ。
その事を素直に誇りに思い、オリンピックを楽しみにしたいと思う。

*全ては私的な見解である事をご了承下さい。

コメント (8)
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