徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:小出裕章&西尾正道著、『被ばく列島~放射線医療と原子炉』(角川oneテーマ21)

2017年06月28日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

このところ小説ばっかり読んでましたが、ようやく随分前に買った小出裕章&西尾正道著、『被ばく列島』(角川oneテーマ21)に辿り着きました。初版は2014年10月で、反原発運動でお馴染の元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏と北海道がんセンター名誉院長で放射線治療医の西尾正道氏の対談形式となっています。と言っても専門分野が大分違うので、実際に対話されている部分はごく一部で、後はそれぞれに自分の専門領域のことを執筆なさったようです。この本の中では様々な被曝の問題や原子力ムラや医療ムラなどの構造的問題などが広く言及されていますが、個々の問題を深く掘り下げることはありません。207pの小冊子ですので、あくまでも入門書という位置づけですね。

どのような問題点が扱われているのかは目次を見れば一目瞭然なので、目次を書き出します。

プロローグ ― 3.11福島原発事故から3年経って

放射性物質で汚れた国土には住めない
医学の進歩の原動力である放射線診断学
国際原子力ムラと医療ムラの構造を明らかにせよ

第1章 そもそも放射線とは? 被爆の実態に向き合う

「能動的な毒物」の放射性物質とは何か?
健康被害と内部被ばく
放射線防護学は疑似科学
例えばセシウムが体内に取り込まれたら
外部被ばくと内部被ばくはどう違うか

第2章 世界一の医療被ばく国、ニッポン

今の医療現場は放射線を使い過ぎでは?
「がんの3.2%は診断による被ばくが原因」
がん診断に有効なPETにも、こんな心配事がある
放射線による緩和治療の実情
原発の立地周辺地域でも、がんが多発しているーー北海道泊村のデータ

第3章 原発事故における被ばくとの格闘 福島で何が起こっているか

実測値を計れ
甲状腺がんの問題については
低線量地域に住み続けるということ
セシウム・ホットパーティクルに注目せよ
瓦礫を燃やした結果
ガラスバッチの罠
低線量被ばくに関する「ペトカウ効果」とは?
放射能汚染水処理のデタラメさ
除染についても物申したい
放射線の概念とその単位
放射線のエネルギーの問題を看過するな
海洋汚染は、なぜ深刻か
地球上にばら撒かれてきた放射性物質セシウムとストロンチウム
溢れてくる放射能汚染水の量は予測がつかない
食品汚染にどう対応するか
私が第一次産業を守りたい理由
「60禁」のすすめーー子どもたちを守ろう!

第4章 原発の安全・安心神話を語るのは誰か

ただの民間機関にすぎないICRP
チェルノブイリ事故後にできたECRRの主張とは
ゴフマンの「被ばくの危険度」の評価について
事故後の鼻血の問題について
広島原爆におけるABCCの疫学研究には問題あり
ICRPの基準とECRRの基準はなぜ違うのか?

第5章 原発作業員や放射線医療従事者を被ばくから守れ

原発作業員たちは被ばくからどう守られているのか
放射線の専門家はどう育てられているのか

第6章 放射性廃棄物をどう処理するか

核廃棄物のトイレはどうするか
そもそも核の無害化技術は、実現性なし
医者の立場からすれば、放射性医薬品にはメリットがある

第7章 日本は世界の流れから取り残されていないか

米国の原発が止まる
撤退すすむ先進国の原子力産業
世界に売りつける日本の原子力メーカー
なぜ失敗ばかりの高速増殖炉を続けるのか
どうしてもプルトニウムを懐に入れたい日本
日本の医療のいい面を自覚せよ
TPPは医療がターゲットだ!

