徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:島田荘司著、『アトポス』(講談社文庫)

2018年11月28日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『アトポス』(1993、文庫は1996年)は御手洗潔シリーズ第9巻の大長編。美容のために処女の血を浴びたというルーマニアのエリザベート・バートリー伯爵夫人にまつわるエピソードや、彼女がその後吸血鬼となって生き延びたとするホラー小説のプロットの紹介(この小説の作者は殺害される)、吸血族と言われるサロメの映画(松崎レオナ主演)、そしてまるで吸血女が次々と獲物を求めるように行われる殺人事件という具合にホラー色満載で実に不気味な作品。

しかも暗闇坂の人喰いの木』や『水晶のピラミッド』ですでにメインキャラクターとなっているハリウッド女優松崎レオナがドラッグ依存症ゆえに精神科にかかっており、彼女の自分の行動についての記憶が曖昧な中、まるで彼女が狂気のあまりに殺人鬼となって映画「サロメ」関係者を次々とハリウッドと撮影現場の死海で殺しているかのようなストーリー展開なので、動かしがたいかのように見える状況証拠がどうやってそこまで揃ったのか、あるいは本当に彼女が今は亡き父親のように殺人淫楽症となってしまったのか、「まさか」と思いながらページを繰る手が止められず、ついに徹夜して完読してしまいました。

「アトポス」はアトピー性皮膚炎の「アトピー」の語源で、連続嬰児誘拐殺人事件で何人もの目撃者が証言する「頭髪がなく、顔が赤く爛れた女性」の爛れの原因である病気(アメリカでは「ストレインジ」)を指しています。

殺人の動機は嫉妬と美容のため(皮膚病治療のため)で、エリザベート・バートリー伯爵夫人の執念に通ずるものがあり、常軌を逸した恐ろしさです。御手洗潔の登場は最後の方だけで、わずか数時間で瞬く間にレオナの無罪を証明します。

この作品は後半部になるまで、御手洗潔シリーズであることを忘れてしまうようなストーリー展開です。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『斜め屋敷の犯罪 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『御手洗潔の挨拶』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『異邦の騎士 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『御手洗潔のダンス』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『暗闇坂の人喰いの木』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『水晶のピラミッド』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『眩暈』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『ロシア幽霊軍艦事件―名探偵 御手洗潔―』(新潮文庫)

書評:島田荘司著、『魔神の遊戯』(文春文庫)

書評:島田荘司著、『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴』(新潮文庫)


書評:島田荘司著、『眩暈』(講談社文庫)

2018年11月24日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『眩暈』(1992、文庫は1995年)は御手洗潔シリーズ第8巻の長編で、本当に眩暈がするようなストーリーでした。特に最初のフォントの大きいひらがなのみの精神病者と思われる手記とその手記に関する東大教授の精神病学的な考察などは夢野久作の『ドグラ・マグラ』を彷彿とさせるもので、読むのにやや根気が要ります。しかし、『ドグラ・マグラ』よりもずっとテンポよくストーリー展開し、きちんと現実的な調査がなされた上で論理的な推理が展開され、すっきりと様々な謎が解かれるので、読後感は断然充実しています。

問題の手記は有名人の息子の成長・陶太の日記のようなもので、最初はたわいのない童話や文字を教わっていることなどが記されていますが、だんだんと内容が高度になり、環境問題や食品汚染などの問題が詳細に述べられたりします。そして最後の方にこれまでかいがいしく世話をしてくれた優しい「香織お母さん」の突然の変貌、父の秘書・加鳥の訪問、香織によるこの秘書への攻撃、いきなり押し入ってきた強盗、秘書は強盗の銃弾と香織の刺した包丁によって死亡し、香織は強盗の銃弾で瀕死の状態。強盗は逃亡し、陶太は香織のために救急車を呼ぼうと電話をかけようとしますが、通じなかったので外に出て見たら、20年も昔にタイムスリップしたような世界が広がり、見慣れたはずの鎌倉稲村ケ崎はすっかり様変わりしていたばかりか、江の島の鉄塔が消滅し、行き交う人々は異様で言葉が通じず、昼だというのに太陽が侵食されていきまるで核戦争の後の世界の終末のようで、終いには恐竜まで現れ左手を食いちぎられてしまったので仕方なくマンションに戻り、絶命した加鳥と香織の二人の死体を彼の愛読書『占星術殺人事件』の真似をして切断し、香織の上半身と加鳥の下半身を腹のところで繋げて呪文を唱えた云々という荒唐無稽としか言いようのない状況が描写されています。このため、東大教授の方はこれが分裂症患者による妄想と断じて精神分析を試みますが、御手洗潔はこれはすべて事実を書いたものだと断じ、その真相を追及するために調査に乗り出します。そして本当に荒唐無稽と思われた全ての状況に論理的な説明ができたわけなのですが、関係者全員がなにかしら狂気を内包している感じで、だからこそ「常識人」の想像力では理解不能なため、手記を書いた人間一人の妄想と断じてしまっても仕方ないですね。

