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今年の春、出張の帰りに関西の私鉄の駅で、ぶらり途中下車したことがある。親の仕事の都合で、幼児期を過ごした町の幼稚園の前まで行ってみた。かすかに記憶にある建物、運動場。おそらく当時のままだった。正門から見て一番奥の教室あたりで、お遊戯をしたり、毎日、先生から肝油ドロップをスプーンで口の中に入れてもらった記憶がある。私は、シャイな子供だった。連絡ノートに「はずかしがりやの○○くん!」などと書かれて、顔が赤くなってたらしい。「はずかしがりや」ってどういうことなのか、親に聞いた覚えもある。自我の芽生えだったのかもしれない。
そんな私も、小学校の転校が最初の転機だった。新しい学校で友達を作るにはどうしたらいいか、考えていた。おとなしいほうで、わがままを言うことは少なかった。皆と一緒によく遊んだ。ドッジボールも縄跳びも缶蹴りも他の遊びや運動も、特別上手くはなかったが仲間には入れてもらっていた。勉強は、好きではなかったができたほうだと思う。学級委員長のような役もさせられた。しかし、それはリーダシップがあったとか、人気者だからとかということではなく、何となくさせられたと言う方が近いと思う。だから、偉そうにはせず、皆を笑わせて気に入られようとがんばっていたと思う。冗談や駄じゃれ、下手な物まねがうけた時は、照れながらも喜んでいた。
そのような、幼児期から少年期の生育環境、体験、記憶は、その後の自身の性格や人格、コミュニケーションにも大きな影響を与えたと、振り返ってみて思う。
幼稚園の建物を見て、はっと気がついた。防犯カメラがこちらを向いていた。今は、携帯端末等で常に位置情報を把握することもできる。世の中がおよそ50年前とは大きく変わったとは言え、いつも親や先生や誰かに〝見守られている"子供も多い。どのように育って行くのだろう。
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