終章 私たちはこれから、放射線とどう向き合うか 後世の子孫への責任

胎児とお母さんの被ばくについて思うこと
細胞の放射線感受性についての「ベルゴニー・トリボンドの法則」を知ろう
今後どうするかーー生き方や文明論の見直しのきっかけに
被ばくがもたらしたものーーがんが増えだしたのは明らかに戦後から
若い人たちへのお願い
提言ーーこれからの原発と医療のあり方

あとがき 小出裕章

巻末資料1~4

いろいろな問題が指摘されていますが、中でも姑息なのは「ガラスバッチ」です。これは個人用の蛍光ガラス線量計で、個人が受けた積算放射線量の計測のために使われるものですが、その中にある特殊ガラス素材が放射線に当たると、紫外線窒素レーザーを照射した際に発光するので、その蛍光量を測定することで、被曝線量を測ることになっています。外部被曝の線量は、1㎝の深さの線量で代替えするので、空間線量率からの計算と比べると低い値となり、被曝推定値の約60%となります(p69)。事故直後ならともかく、時間が経過すると、実際に被曝した線量の1/4程度しか出ないし、さらに低線量地域では感光限界の問題もあり、1/20以下となるとも言われています(p70)。この低く出た測定値を振りかざして、帰還政策の一つとして利用する政府は実に姑息です。

またICRPなどの内部被曝を無視したやり方にも西尾氏は反論します。内部被ばくも含めた全ての被ばくを全身で均質的に被ばくする前提で議論する事に対して、実際の放射線治療で放射線源が局所的に露出される患部だけに作用されることを例に出した反論です。すなわち、原発事故由来の放射性物質が実際に体内に摂取される場合には、その物質が直接的に接する箇所が局所的に被ばくするのであって全身均一的にモデル化するのは間違いだ、ということです。

汚染食品に関する西尾氏の言葉(p169):

「皆さんは、これでよいのでしょうか。日本人は放射性物質と農薬を含んだ食品を食べ、さらに遺伝子組み換え食品も多くなっており、世界一危険なものを食べています。そして継続し深刻化する海洋汚染により魚介類も危険なものとなってきているのですが、問題意識が無さすぎます。恵まれた美味しいものを食していると思いますが、実は世界一体に悪いものを食べているのかもしれません。」

世界一かどうかはともかく、日本の食品の危なさには常々心配しているところです。農薬・遺伝子組み換えばかりではなく、添加物の多さも呆れるばかりです。プラス放射能汚染です。こと発がん性に関しては、余りの発がん性物質の多さに、放射能の影響を抽出することがより困難なのではないかと思えるくらいです。

「今の日本は、①哲学なき日本、②品性なき日本、③見識なき日本、④人倫なき日本、⑤責任なき日本、⑥先見なき日本、⑦知足なき日本、の状態ですね。」(p177)

との西尾氏の言葉に100回くらい署名したいですね。

 


書評:小出裕章著、『騙されたあなたにも責任がある 脱原発の真実』(幻冬舎)

書評:一ノ宮美成・小出裕章・鈴木智彦・広瀬隆他著、『原発再稼働の深い闇』(宝島社新書)


書評:ジェフリー・アーチャー著(永井淳訳)、『ロスノフスキ家の娘』上・下(新潮文庫)

2017年06月27日 | 書評ー小説:作者ア行

知人にお借りしたジェフリー・アーチャー著(永井淳訳)、『ロスノフスキ家の娘』上・下を一気読みしました。初版が昭和58年ですから、随分年季の入った本です。原作の「The Prodigal Daughter」は1982年の作品。この作品は同著者の「ケインとアベル」の続編という位置づけで、アベルの娘フロレンティナが主人公です。

アベル・ロスノフスキはポーランドの男爵で様々な事情があって(詳しい事情は「ケインとアベル」に掲載)アメリカに移住し、そこでまさに「アメリカンドリーム」を実現して、ホテル王にのし上がります。彼の一人娘フロレンティナは幼少のころから才能に満ち溢れ、11歳の時には「アメリカの大統領になる」と宣言するような利発な子でした。この彼女が最終的には本当にアメリカ大統領になるというストーリーです。

原題の「The Prodigal Daughter(放蕩娘)」はなぜそのタイトルなのか良く分かりませんでしたが、どうやら彼女が父親の反対を押し切って、宿敵ケイン家の息子と駆け落ちしてしまったことから来ているようです。