調査で鎌倉からインドネシアと北海道へ飛ぶフットワークのよさは感心するばかり。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

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書評:島田荘司著、『水晶のピラミッド』(講談社文庫)

2018年11月23日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

エッセイと英語解説マンガの小休止を挟んで、また買いためてある御手洗潔シリーズに戻りました。

『水晶のピラミッド』(1991、文庫は1994年)は御手洗潔シリーズ第7巻の長編。『暗闇坂の人喰いの木』で怪事件のあった藤波家の唯一の生き残り玲王奈こと松崎レオナが、ハリウッドのミュージカル映画撮影中に撮影現場のひとつであったビッチ・ポイントのエジプト島に建つクフ王のピラミッドを模した半分ガラスのピラミッドとつながる塔で起こった殺人事件に巻き込まれる話です。塔の7階、空中30メートルの密室で映画のスポンサーにしてこのピラミッドを所有するリチャード・アレクスンが「溺死体」で発見されるという奇怪な事件で、地元警察やFBIの捜査は一向にはかどらずに映画撮影禁止命令を出したために、映画製作側は危機に陥り、そこで主演女優であるレオナがこの事件をきっと5日以内に解決できる名探偵が日本にいると豪語して10万ドルの報酬を保証させて、御手洗潔に依頼しに来ます。

この事件の「現在」の間に1912年のタイタニック号内のエピソードと古代エジプトの第二王子ディッカとマーデュ島出身のミクルの悲恋物語が交互に差し挟まれており、それらのエピソードがどのように現在の事件に関連してくるのかなかなか見えてこないというもどかしさはあるものの、エピソードそれ自体は興味深く謎めいており、「ピラミッド」という謎の塊に相応しいサイドストーリーと言えます。こうしてタイタニック号は沈み(殺されたリチャード・アレクスンの祖父が乗っていた)、ミクルはディッカの婚約者一味に惨殺され、ディッカは「文明の死は常に溺死だ」などという言葉を残してジグラット(ピラミッド)の中に封じ込められた後に話が現代に戻ってようやく御手洗潔が登場します。愛犬が死んで鬱病になってたところで、レオナは最初けんもほろろの扱いを受けますが、それでめげる彼女ではないので、結局御手洗潔は依頼を受けるのですが、見事トリックを解明し、映画撮影再開の許可を警察からもぎ取って事件解決したかに見えましたが、実はまだ裏があったという展開がなかなか面白いですね。

レオナの御手洗に対する恋心も切ないですね。

「文明の死」という現象に対する考察は興味深いですが、要するに「驕れるものは久しからず」ということですよね。月並みですがそれでも驕ることをやめられないのが人間の哀しい性と言うところでしょうか。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)

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書評:島田荘司著、『御手洗潔と進々堂珈琲』(新潮文庫)



書評:デイビッド・セイン著、『ネイティブはこう使う!マンガでわかる時制・仮定法』(西東社)

2018年11月21日 | 書評ー言語

期間限定でなんと1冊199円になっていたので、思わずまとめ買いしてしまった『ネイティブはこう使う!』シリーズ。まずは私にとって一番もやもやしている時制・仮定法について書いた本『ネイティブはこう使う!マンガでわかる時制・仮定法』をざっと通し読みしてみました。使う状況が漫画化されていて、さらに似てる表現と対比させることでよりイメージが掴みやすく、理解が深まるように構成されています。覚えて使いこなせるかは別として(笑)

