七事式の廻り炭(まわりずみ)について。
炉の季節のみの、炭手前の修練を目的としたもの。七事式の中でこれだけが炉に限られています。亭主が炉中の火をあげて、続いて正客から順に炭を炉中につぎ変えていく。基本的に異なった形につぐ。
掲頌は、「端的底看漸/たんてきていにしゃくをみよ」
*実際は“漸”の字の下に“耳”がつく漢字で、“にい”と読みます。
これは中国の故事に由来する。ある禅師が修行中のこと、指南していた禅師が「看よ炉中に火ありや否や」と問うた。禅師は「無し」と答えた。そこで指南役がその炉灰をかくと少火が出てきた。それを示して、「汝無しという。者箇漸(しゃこにい)。」無いといったがこの通りあるじゃないか、これは何だというのです。
端的は見識着眼点、正確にしっかりと看よ、ぎりぎりのところを見極めよということだそう。“看”の字は花月之式でも出てきましたね。心の眼、正しい眼で見るの意味。
廻り炭ではいかに炭をおけば火がおこりやすく、無駄がないかを学び、炭を置くことで炭のはさみ方や置き方を修練し、更に互いの炭のつぎ方を拝見してその風情や変化を学びます。
お稽古していて私が感じたこと、経験したことで思いつくことをいくつか上げてみます。皆さんは廻り炭をしてどんなことを感じましたか。
○まず、炭手前をやったことがない人の方が既成概念がない為に斬新な形に炭をついだりして新しい発見がある。はっとさせられる。
○普段の生活で使用しない為、なかなか火箸の扱いというのは難しく、最初は炭を上手につかめなくて苦労しました。廻り炭では長火箸と桑柄の火箸を使いますが、長火箸は特に重くて扱いづらく、今も苦心します。握力が必要。
○亭主は種火を炉中に埋めますが、これが浅すぎると途中ででてきてしまったり、皆さんが炉中に炭をぼとぼと落とすと火が消えてしまうことがある。
○筋半田、巴半田に炭を乗せる時の姿にも心を配る必要がある。(きれいに、次の人がつぎやすいように置くことが必要)
七則にも“炭は湯の沸くよう”とあり、炭のつぎ方は湯の沸き方を左右し、後でおいしいお茶を振舞えるかどうかを決める大切な瞬間となります。炭のつぎ方が悪いと自分に対しても客に対しても心入れが足りないと言われてしまいます。また南方録でも“炭の次第より始めて一座一会の心、ただこの火相、湯相のみなり”と湯の沸き具合、火のおこり具合が重要だと説いています。
普段の炭手前では炭がおきやすい形が既に決められているわけですが、それでも、天候や客の動きなどによっていつも同じように炭がたけるわけではありません。客の席入りや懐石に時間がかかりそうな時は空気の流通を少なくする為に炭を立て気味なるべくくっつけるようにしてつぎ、火を早くおこしたければ空気の流通がよくなるように炭の間をあけてつぐ、など微妙な具合が求められます。簡単に見えて実はちょうどよくというのが難しいようです。(私は実際茶事をして人を招いたことがないのでわかりませんが)
茶事の際、茶の味を左右する炭を上手につぐことができるように、頑張って修練したいと思います。また半年後、炉の季節になってからのお話になってしまいますが。
(参考)七事式の掲頌
http://blog.goo.ne.jp/m-tamago/e/cf8f0415f3fce4070df97ed92da8c88e
炉の季節のみの、炭手前の修練を目的としたもの。七事式の中でこれだけが炉に限られています。亭主が炉中の火をあげて、続いて正客から順に炭を炉中につぎ変えていく。基本的に異なった形につぐ。
掲頌は、「端的底看漸/たんてきていにしゃくをみよ」
*実際は“漸”の字の下に“耳”がつく漢字で、“にい”と読みます。
これは中国の故事に由来する。ある禅師が修行中のこと、指南していた禅師が「看よ炉中に火ありや否や」と問うた。禅師は「無し」と答えた。そこで指南役がその炉灰をかくと少火が出てきた。それを示して、「汝無しという。者箇漸(しゃこにい)。」無いといったがこの通りあるじゃないか、これは何だというのです。
端的は見識着眼点、正確にしっかりと看よ、ぎりぎりのところを見極めよということだそう。“看”の字は花月之式でも出てきましたね。心の眼、正しい眼で見るの意味。
廻り炭ではいかに炭をおけば火がおこりやすく、無駄がないかを学び、炭を置くことで炭のはさみ方や置き方を修練し、更に互いの炭のつぎ方を拝見してその風情や変化を学びます。
お稽古していて私が感じたこと、経験したことで思いつくことをいくつか上げてみます。皆さんは廻り炭をしてどんなことを感じましたか。
○まず、炭手前をやったことがない人の方が既成概念がない為に斬新な形に炭をついだりして新しい発見がある。はっとさせられる。