この小説は一人の女性の大河ドラマであると同時にアメリカ現代史の流れの中のドラマでもあります。第二次世界大戦、ベトナム戦争、冷戦時代をアメリカの中から見たものでもあるので、外から見ているのとはまた違った視点が得られます。また、ポーランド系移民の娘が政治家になる過程が描かれるとなれば、当然差別の問題も取り上げられます。フロレンティナはそうした差別と闘い、自分の会社では人種に関わりなく能力で採用し、同じ給料を払い、父のホテル帝国を継いだ後はその方針をホテルチェーン全般に生き渡させるなど、当時としてはなかなか革新的な経営をしています。政治家に転身してからは、差別問題に取り組んでいくのかと思いきや、防衛問題にのめり込んでいく辺りが、面白いところです。そして下院、上院議員を経て、いよいよ民主党の大統領候補に指名されるか、というところで繰り広げられる政争もハラハラものです。

小説の中では、「アメリカ社会は女性大統領を受け入れるほど熟している」とされていますが、実際には現在まで女性大統領は誕生してませんね。黒人大統領は画期的でしたが、それに次ぐクリントン氏は逆にハンディキャップが少なすぎたのかも知れません。何せ白人で、元ファーストレディーで、政治と財閥の癒着の真っただ中にいるイメージですので。

それはともかく、今度はお父さん(アベル・ロスノフスキ)のほうのドラマを読んでみたいですね。

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書評:恩田陸著、『まひるの月を追いかけて』(文春文庫)

2017年06月23日 | 書評ー小説:作者ア行

恩田陸のマイブームがまだ続いています。今回読み終えたのは、失踪したらしい異母兄を探しに、彼の恋人と旅に出るという話で、タイトルは『まひるの月を追いかけて』。文庫の発行は2007年。

ちょっと詳しい商品解説があったので、こちらに転載。

奇妙な旅のはじまり、はじまり
異母兄の恋人から、兄の失踪を告げられた私は彼を探す旅へ――。
奈良を舞台に夢と現実のあわいで真実は姿を隠す。恩田ワールド全開のミステリーロードノベル。

異母兄が奈良で消息を絶った。
たった二度しか会ったことがない兄の彼女に誘われて、私は研吾を捜す旅に出る。
早春の橿原神宮、藤原京跡、今井、明日香……。
旅が進むにつれ、次々と明らかになる事実。それは真実なのか嘘なのか。
旅と物語の行き着く先は――。

「恩田作品には映像に携わる人間を刺激する何かがある。
撮りたい衝動にかられる。その言葉を発語してみたくなる。
登場人物を設定された場所に解き放してみたくなる。
そして、その場所を、実際に訪れてみたくなる」
(解説・佐野史郎)

あんまりミステリーという感じではありませんが、人がなぜ、どんな動機であることをしたのか、という方向の謎がどっさり散りばめられています。主人公の静にとっては、最初は全く気が進まない、「どうして自分が」というような旅でしたが、結果的には自分を再発見することになるというある種のカタルシスがあります。

お兄さんの研吾は、実は全然失踪なんかしてなかったのですが、どこか遠くへ行こうとしていたことは確かで、その奇妙な行動の理由が話が進むにつれて少しずつ明らかにされます。

お兄さんの恋人だった優香里が静を旅に誘った、ということになってましたが、実は本物の優香里は既に事故死していて、静を旅に誘ったのはその優香里の友人妙子だったということが比較的早い段階で判明します。そこで一気に謎の数が増えるわけです。妙子と研吾の関係は?なぜ研吾を探しに行くのか?なぜ妹の静を旅に誘ったのか?どうして奈良に向かうのか?