たとえば、「I forget your name」という現在形と「I've forgotten your name」という現在完了形の違い。前者には「(今は)うっかり忘れてしまっているが、後で思い出せる」というニュアンスがあるのに対して後者は「すっかり、完全に失念していた」という意味合いがあるとか、同じ未来形でも「will」には未来の行動を今思いついたようなニュアンスがあるのに対して「be going to」には既に予定されている行動を表すとか、「I think about doing something」と「I'm thinking about doing something」では後者の方が本気度が高いなど。

ネイティブがそばにいないため、なんとなくいい加減に英語を使ってますが、これで少しモヤモヤが解消された感じです。

時制の一致もドイツ語にはないので、私にとってはなかなか感覚がつかめない現象です。仮定法はほぼドイツ語と同じということが改めて確認できました。

英文法書を紐解けばきっと同じことが詳しく書いてあるのでしょうが(私も「スーパーレベルパーフェクト英文法」なんてのを持ってますけど)、分厚くてとっつきにくいのが難点。「マンガで~」のほうが手っ取り早くイメージが掴めるのがいいですね。

目次

Part 1 まずはいろいろ見てみよう!時制ピックアップ

Part 2 身につけたい!基本の時制

Part 3 使いこなしたい!上級の時制

Part 4 願望を伝える!仮定法

 


書評:恩田陸著、『隅の風景』(新潮文庫)

2018年11月21日 | 書評ー小説:作者ア行

このところずっと探偵小説ばかり読んでいたので、ちょっと気分を変えて、買ってから随分と長いこと放置していた恩田陸のエッセイを読んでみました。

『隅の風景』(2013)は紀行エッセイで、作者の趣味と独断が思いっきり炸裂していて面白いです。ビールがそんなに好きか?とかそんなに肉ばっかりよく食べられるな~、と突っ込みたくはなりますが(笑)

目次

ロンドンで絵を買う

チェコ万華鏡

ほどよい距離、ほどよい広さ 郡上八幡

不信心者の「お伊勢参り」

『冷血』と家光の墓 日光

雨の街、風の城 -台湾ブックフェア報告

仙人は飛び、観音菩薩は微笑む 韓国 雪獄山

スペイン奇想曲

阿蘇酒池肉林

熊本石橋の謎+馬刺し憧憬

曽我入鹿の玄昉の首塚 奈良

銀の箸の国で 韓国 ソウル

真昼の太陽を見上げる 北京、上海

付録・旅のブックガイド

ゲニウス=ロキ覚書

あとがきに代えて(2010)

文庫版あとがき(2013)

 エッセイを読んでいると、恩田氏は旅に出ると着実に小説のイメージを得ているのだということが分かります。観光地に行って何をどう感じるかというのは極めて個人的なものですけど、日本の観光は「点と点」を結ぶことしか考えておらず、途中の線がない、だからゆっくり思索しながら歩いて行こうとする人たちのための歩道や休憩所がないという指摘に続いて、「日本は国民が思索することを好まない」という結論を導き出すあたりはなるほどなと感じました。

「スペイン奇想曲」を読んで、今度は北スペインにも行こうと秘かに決意を固めました。

チェコの「ふしぎな庭」の本を読むクジラの話が面白かったです。ビールがたいそう美味しいらしいですが、私はそもそもお酒をほとんど飲まないので、プラハに行った時も一滴も試しませんでした。グーラッシュは散々食べましたけど(笑)

郡上八幡や阿蘇なども訪れてみたいとは思いますけど、ドイツに住んでるので、スペインに行くよりずっと難しそうです。


三月・理瀬シリーズ

書評:恩田陸著、『三月は深き紅の淵を』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『朝日のようにさわやかに』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『黒と茶の幻想』上・下巻(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『黄昏の百合の骨』(講談社文庫)

関根家シリーズ

書評:恩田陸著、『Puzzle』(祥伝社文庫)

書評:恩田陸著、『六番目の小夜子』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『図書室の海』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『象と耳鳴り』(祥伝社文庫)

神原恵弥シリーズ

書評:恩田陸著、『Maze』&『クレオパトラの夢』(双葉文庫)

書評:恩田陸著、『ブラック・ベルベット』(双葉社)

連作

書評:恩田陸著、常野物語3部作『光の帝国』、『蒲公英草紙』、『エンド・ゲーム』(集英社e文庫)

