空飛ぶ自由人・2

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小説『神よ憐れみたまえ』

2023年11月09日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

昭和38年11月、
三井三池炭鉱爆発と国鉄の多重衝突という、
戦後事件史に残る大事故が同日に発生。
「魔の土曜日」と言われたその日の夜、
大田区久ヶ原の豪邸に住む会社役員の夫婦が
何者かに惨殺された。
一人娘の12歳の百々子(ももこ)は、
その日、学園の親睦旅行で留守をしており、
被害を免れた。

裕福な家庭に生まれ育ち
輝かしい未来が約束されていた少女を襲った悲劇。
父親は北海道に本社を置く菓子メーカーの御曹子、
将来は会社を継ぐ立場で、
百々子は何不自由のない生活だった。
しかし、一夜にして両親を失い、
孤児となった美少女の人生を
犯人探しの謎と並行して描く。

570ページの大著。
しかも書き下ろし。
ここのところ、ひどい文章の小説を読まされていたが、
久しぶりにひすらすら読める円滑な文。
きっちりと書かれ、安易な省略も
過剰な描写もなく、
百々子の周囲の人間、
家政婦のたづ一家や学園の担任教師・美村、
母親の弟である叔父の左千夫の視点を交え、
中学、高校、大学、社会人へと至る百々子の人生を辿る。
両親の惨殺という事件は、
常に彼女の上にを投げかけ、
最後に、強烈な打撃を受ける。

冒頭の凄惨な殺人事件の犯人は「男」としか書かれていないが、
物語の展開で、容易に推察がつく。
ただ、事件後のこの男の行動は納得がいかないので、
この人物が犯人でないことを願うが、
やはり最後は、犯人に特定され、
動機が明らかにされる。
ちょっと読んでて辛い動機だ。

それは、百々子の、母親譲りの美貌の持ち主故の悲劇だが、
犯人には、最後まで口を割らず、
墓場まで持って行ってほしかった、
という思いも残る。

一人の美少女の12歳から62歳までの長い軌跡
その間の社会的な出来事も織りまぜて展開する。
家政婦のたづ一家がいつも暖かいのと、
新米教師・美村の視点が優しく、
心が温まる。

最後に襲った百々子の悲劇の中、
冒頭にも出て来る、
恐竜時代に思いを馳せることで、
人類の、否、宇宙の中での生命の大きな流れまで感じさせる。

題名は、祈祷文「キリエ・エレイソン」=「神よ、憐れみたまえ」から。
それは、罪人と神との本質的関係を表す、
キリスト教の中核をなすものだ。

本作の中では、
クラシック音楽に造詣の深い百々子の父親が
百々子にバッハの「マタイ受難曲」を聴かせる場面で出て来る。
第39曲(数え方によっては第47曲)、
イエスを見捨てて逃げた一番弟子のペテロが
屋敷の下女たちに「この人はイエスと一緒にいた」と指摘され、
三度これを否定し、鶏が鳴いた時、
「あなたは、きょう、鶏が鳴く前に
三度わたしを知らないと言うであろう」
というイエスの哀しい預言を思い出して号泣する場面で、
このアリア、「主よ、憐れみたまえ」(Erbarme dich, mein Gott )が始まる。
ヴァイオリンのオブリガート(助奏)が美しく、
アルトの深い歌声が心に響く。
  憐れんでください、わが神よ
  わたしの涙ゆえに
  ご覧ください、
  心も目も、御前に激しく涙を流しています
  憐れんでください、わが神よ
  わたしの涙ゆえに                              「マタイ受難曲」の中でも屈指の美しいメロディー。

悠久な宇宙の進化の中で展開される
罪人たちの罪の連鎖
小池眞理子が描こうとしたのは、
そんなものかもしれない。

長い小説だが、一気読みの
充実した読書体験だった。

蛇足だが、
読後感想文レビューの中に、
「都知事も忙しいから詰めが甘かったね」
というのがあり、
小池百合子と取り違えていた人がいて、笑えた。
それとも、冗談?

「マタイ受難曲」の「神よ憐れみたまえ」を聴きたい方は↓こちら。

https://youtu.be/rkEGbyVsWns

訳詞がついたものは、↓こちら。

https://youtu.be/gleTDsx5dbw



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