全ての謎がすっきりと解決されるわけではありませんが、謎の性質からして、「すっきり解決」するようなものではないので、そこは別に気にならないかと思います。ところどころに本筋とはあまり関係のない小話が挿入されていて、それがまたなんとなく物語全体の世界観を象るように物悲しい心象風景を作り出しています。

作中に「物語は喪失をモチーフするものが多い」というようなセリフが出てくるのですが、これはこの小説自身にも当てはまります。そして様々な人の死が奈良という神秘的な懐の深い土地にふわりと包まれて、しっとりとした静寂を醸しだし、そこでふと自分を振り返らずにはいられないような、そういう気分にさせる小説ですね。

 

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三月・理瀬シリーズ

書評:恩田陸著、『三月は深き紅の淵を』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『朝日のようにさわやかに』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『黒と茶の幻想』上・下巻(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『黄昏の百合の骨』(講談社文庫)

関根家シリーズ

書評:恩田陸著、『Puzzle』(祥伝社文庫)

書評:恩田陸著、『六番目の小夜子』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『図書室の海』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『象と耳鳴り』(祥伝社文庫)

神原恵弥シリーズ

書評:恩田陸著、『Maze』&『クレオパトラの夢』(双葉文庫)

書評:恩田陸著、『ブラック・ベルベット』(双葉社)

連作

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書評:恩田陸著、『夜の底は柔らかな幻』上下 & 『終りなき夜に生れつく』(文春e-book)

学園もの

書評:恩田陸著、『ネバーランド』(集英社文庫)

書評:恩田陸著、『夜のピクニック』(新潮文庫)~第26回吉川英治文学新人賞受賞作品

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劇脚本風・演劇関連

書評:恩田陸著、『チョコレートコスモス』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『中庭の出来事』(新潮文庫)~第20回山本周五郎賞受賞作品

書評:恩田陸著、『木曜組曲』(徳間文庫)

書評:恩田陸著、『EPITAPH東京』(朝日文庫)

短編集

書評:恩田陸著、『図書室の海』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『朝日のようにさわやかに』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『私と踊って』(新潮文庫)

その他の小説

書評:恩田陸著、『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎単行本)~第156回直木賞受賞作品

書評:恩田陸著、『錆びた太陽』(朝日新聞出版)

書評:恩田陸著、『まひるの月を追いかけて』(文春文庫)

書評:恩田陸著、『ドミノ』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『上と外』上・下巻(幻冬舎文庫)

書評:恩田陸著、『きのうの世界』上・下巻(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『ネクロポリス』上・下巻(朝日文庫)

書評:恩田陸著、『劫尽童女』(光文社文庫)

書評:恩田陸著、『私の家では何も起こらない』(角川文庫)

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書評:恩田陸著、『不安な童話』(祥伝社文庫)

書評:恩田陸著、『ライオンハート』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『蛇行する川のほとり』(集英社文庫)

書評:恩田陸著、『ネジの回転 FEBRUARY MOMENT』上・下(集英社文庫)

書評:恩田陸著、『ブラザー・サン シスター・ムーン』(河出書房新社)

書評:恩田陸著、『球形の季節』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『夏の名残りの薔薇』(文春文庫)

書評:恩田陸著、『月の裏側』(幻冬舎文庫)

書評:恩田陸著、『夢違』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『七月に流れる花』(講談社タイガ)

書評:恩田陸著、『八月は冷たい城』(講談社タイガ)

エッセイ

書評:恩田陸著、『酩酊混乱紀行 『恐怖の報酬』日記』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『小説以外』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『隅の風景』(新潮文庫)


書評:恩田陸著、『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)

2017年06月19日 | 書評ー小説:作者ア行

『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)は2000年の作品で、『三月は深き紅の淵を』の続編とも言えます。『三月~』の第4章で部分的に展開されていた不思議な学園の話で、主人公の理瀬、ルームメイトの憂理、行方不明あるいは死亡したと思われる麗子、理瀬の属する「ファミリー」の子たちの名前がそのまま『麦の海に沈む果実』に登場します。『三月は深き紅の淵を』は、学園の創立のきっかけになった私版本として言及されますが、理瀬が偶然寮の部屋で見つけた赤い表紙の同タイトルの本の中身はどうやら全くの別物のようです。