書評:恩田陸著、『夜の底は柔らかな幻』上下 & 『終りなき夜に生れつく』(文春e-book)

学園もの

書評:恩田陸著、『ネバーランド』(集英社文庫)

書評:恩田陸著、『夜のピクニック』(新潮文庫)~第26回吉川英治文学新人賞受賞作品

書評:恩田陸著、『雪月花黙示録』(角川文庫)

劇脚本風・演劇関連

書評:恩田陸著、『チョコレートコスモス』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『中庭の出来事』(新潮文庫)~第20回山本周五郎賞受賞作品

書評:恩田陸著、『木曜組曲』(徳間文庫)

書評:恩田陸著、『EPITAPH東京』(朝日文庫)

短編集

書評:恩田陸著、『図書室の海』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『朝日のようにさわやかに』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『私と踊って』(新潮文庫)

その他の小説

書評:恩田陸著、『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎単行本)~第156回直木賞受賞作品

書評:恩田陸著、『錆びた太陽』(朝日新聞出版)

書評:恩田陸著、『まひるの月を追いかけて』(文春文庫)

書評:恩田陸著、『ドミノ』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『上と外』上・下巻(幻冬舎文庫)

書評:恩田陸著、『きのうの世界』上・下巻(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『ネクロポリス』上・下巻(朝日文庫)

書評:恩田陸著、『劫尽童女』(光文社文庫)

書評:恩田陸著、『私の家では何も起こらない』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『ユージニア』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『不安な童話』(祥伝社文庫)

書評:恩田陸著、『ライオンハート』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『蛇行する川のほとり』(集英社文庫)

書評:恩田陸著、『ネジの回転 FEBRUARY MOMENT』上・下(集英社文庫)

書評:恩田陸著、『ブラザー・サン シスター・ムーン』(河出書房新社)

書評:恩田陸著、『球形の季節』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『夏の名残りの薔薇』(文春文庫)

書評:恩田陸著、『月の裏側』(幻冬舎文庫)

書評:恩田陸著、『夢違』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『七月に流れる花』(講談社タイガ)

書評:恩田陸著、『八月は冷たい城』(講談社タイガ)

エッセイ

書評:恩田陸著、『酩酊混乱紀行 『恐怖の報酬』日記』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『小説以外』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『隅の風景』(新潮文庫)


書評:島田荘司著、『暗闇坂の人喰いの木』(講談社文庫)

2018年11月20日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『暗闇坂の人喰いの木』(1990)は御手洗潔シリーズ第6作目の長編。

元は処刑場があったという横浜の暗闇坂には樹齢2000年になる人を食べるという噂のある楠が不気味に枝を伸ばす。その広大な土地を戦後に安く買って学校を建てた英国人ジェイムズ・ペインは20年前に突然帰国し、学校は閉鎖。妻の藤並八千代が銭湯を経営したりマンションを建てたりして資産管理しながら三人の子ども卓・護・玲王奈を育て上げた。1984年、ある嵐の翌朝に長男が敷地内に建つ古い洋館の屋根の上にまたがった姿勢で絶命しており、また八千代は楠の前で大けがを負って倒れていた。そしてまた次の嵐の翌朝には次男の護が楠に体を突っ込んだような形で変死し、八千代は楠の前で息絶えていた。

この事件に御手洗潔はちょっと遠回りな縁から調査に乗り出し、「人喰いの木」の謎やジェイムズ・ペインの行方なども含めて解決します。

おどろおどろしい歴史的背景を持つ舞台設定や曰く付きの一家に起こる連続殺人事件であること、過去の事件との関りがあることなどは横溝正史的な構成を連想させます。

卓・護を殺すトリックは、偶然の産物の要素が大きく、むしろ計画が失敗した結果ともいえるのですが(物理的可能性に疑問あり?)、それがジェイムズ・ペインが過去に描き残していた絵とそっくりになったという「偶然」はちょっと眉唾でファンタジーな感じです。

ストーリー展開のテンポがよく読みやすいので、長編でも一気読みできました。探偵小説としてはファンタジー要素が強いような気がしますが、ミステリーとしては面白かったです。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

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2018年11月17日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『御手洗潔のダンス』(1990)は御手洗シリーズ第5巻、2つ目の短編集で、収録作品は

