高田博厚の思想と芸術

芸術家の示してくれる哲学について書きます。

マルセル「稜線の路」65

2022-10-30 15:11:38 | 翻訳
238頁

(つづき)わたしのものよ… わたしに手紙を書いたという、あのマダム・デランドというのは、名義にすぎなかったの?

(アリアーヌ) 私を怒らないで。いちばん良いようにと思ってしたことよ… 私、おそらく、今回も、重大な間違いはしなかったわ、今までと同様にね。

(ジェローム) その、「自分の責任で」(メア・クルパ)の意味は?

(アリアーヌ) 聞いて、ジェローム。私がヴィオレットの前であなたに知らせなければならないこと… ええ、それは彼女の前でのほうが良いのよ… それはあなたに、おそらく、或る驚きを引き起こすでしょう。多分、苦痛なものかも知れない。仕方ないことね。私たちの誰も、いまのこの雰囲気のなかで生きることに、もう耐えられないのよ。悪意の無い嘘というものがあると、私は思っていたの — それどころか善意の… それがほんとうのものであるとは、私はもう確信していないのよ… いずれにせよ、私はもう確信できない… あなたたちが離れていた間、私は懇願したわ… どういう名で呼べばいいか、私は分からない… 私が必要とする力を私に授けてくれる、見えない働きなの。私にはその力がたくさん必要なの。なぜなら私たちは、私たち三人の現実存在にとって決定的に大事な時期にいるからなのよ。そう私は確信しているの。この懇請がかなえられたか、私には分からない。私は自分のことを、とんでもなく弱々しいと感じています… 全く無防備だと。そして私は、あなたたちの眼差しのなかに、好意を認めていません。

(ジェローム) しかし初めて聞いたな。きみはまるで自分が罪人であるかのように話している。


239頁

(アリアーヌ) 私は多分、罪人よ。ほぼ間違いなく罪人よ。私が四月にパリに着いた時、あなたたちが恋人どうしであることを知っていたわ。その時期に、私は一通の匿名の手紙を受け取ったの。その手紙は、私にいかなる疑いも残さないものだった。いずれにしても、私の確信は既に出来上がっていたのよ。

(ヴィオレット) その手紙は、わたしの姉のものではなかったのね。わたしたちは彼女を中傷していたんだわ。

(アリアーヌ) 私は、あなたたちのことを、ジェローム、あなたのことも、お相手のことも、どちらも全然恨まなかったわ。私は、ヴィオレットに会った時、すぐに、彼女に特別な共感を覚えたのよ。ともかく、私は彼女のことを既に好きだったの。彼女のことを具体的にあれこれ知る以前に。彼女があなたの生活のなかでどういう地位を占めているのかを知る前にね。私はすぐに、彼女が、私の立場への裏切りを自分が働いていると判じて、深く苦しんでいることを感じたわ。私、彼女を安心させたいという気持を抑えられなかった… 私は、その当時、自分が不都合な行為をしたとは、思っていないのよ。

(ジェローム) それで、きみたちの親密な仲が… 

(アリアーヌ) 其処で私が多分間違いをした時というのは、ヴィオレットに、彼女と私の間のことは、あなたには明かさないように要求しなければならない、と信じた時ね… あなたは解るわよね、私があなたたちの関係を知っていると、あなたが知れば、その瞬間から、わたしたちのこの状況は我慢のならないものになるだろうと、私が本気で想像したということを。(つづく)


240頁

(つづき)自尊心からあなたが彼女と、多分次には私とも、絶交しなければならないと思うだろうという想像もしたわ。私、間違っていたかしら?

(ジェローム、内にこもって。) 分からん。

(アリアーヌ) ともかく、私、多分、そういう危険を冒したにちがいないわ。私は自分が寛大だと信じていた。おそらく、私に欠けていたのは、ただ、勇気だった、信仰だったのよ…

(ヴィオレット、激しく。) わたしがとりわけ思うことは、今でもあなたは、あなたの態度がそれへの応答となっていた本当の動機にたいして、盲目である、ということです。あなたが、諦念の行為のように、あるいは、せいぜい絶対的な寛大さの行為のように解釈していらっしゃるものは、わたしに言わせれば、あなたがそこに入り込む権利など何ものも認めていない領域の中への、容喙だったのです。

(ジェローム) ヴィオレット! 