舞台は北海道の湿原の中の青い丘に建つ全寮制中高一貫学園で、様々な事情のある子どもたちがここに入ってきます。生徒たちはおおよそ3グループに分類でき、一つは「ゆりかご」、一つは「養成所」、そして今一つは「墓場」。学園では生徒が望めばどんな本でも楽器でも与えられ、学びたいことがどんなに突飛でも一流の先生が招聘されて授業を受けられるようになっているため、お金持ちの過保護に育てられた令嬢子息らや、日本にいる間の一時的なつなぎとして学園に預けられている子供たちが「ゆりかご」組。芸術家の子息令嬢やスポーツに秀でた者たちがそれぞれの才能を伸ばすために来ている子供たちが「養成所」組。残りの厄介払いのごとくこの学園に放り込まれ、閉じ込められている子供たちが「墓場」組。

新学期が始まるのはなぜか3月で、2月に入って来る者は学園を破滅に追い込むとか追い込まないとかいう噂があります。そんな中、理瀬は2月の最後の日にこの学校に転入してきます。転入してきたその日に、「ファミリー」を紹介され、「いなくなった子たち」の話や2月に入って来る者の伝説などを聞かされます。

校長先生は、一応生物学的には男性で、学園内では女性でいることが多い変な人ですが、なぜか人の心を掴むのが巧みなようで、男女ともに親衛隊がいるくらい。この校長がやたらと理瀬をかまうので、彼女は親衛隊の子たちから妬まれ嫌がらせされたりします。

ストーリーは一貫して理瀬の回想という視点で語られるため、『三月は深き紅の淵を』の第4章で感じたような視点の定まらないもやもやした感じが全く無く、その意味では読みやすいミステリーです。ファンタジーの要素は殆ど無く、行方不明者や死者が次々と出る古典的なミステリーと言えます。意外な結末はストーリーとしては面白いですが、なんとなく後味の悪さも残ります。

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三月・理瀬シリーズ

書評:恩田陸著、『三月は深き紅の淵を』(講談社文庫)

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訃報:ヘルムート・コール元独首相

2017年06月17日 | 社会

昨日のニュースでヘルムート・コール元独首相が87歳で亡くなったことが報道され、少なからず驚きました。なぜ驚いたかと言えば、彼よりも一時代古いヘルムート・シュミット元独首相がついこの前、と言っても2015年11月のことですが、亡くなったばかりだったので、コール元首相が亡くなるような年齢だという気がしていなかったからです。でもよく考えてみれば、享年96歳だったヘルムート・シュミットが長生きだっただけなのですね。

ヘルムート・コールと共に東西ドイツ統一の立役者だったハンス・ディートリヒ・ゲンシャー元外相は去年の4月に89歳で亡くなっていますので、同時代の政治家であるヘルムート・コールもいつ亡くなってもおかしくない年齢ではあった、と後から一人納得した次第です。

ヘルムート・コールは、他の亡くなった二人の政治家とは違って、全くシンパシーを感じられない政治家でした。確かに1982年から1998年までの16年間ドイツ首相を務め、1980年代と90年代のドイツとヨーロッパに大なり小なりの影響を与え続けた政治家であることは事実ですが、元東独の住民に与えた希望と失望、闇献金スキャンダル、ゆるぎない権力維持ネットワークを築いたことなどを考えると、「偉大な政治家」という尊称を贈るのにかなり躊躇せざるを得ません。恐らく私自身が1990年から1998年の8年間、彼の政権下のドイツを直に体験していることが大きいのだろうと思います。特に4期目の1994-1998年は、肥満の症状と下膨れの顔が顕著になり、「ビルネ(Birne、西洋梨)」と揶揄され、「いい加減あれを見たくない」という嫌悪感が広がっていた時代の空気を吸っていたので、いまだに「コール・イコール・ビルネ」、「コール・イコール・闇献金」などのネガティブなイメージが強く、亡くなったからと言って褒め称える気には到底なれないわけです。