  • 山高帽のイカロス
  • ある騎士の物語
  • 舞踏病
  • 近況報告
の4作。とはいえ「近況報告」は小説ではなく、御手洗潔ファンからの質問に答える意味で、御手洗潔の日常生活の報告がなされています。
 
「山高帽のイカロス」は、1982年、東武伊勢崎線浅草駅近くで、空を飛ぶ山高帽をかぶった男ばかりを描く画家赤松稲平が殺され、空中を飛ぶような格好で電線に乗っているところを発見され、また彼の別居中の妻が近くの発狂して発見され、彼女の秘書と車が行方不明となった謎を解く話です。画家が人には「空を飛ぶ」能力があると信じていたことの裏も暴かれるため、なんとなくファンタジーっぽく始まったストーリーもファンシーな部分は木端微塵に粉砕されてしまいます(笑)
 
「ある騎士の物語」は石岡氏が知り合いの結婚式で聞いてきた15年前(1960年代末)の武蔵野線沿線新秋津駅で起こった不思議な殺人事件を御手洗潔に報告し、後に犯人から告白の手紙が届いて真相が明らかにされるという構成で、御手洗潔の推理は本人によって披露されることはありません。はっきり言ってほとんど出番なしです。でも、彼が傲然と現れた渦中の女性の鼻っ柱をごきっとへし折って追い返すシーンは胸のすくような感じですね。報われない騎士の恋がちょっと気の毒な感じです。
 
「舞踏病」は1988年の浅草が舞台で、食堂を営む陣内家に突然大金を積んで1か月ばかり下宿させてくれと頼み込んで入居した老人が夜中になると狂ったように踊り出す話。その裏に潜む犯罪を御手洗潔がホームレスたちと酒を飲みながら調査して暴きます。
立場の弱い人たちには丁寧な態度、地位や権威をもって威張り散らす人たちにはぞんざいな態度で臨む御手洗潔の姿勢に非常に共感します。
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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

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2018年11月17日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『御手洗潔の挨拶』(1987)は短編集で、「数字錠」、「疾走する死者」、「紫電改研究保存会」、「ギリシャの犬」、「新・御手洗潔の志」の5編が収録されていますが、最後のは小説ではなく著者による御手洗潔というキャラクターの説明です。

「数字錠」では、1979年12月に四谷に店を構える吹田電飾という看板屋の社長が作業場で仮眠中に殺され、朝出社した4人の社員がシャッターを開けた時に発見される一種の密室殺人事件で、一方はシャッターでそのカギは社長と独身社員最年長の者が持っているのみ。他方は裏木戸で、そちらは3つのリングから成る数字錠が掛けられており、暗証番号は社長しか知らないことになっています。さて犯人は本当に竹越刑事が目をつけている吹田社長に株で騙されたという二人なのか?(当然違う)

御手洗氏の意外な優しさが現れているエピソードです。

「疾走する死者」は語り手が石岡氏ではなく、隈能御堂巧(くまのみど たくみ)こと「タック」というサックス奏者の青年で、ある台風の夜にジャズ仲間で集まる会のようなものに誘われてバンド仲間の一人と共にでかけていくと、そこには御手洗潔と石岡氏もいて、御手洗氏はギターの超絶技巧を披露したりしてくれます。そこはマンションの11階で、停電直後に姿を消した男が、13分後、走る電車に飛びこんで死んだらしい。しかし全力疾走しても辿りつけない距離で、その首には絞殺の痕もついていました。その謎の移動はいかにしてなされたものなのか?

翌日刑事が来るまでそこでみんな足止めをくらっていたのですが、刑事が来て聞き込みが始まろうという時に18時からチックコリアのライブ演奏がテレビで放映されると聞くや、それに間に合うように帰りたいから、刑事に犯人とトリックを教えてさっさと帰宅するという苦笑したくなるようなエピソードです。犯人はいけ好かない欲にまみれた人間で、「疾走した死体」は半分は偶然の産物でした。

「紫電改研究保存会」ではM新聞社の英字部に勤務する「私」こと関根が7年前の1978年の出来事をどこぞのバーで上司に語るという筋書きです。いきなり「紫電改研究保存会」の会長・尾崎善吉なる人が訪ねてきて、紫電改が四国沖で発見されて海底から引き上げられる日にベテランパイロットがその近くに墜落したが、そのパイロットは関根の遠縁にあたり、同乗して一緒に居たカメラマンは尾崎の友人の息子だと言い、その友人に親戚関係を黙っている代わりに急ぎの宛名書きを手伝ってほしいという。手伝っているうちに話をいろいろ聞いて面白かったので、後日事務所を訪ねてみるともぬけの殻だった。関係あるのかないのか後日「ピサの斜塔救済委員会」から全く身の覚えのない寄付に対する感謝状が届いたとのこと。さて、なんだったんでしょう?

