父のお見舞いに行けなくなり、父の様子がイマイチ分からなくなりました。
私が会いに行ったからといって良くなることはありません。
最後に会った時、再び座ることも立つことも、ましてや歩くことはムリな状態でしたから。
母はこの1か月、事あるごとに喪服がー、黒い靴がー、黒い靴バッグがー、とお葬式のことばかり言うので辟易としています。
なぜ、お葬式の服装ばかり気になるのか、と。
それなら父の延命措置をしなければいいものを…と私は複雑な気持ちを抱えたままです。
私は父が8月中に亡くなるかも…とは思ったこともありましたが、どうにか今も命を繋いでいることに戸惑いも感じています。
一方で父がそう長くない、これから何年も生きられる訳でもなさそうだ、とも思っています。
先日、買い物ついでに袱紗や小さな黒い手提げ袋、黒いズボンを買いました。
どれもいつかは買っておこうと思っていたモノなのですが、なかなか父の状態を見ていると踏ん切りがつかなくて。
父の様子が分からなくなってきて、気持ちの整理ができた、というべきかもしれません。
秋風が吹くようになって、父もまだ命を繋げていられるのか、と驚きとともに父にとって苦しく寂しい時間ばかりが増えているのではないか、と気がきではありません。
これまで中央静脈栄養で最期を迎えた親族がいないので、この終着点はどんな状態なのかさっぱり想像ができません。
黒いモノばかり購入したけれど、私の気持ちもあまり彩度や明度は低いままです。