[書籍紹介]
「嘘つき姫」で、私が才能を認めた坂崎かおるの中篇小説。
こんな引き出しも持っているという多彩な才能。
「文學界」2024年2月号に掲載し、
第171回芥川賞候補に。
残念ながら選ばれなかった。
海辺の老人ホーム「雲母園」(きららえん)で
派遣の清掃員として働く久住(クズミ)渚。
清掃は天職と言えるほど得意だ。
題名の「海岸通り」は、
園の敷地内にあるニセのバス停の名前。
認知症の入居者の為にある。
家に帰りたがる入居者をこのバス停に連れて行って、
バスが来ないので諦めさす、という機能があるらしい。
そのニセモノのバス停で
来ないバスを毎日待っている入居者のサトウさん。
サボり癖のある元同僚の神崎さん。
人材不足が極まったと感じたのは、
マリアというアフリカ人を採用した時だった。
黒人だが、肌の色を言うのは禁句だ。
ウガンダで放浪のラッパーの日本人と結婚して、
日本に移住したのだという。
マリアの教育係になった久住は、
次第にマリアと心がつながり、
久住が解雇され、
アパートの家賃滞納で行き場が無くなった時には、
在日アフリカ人のコミュニティにやっかいになる。
さまざまな人物が、正しさと間違い、
本物とニセモノの境が交錯する物語。 孤独を抱えた女性達がゆるやかにつながる。
高齢者福祉、派遣労働者、
マイノリティ、外国人コミュニティ
がさりげなく織り込まれている。
バス停の時刻表が6時2分、3分、7時5分と、
素数であるのも、なにやら象徴的。
「だって私は正しくない。
あなたも正しくない。
この世界に正しい人なんていない。
たぶん、絶対」
など名言が多い。
一人一人の登場人物が愛らしく、
切なさも感じられる、珠玉の中篇小説。