思わずふっと笑ってしまうような事件でした。

「ギリシャの犬」は御手洗潔の犬好きが如実に表れるエピソードで、たこ焼き屋の小屋が盗まれた日、その近所に住む目の不自由な夫人の盲導犬クロが殺されたことに端を発します。たこ焼き屋がどうのという話にまったく興味を示さず、そのご婦人を追い返そうとした御手洗でしたが、犬が殺されたと知るやがぜんやる気になって調査に乗り出します。するとこんどはそのご婦人の家で預かっている彼女の兄の息子、つまり彼女の甥が誘拐されて身代金を要求されます。彼女の兄はギリシャで成功した富豪だったのです。身代金の受け渡しは隅田川のどこかで、指示はハンディートーキーで与えるというので、警察は水上を警備で固めますが、御手洗は別行動で必ず子供もお金も守ると宣言します。

このエピソードから御手洗が得た教訓は「犬は人間の警官100人に優る」(笑)

しばらく金田一耕助シリーズのどろどろした殺人事件ものばかり読んでいたので、こういう軽快な推理小説だとホッとしますね。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

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書評:夢野久作著、『ドグラ・マグラ 上・下』(角川文庫)

2018年11月16日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『ドグラ・マグラ』の商品紹介:昭和10年1月、書き下ろし作品として松柏館書店から自費出版された。「日本一幻魔怪奇の本格探偵小説」「日本探偵小説界の最高峰」「幻怪、妖麗、グロテスク、エロテイシズムの極」という宣伝文句は、読書界の大きな話題を呼んだ。常人では考えられぬ余りに奇抜な内容のため、毀誉褒貶が相半ばしている。「これを書くために生きてきた」と著者みずから語り、十余年の歳月をかけて完成された内容は、狂人の書いた推理小説という異常な状況設定の中に、著者の思想、知識を集大成する。―

ある日目が覚めると自分がどこのだれか分からず、どこにいるのか分からず戸惑っていると、隣の部屋から「お兄様、私よ、返事して」と語りかけてくる声がし、彼女は彼の許嫁で、結婚式前夜に絞殺されたが、生き返ったという。彼が自分のことを思い出し、彼女を許嫁と認めれば二人ともここを出られるという。こういう出だしなので、記憶喪失の主人公が記憶を取り戻していく過程で過去の事件が暴かれていくという筋書きなのだろうと思いきや、時は大正15年10月20日(または11月20日)、ところは九州帝国大学の精神病学教室「狂人開放治療場」、若林鏡太郎法医学博士と正木敬之精神病学博士によって記憶を取り戻すべく膨大な資料が提供されて、それが真実なのか否か分からないまま、「わたし」が探偵よろしく真相に迫ろうとする展開となります。その膨大な資料が何の省略もまとめもなくそのまま記載されているため、上巻では若林博士の説明の後はほぼ正木博士のけったいな木魚を叩きつつ全国行脚して配布したとかいう「キチガイ祭文」や「胎児の夢」などの論文が占め、読者にかなりの忍耐を要求します。特に「キチガイ祭文」は精神病患者や精神病院を取り巻くむごたらしい現状に対する強烈なパンチの効いた風刺歌であり、興味深いとはいえ、あまりにも延々と口上が続くため、思わず飛ばし読みをしたくなるほどです。「胎児の夢」の方は胎児の発展が生物進化の後追いをしているということから着想して、その進化の過程で経験したことの記憶を悪夢として見ているに違いないと推察し、その伝承される記憶こそが「心理遺伝」という現象であり、夢中遊行や発狂による犯罪を説明するものとする論文で、そのことが「わたし」の過去とどう関わってくるのかさっぱりわからないなりにそこそこ興味深く読みするめることができました。

