新型コロナをめぐる新たな「中国陰謀論」「中国情報隠蔽論」(2)
西側政府・メディアによる反中・反社会主義攻撃を批判する
新型コロナ遺伝子配列の解析をめぐる歪曲記事
(1)「中国は情報公開を遅らせ、WHOをいら立たせた」!?
最近の反中国プロパガンダの中で最も手の込んだものが、AP通信グローバルチームが書いた6月3日付の記事「中国はコロナウイルス情報の公開を遅らせ、WHOを苛立たせた」だ。表向きは、WHOの新型コロナ対策チームの幹部たちが中国の情報隠蔽と遅延に強い不満を持ち、これとどう闘ったかという筋立てになった調査報道の形式をとっている。つまり、中国政府の態度を褒めて持ち上げたのは情報を獲得するための方便であったという趣旨だ。この記事を、朝日新聞や毎日新聞など日本のメディアも大きく報道した。
だが、この記事は報道記事ではない。本文は日本語で10ページ近い長文の、政治的な調査報告に他ならない。記事は、①WHOのパンデミック緊急対策チームが1月5日頃、会議の中で、中国政府に不信感を抱き、中国政府に情報を出させるために苛つきながら働きかけるとともに、最大限の情報を得るために中国政府の対応を称賛した。②中国側は意図的に情報公開を遅らせた。他の研究の発表があって、最初の発表者の立場が脅かされて初めて嫌々出した。遺伝子配列は1週間、患者や感染の情報は2週間遅れた。この遅れが世界的な対策の遅れをもたらした、というものだ。トランプに代わって中国非難の根拠を作り出そうというもので、資金拠出を拒否したトランプが喜ぶように記事をでっち上げた可能性が高い。
しかし、本当か? 事実から確かめなければならない。われわれは原文「China delayed releasing coronavirus info, frustrating WHO」を詳しく検討した(原文は検索すれば今でも見ることができる)。
――APは入手したWHO対策チームの議事録に基づいたものだというが、当のWHO指導部、対策チーム、名指しにされた幹部らは誰も発言を認めていない。
――肝心の議事録(あるいは録音)が公開されていない。公表して正しさを証明すべきものを公表せずに、一方的に言い立てているだけだ。何の根拠もないのだ。
――あるのは、伝聞だけである。「システムに詳しい6人が語った」とか「研究室の技術者が語った」と言うが、「安全上の理由から身元は明かさなかった」と言う。確かめようのない内容が垂れ流されているのだ。
(2)新型コロナ遺伝子配列の解析報告について
本当に中国政府が意図的に情報公開を遅らせたのか。最大の焦点は新型コロナウイルスの遺伝子配列の解明と公表の問題である。先のAP通信グローバルチームの6月3日付記事は、政府は遺伝子配列の発表を1週間も引き延ばし、それが検査法などの確立を遅らせたと言う。すなわち武漢ウイルス研究所の石正麗研究員らが1月2日にはウイルスの遺伝子配列の解析が終了していたのに、他の国立3研究所からデータが出揃う5日はおろか、1月12日の公表まで7日間発表しなかったと非難する。この1月2日と1月30日のWHOの「緊急事態宣言」の間に患者数は100~200倍になった(なぜ12日ではなく30日を取るのか?)と指弾し、世界中の感染爆発の責任が中国にあるとほのめかす。
そもそも、まずそれが前例のない史上初の全く新しいウイルス感染症だと診断し、病原体を析出して確認し、即座に遺伝子解析し、正確な情報を提供すること自体が極めて困難な仕事なのである。少し考えれば分かることだ。原因不明の肺炎患者4人が初めて湖北省中西医結合病院の張継先医師のところに入院したのが12月26日、張医師がおかしいと武漢市疾病予防管理センターCDCに報告したのが同月27日だ。これから原因分析と解明が始まる。武漢ウィルス研究所でSARS・コロナウィルス専門家の石博士が上海の会議から急遽呼び戻され、最終の列車に乗ったのが30日だ。
