角川文庫の金田一耕助ファイル・シリーズの最終巻『病院坂の首縊りの家』は金田一耕助の最後の事件の記録です。題名は「法眼家の一族」とかでもよかったのではないかと思えるほど、この一家に密着したストーリーです。横溝正史がよく使う「血縁」というモチーフと、過去の事件が現在の事件に繋がるというパターンがここでも生きています。変わっているのは、金田一耕助がこの一家にまつわる過去の事件と現在の事件の両方に関わっていることで、足掛け20年になるということです。
上下巻の大長編ということで、まずはこの法眼一家の歴史、法眼琢磨が明治時代に病院を建て、“病院坂”という地名になるほどの大病院に成長させた一家の発展とそれを経済的に支えた五十嵐家の関係(二重の婚姻関係)、琢磨の息子鉄馬の妾、その間にできた息子琢也の本家入り&従妹・弥生との婚姻、琢也・弥生の娘万里子とその夫三郎の事故死、三郎・万里子の娘由香利、そしてその由香利と同じ年だという琢也の妾の娘山内小雪。。。という複雑な関係が延々と描写されるので、自分で系図を書いていかないと混乱をきたすくらいです。五十嵐家の系譜の説明もあります。
そして昭和20年、病院坂にある旧法眼邸は空襲でかなりの被害を受け、琢也は空襲で亡くなります。同じく空襲で被害を受けた琢也の妾山内冬子は亡夫の連れ子敏男と琢也との娘小雪を抱えて途方に暮れ、昭和22年についに法眼家を頼ろうとしますが、琢也・弥生の娘万里子が彼女を冷たく追い払ったため、病院坂の旧法眼邸で首つり自殺をします。彼女の継子敏男がこのことを「病院坂の首縊りの家」と詠ったので、それがこの作品のタイトルになっています。
時は昭和28年に移り、病院坂にほど近いところにある明治創業の老舗・本條写真館の息子直吉は、ある晩そこで奇妙な結婚記念写真を依頼されます。この写真が表紙になっています。男の顔を隠すように下がっている南部風鈴は法眼琢也にとって象徴的な意味を持つもので、彼は「風鈴集」という詩集まで出しており、そのこだわりが、彼の妾宅でも強く表れ、その子どもたちにとっても特別な意味を持つようになったという代物です。この結婚写真に写っているのは琢也の妾の継子・山内敏男で、女の方は数日前に誘拐(?)された琢也の直系の孫・由香利です。
金田一耕助は最初法眼家の実権を握る弥生から孫の由香利の捜索を依頼されるのですが、それは後にキャンセルされます。ところが、この結婚記念写真を撮った本條直吉は父徳兵衛の勧めでこの一件を一応警察に届けることにし、そこで警察ではまだ事件として扱えないという理由で金田一耕助を紹介され、相談に行きます。このことで金田一耕助の法眼家に関する調査の手間が少し省けることになったにもかかわらず、直吉からもきっちりお金を取るちゃっかりした一面が印象的です(笑)
そしてその数日後、昭和28年9月20日に、同じ場所で敏男の生首が風鈴のように吊り下げられているところが発見されます。彼の体はついぞ発見されませんでした。彼の「妹」にして妻となっていた山内小雪は行方不明となり、後に彼女から自白の手紙が届いたため、刑事事件としてはこれで一応終了しますが、現場からも彼女の自宅からも指紋が見つからなかったことと彼女自身がずっと行方不明であることで疑惑が残ったままとなります。ここで上巻は終了します。
下巻では時は20年後の昭和48年に移り、「風鈴生首殺人事件」の発見者で、警察に届ける前に客の依頼だからと写真を撮りまくった本條徳兵衛ががんで死亡したのを機に、警察を退職して探偵となった等々力元警部が改めてその事件について悔やむところから話が始まります。金田一耕助は本條写真館を継いだ直吉から法眼家に関わるあるものを預かり、命を狙われているので守って欲しい、もし自分が死んだらそのあるものを法眼弥生に渡して欲しいと依頼されます。本條徳兵衛は長年にわたり法眼弥生を脅迫し、そのお金で本條写真館を結婚式会場にまで大きくしてきたことが明らかにされますが、被脅迫者である法眼家とは脅迫のネタであったものを返還することで話がついていたため、直吉が命を狙われる理由が思い当たらず、金田一耕助は等々力元警部と舎弟のような多門修と協力して身辺警護に当たります。しかしその甲斐なく直吉は本條会館の9階から突き落とされて死亡します。
その当日、法眼由香利・滋(五十嵐家の末裔)とその息子鉄也が本條会館に来ており、鉄也は直吉に何か聞きたいことがあったらしく、直吉が死ぬ寸前まで彼のスイートルームに居ました。
また、本條会館の4階には20年前に殺されて生首となった山内敏男の元バンド仲間たちが何者かによって招待され集まっており、その会場で生首の写真が映写され、「お前らは呪われている」という意味の歌が残され、その仕掛けのもとになっていたらしい置時計が爆発します。そしてその翌日に本当にそのうちの一人が殺害され、なぜかその場に法眼鉄也が居合わせており、凶器の千枚通しを手にしていたため、重要参考人として拘留されてしまいます。さて真犯人は誰なのか、20年前の事件との関係とは何か、また本條徳兵衛の脅迫のネタとは何だったのか、そして山内小雪の行方と20年前の事件の真相も明かされます。昭和48年の事件の真相より、昭和20年の事件の真相の方が凄まじく衝撃的です。
上巻に比べて下巻は読みやすく、すべての伏線がきっちりと回収されて事件が解決するので、読後感は悪くないですが、シリーズ最終巻ということで、金田一耕助が渡米したまま行方不明になり、二度と姿を現さなかったというエンディングにはちょっと納得しかねますね。