「キチガイ祭文」にある「...パンツの泥を払え。...シャッポを冠り直せ。クラバアツを正して聞け。」の中の外来語表記は変わってますね。パンツはともかく、「シャッポ」はフランス語のchapeauから来ているので、現代風の表記は「シャポー」でしょうし、「クラバアツ」はcravateのことで、現代風に言えば「クラバット」(ネクタイのようなもの)でしょう。「クラバアツ」でググるとこの「ドグラ・マグラ」か「襟を正す」しかヒットしないあたりが面白いですね。

下巻で「狂人開放治療」だの心理遺伝の実験だのの中心にいる「呉一郎」なる人物の家系の男に出る気狂いが1000年以上の昔のご先祖が作った死美人画の巻物によって引き起こされていた、とか呉一郎の母(と彼女が所有するとされた巻物)を巡って若林博士と正木博士が争った過去などが正木博士の遺書および告白によって明らかにされて行きます。下巻では新しい展開がどんどん提示されるので、上巻のような苦痛もなくどこに物語が辿り着くのかハラハラしながら一気に読み進めることができました。2年前の呉一郎の母殺し、そして大正15年の呉一郎の従妹にして許嫁のモヨ子の絞殺とその母八代子に対する暴行が、呉一郎の先祖呉清秀の因縁に端を発したもので、呉一郎にその因果な巻物を与えて発狂を促した人物は誰であったかというのが後半の謎の焦点となるのですが、この謎は結局のところ白黒はっきりとは片が付いておらず、また「狂人開放治療場」が閉鎖されるに至った事件の本当の原因も未解明のまま、さらに「わたし」の記憶も完全に戻ることなく、自分の時間差認識であるところの「離魂病」なる病の症状を自覚するに留めて話が終わってしまい、これぞ「奇書」たる所以なのかと納得できるようなできないような何とも言えない読後感を残します。

当時話題となっていたフロイトの精神分析や夢分析、リビドーに関する理論などがふんだんに取り入れられ、犯人なき犯罪だの暗示による犯罪だのと血筋に現れる狂気をブレンドした非常に興味深い小説ですが、現代の精神医学に通用するものが恐らくただの一つもないところがこの力作をちょっと哀しいものにしてしまっているような気がします。

文春の『東西ミステリーベスト100』(2012)の第4位にランクインしている作品なので読んでみましたが、私の好みとは言い難いものでした。



書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル20 病院坂の首縊りの家 上・下』(角川文庫)

2018年11月13日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

角川文庫の金田一耕助ファイル・シリーズの最終巻『病院坂の首縊りの家』は金田一耕助の最後の事件の記録です。題名は「法眼家の一族」とかでもよかったのではないかと思えるほど、この一家に密着したストーリーです。横溝正史がよく使う「血縁」というモチーフと、過去の事件が現在の事件に繋がるというパターンがここでも生きています。変わっているのは、金田一耕助がこの一家にまつわる過去の事件と現在の事件の両方に関わっていることで、足掛け20年になるということです。

上下巻の大長編ということで、まずはこの法眼一家の歴史、法眼琢磨が明治時代に病院を建て、“病院坂”という地名になるほどの大病院に成長させた一家の発展とそれを経済的に支えた五十嵐家の関係(二重の婚姻関係)、琢磨の息子鉄馬の妾、その間にできた息子琢也の本家入り&従妹・弥生との婚姻、琢也・弥生の娘万里子とその夫三郎の事故死、三郎・万里子の娘由香利、そしてその由香利と同じ年だという琢也の妾の娘山内小雪。。。という複雑な関係が延々と描写されるので、自分で系図を書いていかないと混乱をきたすくらいです。五十嵐家の系譜の説明もあります。

そして昭和20年、病院坂にある旧法眼邸は空襲でかなりの被害を受け、琢也は空襲で亡くなります。同じく空襲で被害を受けた琢也の妾山内冬子は亡夫の連れ子敏男と琢也との娘小雪を抱えて途方に暮れ、昭和22年についに法眼家を頼ろうとしますが、琢也・弥生の娘万里子が彼女を冷たく追い払ったため、病院坂の旧法眼邸で首つり自殺をします。彼女の継子敏男がこのことを「病院坂の首縊りの家」と詠ったので、それがこの作品のタイトルになっています。