○普段の生活で使用しない為、なかなか火箸の扱いというのは難しく、最初は炭を上手につかめなくて苦労しました。廻り炭では長火箸と桑柄の火箸を使いますが、長火箸は特に重くて扱いづらく、今も苦心します。握力が必要。
○亭主は種火を炉中に埋めますが、これが浅すぎると途中ででてきてしまったり、皆さんが炉中に炭をぼとぼと落とすと火が消えてしまうことがある。
○筋半田、巴半田に炭を乗せる時の姿にも心を配る必要がある。(きれいに、次の人がつぎやすいように置くことが必要)
七則にも“炭は湯の沸くよう”とあり、炭のつぎ方は湯の沸き方を左右し、後でおいしいお茶を振舞えるかどうかを決める大切な瞬間となります。炭のつぎ方が悪いと自分に対しても客に対しても心入れが足りないと言われてしまいます。また南方録でも“炭の次第より始めて一座一会の心、ただこの火相、湯相のみなり”と湯の沸き具合、火のおこり具合が重要だと説いています。
普段の炭手前では炭がおきやすい形が既に決められているわけですが、それでも、天候や客の動きなどによっていつも同じように炭がたけるわけではありません。客の席入りや懐石に時間がかかりそうな時は空気の流通を少なくする為に炭を立て気味なるべくくっつけるようにしてつぎ、火を早くおこしたければ空気の流通がよくなるように炭の間をあけてつぐ、など微妙な具合が求められます。簡単に見えて実はちょうどよくというのが難しいようです。(私は実際茶事をして人を招いたことがないのでわかりませんが)
茶事の際、茶の味を左右する炭を上手につぐことができるように、頑張って修練したいと思います。また半年後、炉の季節になってからのお話になってしまいますが。
(参考)七事式の掲頌
http://blog.goo.ne.jp/m-tamago/e/cf8f0415f3fce4070df97ed92da8c88e
まだまだ、自分では調節できず偶然を期待してますが(笑)
廻り炭は修練というより一度に何本の炭を持てるかっていうゲーム感覚のような所が好きです!
しかし・・・炉中に埋めた種火が生き残っていた(?)ことはほとんどなく炭をついだり、揚げたりしている時間が長いのか、最後に炭をつぐ時には真っ黒の種炭になってしまいます・・・トホホ
炉の時期の楽しみですね♪
埋めた種火は、灰をずっと前から暖めていたら,今年は上手くいきました。
廻り炭は、何本か持てたとしても、置くときに炉中で動いてしまい、長火箸を使って次の人が取り上げるが大変です。
だいたい四月にするので、このときに、湿し灰がたくさん残っていないとダメなので,今年の夏は、頑張って、たくさん作らなくちゃ。
空気の流れや火の起こり方など、とても気になります。
改めて炭の大切さを知る事に・・・
廻り炭=握力つけなきゃ!っていつも思う。
ぼとっと落とす事、何度あった事かしら?頑張らねば~
廻り炭は非常に興味があります。
まだ行ったことはないのですが、
筋半田、巴半田を調べていたときに出てきたので
なんとも面白い七事式だなあと。
炭のつぎかたはほんとに難しいですよね。
通り道一つで調節も出来ますし。
ちょっと間違えれば火がなかなかおきないし。
>廻り炭は一度に何本の炭を持てるかっていうゲーム感覚
そうですね、私は丸ぎっちょ2本の間に割ぎっちょを挟んで3個が最高です。丸ぎっちょ3本もトライしましたが、さすがに無理でした。修練なんだけど、楽しんじゃいますよね。
皆がムリして試してボトボト炉に炭を落とすので、先生は絶対土の炉壇にはできないと思います。
>炉中に埋めた種火が生き残っていた(?)ことはほとんどなく
全員がてきぱきと素早く、しかも落とさずにやらなければ無理ですよね。わが社中でも大体消えています。
私は先生宅でさせて頂くだけですが、ちょっと準備が長引いたりすると種炭がたけすぎてしまったり、茶事の際はタイミングが難しいだろうなぁと感じます。
>埋めた種火は、灰をずっと前から暖めていたら,今年は上手くいきました。
なるほど、灰を温めておくのですね。
>湿し灰がたくさん残っていないとダメなので,今年の夏は、頑張って、たくさん作らなくちゃ
ああ、灰作り、話に聞くだけですが大変そう。今年は暑いカンカン照りの日があるでしょうか!
熱射病にならないように気をつけて丹精して下さい。
>最近、家で炭手前をするようになり、改めて炭の大切さを知る事に・・・
やはり自分ですると特にそうなのでしょうね。
>廻り炭=握力つけなきゃ!
ホント、握力必要ですね。特に長火箸!
>筋半田、巴半田を調べていたときに出てきたので
なんとも面白い七事式だなあと。
偉いですね、ちゃんと調べ、勉強していて。
私は廻り炭のことをきちんと調べたり認識したのも最近ですのに!!
>炭のつぎかたはほんとに難しいですよね。
本当に。
でも、炉や風炉で赤々と燃える炭の姿は美しいですね~。