イタリアのおばちゃんとオット´s 日記

イタリアのおばちゃんが語る、ローマでの平々凡々な人生&オットの腎移植体験記と透析生活回想録

5月5日

2010-05-18 21:24:34 | 2010年日本湯治里帰り
今回の旅のクライマックスも終わり、オットも精魂つきたのか、、ちょっとお疲れ気味だったこの日は、スーツケースを空港へ送るため引取りに来てもらえるよう手配してあった
時間帯指定が9:00~12:00しかできなかったんで、アンパンマンちゃんを我が家に呼びつけておいたら9:00ジャストに福山通運のお兄ちゃんがピックアップに来てくれた。
わざわざ呼びつけちゃったんだから、お茶を出して少し家でくつろいでもらってから、ランチをしに父母も一緒におでかけした
オットのリクエストが、“デニーズ”みたいなファミリーレストラン
思いつくのは、確か津島の牛角に行く手前になんかあったような。。。で、下調べもせずに出かけた、ら、やっぱり失敗
思っていた場所にはそれらしきものは見当たらず、周りもそれに代わるものは何もない
ぐるぐるまわって、最後たどり着いたのが弥富のイオンタウンの中の“サイゼリア”
こんなことなら最初っからここに直行してれば、みんなのお腹も空かずにイライラせずにお食事できたのに・・・

そのあと、アンパンマンちゃんを実家にお届けし、我々は名港共立クリニックの佐藤院長先生に面会のアポがあるので蟹江駅まで送ってもらうつもりだったが、、、父母も特に家でやることもないし・・・っていうんで、そのまま往きはクリニックまで車で送ってもらうことにした
昨日、先生が持ってきて下さったパンフレットの後ろにある地図を頼りに1号線をひたすら東に走り、そろそろ近くの川だと思ったところで右折したのが運命の分かれ道
近くにいるはずが、段々遠くなる
間違って23号線にのってしまいとんでもない方向に
地道をぐるぐるしてたんでは、元の場所にも戻れない
仕方がないんでもう一度23号線で元の場所に戻ってやっとたどり着いた

オットの通う海部共立クリニックでも、びっくりしたが
この名港共立クリニックはもっとオッタマゲェェだった
玄関・ロビーは、どうみても病院ではなく一流ホテル
透析の部屋もベッドは一片隅にほんの2~3台どうしてもベッドが必要な人用にあるだけで、他は全部リクライニングチェア、透析の器械も海部共立クリニックのよりさらにコンパクト
そりゃぁ日本だわな

なんで、この佐藤先生にわざわざ会いに行ったかって
オットの腎不全暦を遡ること4ヶ月、、、当時右も左も真っ暗闇だった私達に愛の手を差し伸べてくれたTony先生、すがりつくようにTony先生に話しをきいてもらい、また話をしてもらった。そしてそのTony先生がオットの腕にシャントを作成してくれた。
あの時、日本人のイタリアのおばちゃんを見て“僕は日本人で優秀な腎臓医を友達にもっている”と自慢していた
“確か、京都かどっかにいるはずだが、君達が将来次回日本に行く時は、是非、この佐藤先生に会うといい”と言っていた
当時は、こんなことになってしまったオットにそんな日が来るだろうかと内心疑ってもいた
でも、その日は以外にもこんなに早くやって来た。
調べてみると、その佐藤先生は、すっごい偶然にもオットがお世話になることになっていた海部共立クリニックと同じ偕行会で、しかも名古屋港区
そんな佐藤先生に会わないわけにはいかない
連絡すると快く面会を承諾して下さり、更にはふと送ったオットの昨日のライブのチラシに気がついて下さり興味を持ってまで下さった。。。ってわけ。
人のご縁とは、本当に不思議でありがたいもんだ

面会を終えて、、、
昨日頂いたそのパンフレットを見た時、クリニックの真ん前に“白鳥の湯”とあるのを見逃すわけのないイタリアのおばちゃんだった。
もちろんちゃっかりお風呂セットは持参してきていて、ひとっ風呂浴びて帰った

最新の画像もっと見る

コメントを投稿