(ヴィオレット) 有罪宣告する権利、禁止する権利、排除する権利を、あなたは持っていた。でも、あなたに許されていなかったこと、それは、欺瞞によって、あるいは、相手に魅惑された感嘆を理由にして、介入をすることだったのです。そういう感嘆の仕方を、あなたはわたしにも吹き込むことを知っていました、わたしたちの愛の中心そのものにまで吹き込むことを — まるで、あなたが… 何と言ったらよいか… 眼差しでひとつの果実を賞味することを欲していたかのように。その果実そのものを味わうことは、あなたには許されていないのです。


241頁

(ジェローム) けがらわしい!

(アリアーヌ、毅然として。) 私たちは、遂に真理を、それがどういうものであれ、見いだすために、集まっているのです。ヴィオレットは、自分の考えの根本を言わねばなりません。たとえ、それを聞くことが私にとってどんなに酷いことであっても。

(ヴィオレット) 多分、わたしは不公正で、あなたをひどく低評価したのでしょう。それは分かっています。白状します。でも、わたしは自分の言ったことに確信を持たざるを得ません。そしてあなた自身、あなたはわたしに確信を与えることは出来ないと、わたしに同意してください。

(アリアーヌ、痛々しく。) それは私の力の及ぶことではありません。

(ヴィオレット) あなたがわたしの内に、あなたがいらした、あの最初の晩、目覚めさせたものに、あなたは気づけていません。それを言うための言葉はありません。一種の熱意、ほとんど偶像崇拝的なものです。わたしはあなたを崇拝しました。それからだんだん、この感情、この種の情熱が、ジェロームとわたしの間に生じてきたことを、わたしは発見していったのです。同時に、わたしは彼に何も説明できなかった。というのは、わたしは、彼にはすべてを隠すことを、あなたに約束していたからです。そして彼は、何か或る理解できないことが起っていることを、感じたのです。彼はわたしを恨んだ… そして彼はあなたをも恨んだのです。こうしてわたしたちの間の状況は我慢できないものになりました。このようにして危機がおとずれたのです。彼はわたしに、あなたがご存じの提案をしました。そしてあなたは… (つづく)


242頁

(つづき)すべてを受け入れ、すべてを容易にする感じの方でありながら、わたしがその提案をどうしても拒否したくなり、その提案による見通しに嫌悪を覚えるようになるために必要な言葉を、きっちりと仰いました。そしてその時、わたしは、すべては計算されていたのだと思ったのです。あなたは、わたしをジェロームと別れさせる最も確かな手段を、唯一効果的な手段を、構想していらっしゃった、と思いました。しかも、わたしの目にもご自身の目にも、ここが本質的に大事なところですが、ヒロインか聖女の役を保ちながら、なのです。その文句というのは、あなたがわたしを赦しているのだということを、わたしは覚えていなければならない、と、あなたが言った時のものです… この文句がわたしをどれほど苛んだか、あなたが知ることができれば… わたしは時々夢を見ることがありました。その夢では、あなたが事故に遭っているのです。あなたが山路で足を踏み外すのです。あなたは滑り落ちます… わたしは思わずはっとして目を覚まし、独りごちます、そうだ、彼女が自殺をしなかったかどうか、けっして知り得るものではないだろう、と。わたしは細かいところまで、あなたが夢でとっていた体勢を思い浮かべたものです。わたしは考えたものです、前日付にした一通の手紙が見つかるだろう、と。すべての場合を慎重に勘案しても、事故があったと信じられます。多分、唯ひとつの場合を除いては… もしくは、結局、ひとつの疑いが保留されるでしょう。そして、この赦しは、ひとつの短刀のようであって、わたしの胸をえぐるものでした… それでもう、わたしは彼とは再び会わないと決心したのです。

(ジェローム、険しく。) それではどうしてロニーに来たんだい?

(アリアーヌ、ヴィオレットに。) でも気づいてちょうだい、(つづく)
















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