[書籍紹介]
2020年春。
瀬戸杏奈(あんな)は田舎から東京の大学に出て来た。
時はコロナ禍の最もひどい時で、
緊急事態宣言下、
入学式も中止、通学もなく、オンライン授業。
ステイホームの自宅自粛で、
外出さえはばかられる時代。
楽しい学園生活を夢見て上京してきた杏奈には、
苛酷な日々だった。
そんな鬱々とした日、
田舎から持って来た
プリンセス・テレフォンという
古いおもちゃのような電話器が鳴る。
出てみると、相手はマリリン・モンローと名乗った。
電話線はつながっていないはず。
電話のマリリンは日本語を話す。
あるいは幻影だから、何語ということもなく、
杏奈の心に話しかけてきたのかもしれない。
いずれにせよ、
杏奈とマリリンは、2020年の日本と
1962年のアメリカとの間で、
時空を越えた会話を交わす。
ふたりの女性の孤独が時を超えて交錯する。
マリリンは、「セックス・シンボル」と呼ばれ、
頭の弱いいブロンド娘の役ばかり当てられるのをいやがっていた。
それで、ニューヨークの俳優学校に入って、
演技の勉強をしているのだという。
世代的に見て、杏奈はマリリンの映画など見たことがない。
しかし、「セックス・シンボル」としてのマリリンは知っていた。
杏奈はそのイメージと電話で語るマリリンのイメージの落差に驚き、
マリリンについて調べ始める。
すると、作られたイメージのマリリンとの違いが浮き上がって来た。
なにしろ、マリリンに関する自伝のような書物は
全て男性が書いたものであり、
その視点でマリリンの虚像が作られていたのだ。
マリリンの少女時代の性虐待の経験も、
「自分を悲劇のヒロインに仕立て上げるものであった」
という調子に。
行間は男性著者の想像と偏見で埋められ、
何気ない言葉の端々に女性嫌悪が滲んでいる。
映画会社の重鎮たちに肉体を要求された件も、
そういう要求をした男性を責めるのではなく、
求めに応じた女性を非難する。
学校閉鎖から2年が経ち、
大学生活が始まる。
新入生たちが大学生活を謳歌しているのを見て、
自分たちの2年間は何だったんだろうと嘆く。
しかも、3年生以上は、
ソーシャルディスタンスのマナーのもと、
人と物理的に距離を置く癖がついているのだ。
杏奈はジェンダー学専攻のゼミに参加し、
男女差別や性被害の実情を知り、
マリリンのハリウッドでの生活を思う。
ハリウッドの男社会は、
今で言うセクハラの王国だった。
しかし、マリリンは自分に課せられたイメージに
敢然と挑戦し、
意に沿わない役はボイコットし、
自分のプロダクションを立ち上げる。
マリリンはハリウッドで受けた性被害を告発する。
後年、「Me Too」運動が起こるはるか前のことだ。
杏奈はマリリン旋風が
アメリカとは1年遅れでやってきた日本の映画雑誌で、
マリリン否定論が横行していたことも分析する。
女性たちでさえ、
マリリンを女性の敵のように扱う論調。
この部分はよく調べたと瞠目した。
指導教官の導きを受けて、
杏奈が卒業論文のテーマに選んだのは、
コロナ禍で心の支えになってくれたマリリン・モンローだった。
当時の資料を読み漁るうちに浮き彫りになったのは、
マリリンが受けた性的虐待、映画界の女性蔑視、
働く女性の苦悩、今の時代も根深く残る男性社会の問題。
主人公が学ぶジェンダー社会学の視点から考えるそれらのテーマは、
マリリンが生きた時代から60年が経過した
その歴史の記録とともに読者の心を強く揺さぶる。
杏奈はそうした話をゼミでし、
それを卒業論文としてまとめる。
題名は「セックス・シンボルからフェミニスト・アイコンへ
マリリン・モンローの闘い」
マリリンは男社会のハリウッドで、
果敢に女性の権利を主張した人物、
闘う女だった。
もし彼女が現代に生きていたら。
セックス・シンボルでなくフェミニスト・アイコンとして、
認められた音のではないか、
というのが基調だ。
今生きていれば、98歳。
コロナ禍の女史大生の苛酷な日常を描く本だと思っていたら、
詳細なマリリン・モンロー論に縁どられ、
ジェンダー問題をからませた、
実質硬派な小説だった。
マリリンとの電話は、後半出て来ないのが残念。
せめて「ありがとう」か「さよなら」の電話があっても
よかったのではないか。
どうせ、幻影なのだから。
私はマリリン・モンローは好きだし、
「お熱いのがお好き」(ビリー・ワンルダー監督 1959)は、
「宇宙旅行に持っていく10本の映画」の1本だ。
そこでもマリリンは、
男運のない、頭の弱い金髪娘を演じている。
でも、何と魅力的なこと!
マリリンはこの作品で
ゴールデングローブ賞の主演女優賞(ミュージカル、コメディ部門)を受賞している。
映画そのものの評価も高く、
AFI(アメリカ・フィルム・インスティチュート)が
2000年に選出した
「アメリカ喜劇映画ベスト100」で、
第1位に選出されている。
マリリンは映画の歴史でも評価されているのだ。
私自身のマリリン像も一新させられる本だった。
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