時は昭和28年に移り、病院坂にほど近いところにある明治創業の老舗・本條写真館の息子直吉は、ある晩そこで奇妙な結婚記念写真を依頼されます。この写真が表紙になっています。男の顔を隠すように下がっている南部風鈴は法眼琢也にとって象徴的な意味を持つもので、彼は「風鈴集」という詩集まで出しており、そのこだわりが、彼の妾宅でも強く表れ、その子どもたちにとっても特別な意味を持つようになったという代物です。この結婚写真に写っているのは琢也の妾の継子・山内敏男で、女の方は数日前に誘拐(?)された琢也の直系の孫・由香利です。

金田一耕助は最初法眼家の実権を握る弥生から孫の由香利の捜索を依頼されるのですが、それは後にキャンセルされます。ところが、この結婚記念写真を撮った本條直吉は父徳兵衛の勧めでこの一件を一応警察に届けることにし、そこで警察ではまだ事件として扱えないという理由で金田一耕助を紹介され、相談に行きます。このことで金田一耕助の法眼家に関する調査の手間が少し省けることになったにもかかわらず、直吉からもきっちりお金を取るちゃっかりした一面が印象的です(笑)

そしてその数日後、昭和28年9月20日に、同じ場所で敏男の生首が風鈴のように吊り下げられているところが発見されます。彼の体はついぞ発見されませんでした。彼の「妹」にして妻となっていた山内小雪は行方不明となり、後に彼女から自白の手紙が届いたため、刑事事件としてはこれで一応終了しますが、現場からも彼女の自宅からも指紋が見つからなかったことと彼女自身がずっと行方不明であることで疑惑が残ったままとなります。ここで上巻は終了します。

下巻では時は20年後の昭和48年に移り、「風鈴生首殺人事件」の発見者で、警察に届ける前に客の依頼だからと写真を撮りまくった本條徳兵衛ががんで死亡したのを機に、警察を退職して探偵となった等々力元警部が改めてその事件について悔やむところから話が始まります。金田一耕助は本條写真館を継いだ直吉から法眼家に関わるあるものを預かり、命を狙われているので守って欲しい、もし自分が死んだらそのあるものを法眼弥生に渡して欲しいと依頼されます。本條徳兵衛は長年にわたり法眼弥生を脅迫し、そのお金で本條写真館を結婚式会場にまで大きくしてきたことが明らかにされますが、被脅迫者である法眼家とは脅迫のネタであったものを返還することで話がついていたため、直吉が命を狙われる理由が思い当たらず、金田一耕助は等々力元警部と舎弟のような多門修と協力して身辺警護に当たります。しかしその甲斐なく直吉は本條会館の9階から突き落とされて死亡します。

その当日、法眼由香利・滋(五十嵐家の末裔)とその息子鉄也が本條会館に来ており、鉄也は直吉に何か聞きたいことがあったらしく、直吉が死ぬ寸前まで彼のスイートルームに居ました。

また、本條会館の4階には20年前に殺されて生首となった山内敏男の元バンド仲間たちが何者かによって招待され集まっており、その会場で生首の写真が映写され、「お前らは呪われている」という意味の歌が残され、その仕掛けのもとになっていたらしい置時計が爆発します。そしてその翌日に本当にそのうちの一人が殺害され、なぜかその場に法眼鉄也が居合わせており、凶器の千枚通しを手にしていたため、重要参考人として拘留されてしまいます。さて真犯人は誰なのか、20年前の事件との関係とは何か、また本條徳兵衛の脅迫のネタとは何だったのか、そして山内小雪の行方と20年前の事件の真相も明かされます。昭和48年の事件の真相より、昭和20年の事件の真相の方が凄まじく衝撃的です。

上巻に比べて下巻は読みやすく、すべての伏線がきっちりと回収されて事件が解決するので、読後感は悪くないですが、シリーズ最終巻ということで、金田一耕助が渡米したまま行方不明になり、二度と姿を現さなかったというエンディングにはちょっと納得しかねますね。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル5 犬神家の一族』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル7 夜歩く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル9 女王蜂』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル10 幽霊男』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル11 首』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル12 悪魔の手毬唄』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル13 三つ首塔』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル14 七つの仮面』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル15 悪魔の寵児』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル16 悪魔の百唇譜』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル17 仮面舞踏会』(角川文庫)