昨夜ケルンのオペラ座でドヴォルザーク(1841~1904)作曲のオペラ『ルサルカ』を見てきました。チェコ語のオペラはこれが初めてでしたが、歌詞が聞き取れないのはいつものことなので、響きが違うとかそういうことは感じませんでした。
『ルサルカ』は3幕の叙事詩的なメルヘンオペラで、ケルン・オペラ座での演出が変な社会学的な解釈とか妙な現代的新解釈などがなく、メルヘンに相応しい幻想的なもので、衣装とコレオグラフィーが素晴らしかったです。
ストーリーはアンデルセンの人魚姫と似ていて、水の精ルサルカが人間の王子様に恋をして、魔女に頼んで声を失うことを条件に人間にしてもらいます。そして二人は森の中で出会い、王子はルサルカを城に連れ帰って結婚しようとしますが、口をきかず、情熱的でもない、抱擁すると寒気すらするルサルカに不満を持ち、ちょうど訪問中の外国の王女に心変わりをしてしまいます。ルサルカの父であるウォーターゴブリンが現れ、心変わりした王子に呪いをかけます。王子はルサルカの死の抱擁を逃れることはできないと。城に居場所を亡くしたルサルカは姉妹たちのいる幸福な水の世界にも戻れずどちらでもない世界に囚われ、また魔女のイェジババに助けを求めます。魔女はルサルカが裏切り者の王子を殺せば、その血の熱でルサルカを癒すことができると助言し、ナイフを渡しますが、ルサルカはそんなことはできないとナイフを捨てます。呪いをかけられ、外国の王女にも見捨てられた王子が病気になり、ルサルカを探して森を彷徨い、ついに彼女を見つけて彼女に口づけを求めます。それが彼に死をもたらすものであっても。ルサルカは最初は拒否しますが、結局彼の頼みを聞いて彼を口づけと抱擁によって苦しみから解放し、その後一人で暗い水底へと去っていきます。
ルサルカの不幸は、愛した相手に裏切られたばかりでなく、彼に死をもたらしてしまったこと、そして自分一人で滅びることもできず、どこにも戻れない永遠の孤独を漂っていかなければならないことです。
正直、王子の身勝手さには腹が立ちましたね。なに1人で陶酔して「命がけで愛してる」みたいなたわけたことを言っているのかと。残されるルサルカのことなど1ミリも考えず、自分だけが苦しみから解放されることを求めるのですから。彼が外国の王女にうつつを抜かすことなどなければそもそもそんな苦しむこともなかったのに。身勝手な男のロマンチシズムにうんざり。
でも舞台演出と音楽・歌唱・演技は文句なしでした。
指揮はChristoph Gedshold、演出は2015年にゲッツ・フリートリヒ賞を受賞したNadja Loschkyという人。
登場人物:
ルサルカ(ソプラノ) Olesya Golovneva
王子(テノール) Mirko Roschkowski
外国の王女(ソプラノ) Adriana Bastidas-Gamboa
ウォーターゴブリン(バス) Samuel Youn
魔女イェジババ(メゾソプラノ) Daila Schaechter
家畜世話人(猟師、テノール) Insik Choi
料理人(ソプラノ) Vero Miller
第1のエルフ(ソプラノ) Emily Hindrichs
第2のエルフ(ソプラノ) Regina Richter
第3のエルフ(アルト) Judith Thielsen
狩人(バリトン) Hoeup Choi
【ルサルカ】はスラブの水の精ですが、西ヨーロッパの魂を持たない水の元素から生じた水の精たち(ギリシャのシレーネ、フランスのメルシーヌ、ドイツのウンディーネ、ローレライなど)と違って、魂を亡くした人間の女性の成れの果て(不自然な死を迎えた女性の幽霊)で、人間の男性と結ばれることで魂を取り戻すことができるとされています。元々は誰かを愛して裏切られた、大抵は妊娠中の若い女性で、絶望から入水自殺して、そこでも溺死者として安息を得られずに彷徨うことになり、時に人に死をもたらす存在です。その意味で、人間界と自然界の境界、生と死のはざまで漂う矛盾に満ちた存在と言えます。