石兎の風流日誌

日常に考えた事を俳句・短歌で綴る。

恫喝・・・

2010-10-17 19:30:09 | 日記
     

予算委員会に、野党側の証人として呼ばれた現役官僚の発言に対して、仙谷官房長官の「そういう発言をするのは、貴方の将来に良くない」と言ったのは、正に恫喝だ!

漏れ聞く所のよれば、仙谷官房長官は、学生運動の活動家で有ったそうだが、流石に、予算委員会での現役官僚に対する恫喝発言は、学生運動のセクト間の殺し合い(イヤ・・・表現がキツイか!でもあの頃の学生運動家は、実際遣っていたしな内ゲバ闘争)を潜り抜けて来たらしい猛者の迫力の有る物言いで有った。

     
        *光輝く先に天の御国は有ると言う。手を伸ばせば掴み取れるのか!
                                     其れとも伸ばす程に遠のくか・・・


      =    玉   座    =
    
    龍の巻き付いている玉座に、
         だらしなく身を沈めて、
      私の龍が吠えたから、
         今の中国が有るのだと、言う男。
    お前は、一体、何者なのだ。
    しかし、それにしても、
      私は、奇妙な夢を見た。
                                 石    兎
  

救出・・・

2010-10-16 23:45:12 | 日記
       
南米人と言えば、サッカーだけが取り得の人達と言う印象を、正直、日本人も先進国の人達も持って、思っていたはずだが・・・

今度のチリ鉱山落盤事故の、生き埋め作業員三十三人の救出作戦の大成功は、我々の持っている南米人に対する恥ずかしい傲慢な思い込みを見事に覆した。

いや、全く、チリ人の知恵と勇気と忍耐に万歳だ!!

          
               *私達からもおめでとう言うわ~良かったね!・頑張ったね!

偏(ヒトエ)にリーダーさんの力が凄かったと漏れ聞く。
昨今の日本政治社会に於いて、悲しいほどのリーダー不在・・・国は、落盤事故並みに激震が走っていると言うのに、はぁ~このテイタラク ( 出て来いヒーロー ) って事に成らないものか。

江戸の人達は、偉かった!黒船の国難を頑張って乗り切ったのだから。
今の日本、武士(サムライ)が必要だね・・・・・


    『  高杉は 思いのままに 戦って
                花火の如く 見事に消えた  』

    『  晋作の 風雲児振り 羨まし
                思いのままに 暴れて消える  』       石    兎

懐古2・・・

2010-10-14 23:36:13 | 日記
                    身内の者(読者1号.2号だ!)に、「時事問題ばかり書くな・・・」と言われ私は困ってしまった。私の日常には、書くに価する程の事件が毎日有る訳ではないのだ。
しかし、時間の許す限り毎日何かしら書かねばならないという強迫観念が有る。で、私は、時事問題の間に思い出話を挟む事にした。
小・中・高友人編の3部。懐古1を経て本日は懐古2、である。

              

あれは、塾の帰りの事であった。坂道の下の方から長髪の3人の男が遣って来た。
私は、(やばい)と思った。何しろ、その頃は長髪は、不良の証であった。脇道は無く、避けるすべは無かった。
私は、緩やかな坂道の途中で、長髪3人組と最接近した。私は、因縁を付けられる事を覚悟した。
「おお、石兎!」 と3人組の真中にいた男が、右手を軽く上げて、言った。
「ああ、神谷」 と私も、右手を軽く上げて、応じた。
何と、長髪3人組の1人は、私の中学生の頃の同級生で有ったのだ。
私は、後に、神谷正明が、バンド活動をしている事を知った。

見た目で色分けする不良の定義・・・今昔中身は知って見ないと振り分けられないものだ!

  『  気の晴れる 高き青空 まだ会えず 
                                          この十月 何処へ行くか  』    
                                                         石   兎

海鳴り・・・

2010-10-13 02:19:24 | 日記

 
    =  海 鳴 り  =

 昔、私は、西の海の海鳴りを聞いた。

 今、冷静に考えれば、西の海は遠過ぎて、
       海鳴りは、聴こえるはずがないのだが。
 
 しかし、あの夜の海鳴りは、
       今も、私の耳底に響いている。

 あれは、確かに、明瞭な音の記憶だ。

                                  石        兎



                                                               

懐古・・・

2010-10-11 23:42:23 | 日記

幼い頃の記憶・・・は、曖昧なのだが、ある日の私と友人の会話。
 
「英児、お前、俺の話信じないのか」 と宗太が、言った。
「だって、宗太、あの地区には、金持ちの家は無いぜ」 と私は答えた。
「俺は、中学の兄貴から、あの地区の家の庭の池で鯉を飼っている人がいるって、聞いたぜ」 と宗太は、一寸向きになって、言った。
「お前の兄貴は、その家の庭の池の鯉を見たのか」 と私は聞いた。
「いや、俺の兄貴が、直接見た訳じゃないよ。兄貴の友達が、その家に鯉を取りに行ったんだよ」
「えぇ、お前の兄貴の友達は、その家に鯉を盗みに行ったのか」
「ああ、そうだよ」
「鯉は、盗めたのか」
「ああ、デカいのを一匹取って来たってさ」
「へぇ~、凄いな。度胸が有るな」
「ああ、凄い奴だって、兄貴も言っていたよ」

結局、私は、少年時代から今に至るまで、あの地区のどの家が庭の池で鯉を飼っていたのか、知る事は出来ないでいる。   『 十月 宵の路地奥 物悲し 』 
                                                            石  兎                   

宗太は、今思い返してみると幼い頃の思い出の中で、愉快なやんちゃ坊主であった。

私が、川沿いの草原に行くと、既に仲間達が、七,八人集まって、何やら騒いでいた。
私は、「どうした、宗太」 と高志とにらみ合っていた仲田宗太に、声を掛けた。
「此奴と決闘するんだ」 と宗太が言った。
「ええ、」 と声を上げて、小橋川高志の顔を見て、
「何が合ったんだ、高志」 と私は、聞いた。
「何もないんだよ。行き成り、宗太に決闘申し込まれたんだよ」 と高志は、赤い顔をして、言った。
「宗太、止めろ」 と私は言った。
「嫌だ。此奴になめられて、たまるか」 と宗太は、大声で言った。
結局、二人は、決闘を始めたのだが。宗太は、高志が振り回す左右の拳を制する事が出来ずに逃げ回る事に成った。私は、二人の息が切れた所で、間に入って決闘を止めた。
いや、全く、今でも思い出すと、馬鹿馬鹿しくて、笑いが込み上げて来る締まらない夏休み第一日目の朝の決闘で有った。

あれはあれで、小さな私たち成りの、凄くて、引き下がれないカッコよさだったのか・・・・・
 
  『 曇り日の 体育の日は 弾み無 』 
                                                          石  兎