1999年の「ドン・カルロ」から始まったこの「びわ湖ホール・プロデュースオペラ」シリーズは、途中音楽監督が若杉弘から沼尻竜典に代わってからワーグナーを精力的に取り上げてきたことは当日のプログラムに記載されているびわ湖ホールの上演史にある通りである。そして今回この「パルシファル」の上演で、初期の2曲を除き、途中「沼尻竜典オペラセレクション」での「トリスタンをイゾルデ」(2010)を加えて、ついに来年予定されている「ニュルンベルクの名歌手」でワーグナー全オペラの上演を完遂することになる。とは言え直近3年の新型コロナの影響は大きく受け、2020年の「神々の黄昏」は無観客上演、昨年の「ローエングリーン」は〈セミ・ステージ形式〉、そして今年もその簡略形式が踏襲されると同時に、来日が叶わなかった外来演奏家の役を邦人演奏家の代演としつつ初日を迎えた。多くの人々が関わるこうした大イベントをこの状況下で実施することには筆舌に尽くし難い困難が立ちはだかっていたと想像するが、それを無事克服し、実に見応えのある立派な舞台を我々に届けてくれた関係者の方々の努力には本当に頭が下がる思いである。初日、歌手人は全員絶好調だった。タイトルロールの福井敬はクリングゾルの口づけで叡智を得てからの輝かしい迫力が素晴らしかった。田崎尚美はクリングゾルの優しさと強さの二面性を豊かな声で巧みに描いた。ノーブルでスタイリッシュな斉木健詞のグルネマンツは舞台全体にえも言えぬ品格を与えた。クリングゾルの友清崇はどろ臭さを排したキレのある悪役で好演した。ティトレルの妻屋秀和は出番こそ少なかったが美声で場面を引き締めた。こうした主役陣の歌唱が良好なバランスを保っていたので、舞台としての仕上がりにはとても説得力があったと言えるだろう。ただ伊香修吾の舞台構成には視覚と聴覚的なタイミングで微妙なずれがあったようにも思われたし、決めどころでは更なる「あざとさ」があっても品格を壊すことにはならなかったのではないかと思うところもあった。そして沼尻竜典指揮の京都市交響楽団とびわ湖ホール声楽アンサンブルは今回の成功の要だったのではないか。ワーグナーの数ある作品の中でも特別な位置付けにあるこの作品の品格や神秘性を、流麗で濃密な響で描き尽くし、飽きさせる瞬間はいっ時もなかったことは正に驚異的と言って良いだろう。こうした崇高な音楽の中で、共苦により智徳を得て救済者となるというストーリを体感することは、とりわけ愚者が世界を危機に陥れようとしているこの時だからこそ一際強く教訓として心に響いた時間だった。
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