武漢研究所だけではない。混乱の中で中国の医師と研究者らが幾つもの分野で同時並行で格闘していた。12月31日には原因不明の肺炎の流行(患者44名)としてWHOに報告された。1月1日には中国疾病予防管理センターCDCや中国医学科学院がウイルス・サンプルを受け取り、7日にはCDCがウイルス株の分離に成功した。1月8日に原因が新型コロナウイルスであると突き止められ公表された(6月7日中国政府発表『新型コロナウイルスとの闘いにおける中国の行動白書』)。
どう考えても1月2日あるいは5日にすでに遺伝子解析が終わっていたとは考えられない。14日には、広く感染するかどうかまだ調査中であった。20日に感染症対策の責任者である鍾南山が現地に入って「ヒト―ヒト感染」の可能性があると判断した。鍾南山らの調査結果に基づき、政府は武漢の封鎖と各地での防疫体制を立ち上げた。はじめてのウイルスによる感染症で、正体は何か、どれだけ感染力を持つか、緊急性と重大性について認識と見極めに時間がかかったのだ。
ウイルスの全遺伝子配列はこうした中、1月12日に中国の感染症専門の研究機関が集約する形でCDC、医学科学院、武漢ウイルス研の連名で公表された。歴史上見たことのないウイルスによる感染症の爆発である。その正体を公表する前に、ほかの解析結果との比較、照合を行って間違いのないことを確かめるのは当然のことだ。何よりもこの解析情報に基づいて検査薬開発、ワクチン開発、特効薬の模索が始まるのである。間違いは許されないのだ。
武漢で専門家が会議を持ったのは1月20日、政府が武漢の封鎖を決め、各地の防疫体制を立ち上げたのが同月23日だ。2002年のSARSの時は原因の特定に3か月かかった。それと比べると今回いかに速やかに解析が行われたかがわかる。APが言い立てた解析結果の遅延は、感染症研究の現場を知らない者による、後講釈に基づく言いがかりという他ない。
(3)トランプのコロナ対策の無為無策は中国の遺伝子配列公開と無関係
1月12日の中国の遺伝子配列の公開で、果たしてトランプが言うように、それが原因で対策が遅れたのか、だ。トランプは同じ12日に、米CDCや薬品会社が検査薬開発やワクチン開発に取り組み始めたと言う。日本の感染症研究所もこの1月12日から取り組んで、14日には検査法を確立し、15日には検査が出来るようになった。中国でも17日には検査薬配布が始まった。すぐに対応しているのだ。この段階で外国における感染者はごく少数で対応が遅れた事実はない。
ただ、米CDCは、当初PCR検査薬の開発に失敗し、劣悪検査薬しか出来なかった。これを是正し実用性のあるPCR検査が出来るようになったのはずっと後のことだ。今日に至る世界最大の感染者220万人以上を生み出し、世界最大の死者12万人以上を生み出した責任は、最初から最後まで、トランプ政権や自国のCDC体制の側にあるのは、誰が見ても明らかだ。
最初の感染爆発を、中国の党・政府の総力を挙げた動員、人民の自己犠牲により、世界的にも類例を見ない武漢の都市封鎖によって封じ込めたことを、われわれは積極的に評価すべきである。武漢封鎖は中国の他都市のみならず、全世界への感染拡大を大きく遅らせたことも事実だ。それが他国がこの感染症に対処する時間的猶予を作り出したのである。
武漢・都市封鎖の現場は壮絶であった。医療関係者らが多大な犠牲を払いながら、必死の努力で療養隔離と治療に全力を挙げ、抑え込んだ。中国の研究者・医学者達の研究現場も異常な緊張の中でウイルス解明と病気の解明に寝食も忘れて取り組んだ。ところがAPの記事は、これらのどれにも触れず、その巨大な貢献に評価もせず、ただ人類史上初めて出現したこのウイルスへの対応で、初期の当然の慎重対応を、まるで意図的なでっち上げや隠蔽であるかのように針小棒大に言い立て、捻じ曲げるだけの代物なのだ。 (W)