まあ、そういうイメージはともかく「大物政治家」であったことは事実で、歴史に「東西ドイツ統一首相」として名を遺すことは確実です。むしろそのために、自分の任期中に統一を急いだのではないかという噂がまことしやかに流れていたものです。まあ、とにかく少し経歴を記録しておくくらいの価値はあると言えるでしょう。以下の経歴は主にドイツ語版ウイキペディアのヘルムート・コールの記事を参照したものです。

フルネームはヘルムート・ヨーゼフ・ミヒャエル・コール(Helmut Josef Michael Kohl)といい、1930年4月3日に、化学コンツェルンBASFの本拠地として知られるルートヴィヒハーフェン・アム・ライン(ラインラント・プファルツ州)で生まれ、保守的なカトリック教徒の家庭で育ちました。第2次世界大戦中は子供の疎開措置の一環でエルバッハ(Erbach)、後にベルヒテスガーデン(Berchtesgaden)に送られ、そこでヒトラーユーゲント(ヒトラー青少年団)において、準軍事訓練を受けましたが、フラックヘルファー(Flakhelfer)と呼ばれる高射砲補助員として投入されることなしに終戦を迎えました。1950年にフランクフルト大学で法学と歴史学を勉強し始めますが、1951/52年冬学期にハイデルベルク大学に移り、歴史学と政治学に学科を変えて、そこで1956年に修士課程修了。1958年に「プファルツにおける政治的発展と1945年後の政党の復活」という博士論文で博士号を獲得しました。

政治的なキャリアは終戦直後の1946年にキリスト教民主同盟(CDU)に入党することに始まり、1947年には故郷ルートヴィヒハーフェンにユンゲ・ユニオーン(Junge Union)というCDU党青年団を発足し、1953年には既にラインラント・プファルツ州CDU執行部入り、1959年にCDUルートヴィヒハーフェン郡連合会代表に就任するなど、かなり精力的に活動し、党内キャリアを積んでいき、1969年5月に任期途中で辞任したペーター・アルトマイヤースの後継者としてラインラント・プファルツ州首相に39歳の若さで選ばれました。当時では史上最年少の州首相就任でした。この頃は、「若き改革者」として党内の先輩たちにも煙たがれ、「傲慢」との評価も多かったらしいですが、これに対してコールはインタビューで「自分は193㎝の身長のために人に威圧感を与えるような、少なくともそのように取られることがある」というようなことを応えていました。つまり「傲慢という批判は当たらない」と。

1971年にCDU党首に立候補するものの、ライナー・バルツェルに負け、1973年に2度目の立候補で党首に就任しました。以後1998年までの実に25年間CDU党首を務めたのです。そのうちの16年間は同時にドイツ首相でもありましたので、最初は若き改革者として登場した彼でも、党内外に「コール帝国」を築いていくだけの時間が十分あったと言えます。

彼は物事を書類で処理するよりも、個人的に直接電話をかけたり、直接会ったりして、処理していくことを好み、そのようにして強固なネットワークを築いていったと言われています。またその際に「敵・味方」を明確に分けて、一度懐に入れた人間に対しては非常に忠実な友だったらしいですが、敵認定した人物にはとことん冷酷だったとも言われています。彼の息子がその冷酷ぶりを暴く暴露本を出版しています。彼のプライベートは時々ネガティブな新聞の見出しとなりました。家族の中での父親としての役割はどうやら果たせなかったようです。最初の奥さんであったハンネローレ・コールは自殺されました。

首相としての彼の功績とされているのは、独仏和解の象徴となったヴェルダンにおけるミッテラン元仏大統領との共同戦没者追悼(上の写真)、後のユーロ導入の先鞭をつけるマーストリヒト条約の締結、東独国家元首だったエーリヒ・ホーネッカーとのボンにおける会談の実現(1987年)、そして前述の東西ドイツ統一(1990年)です。

下の写真は、1982年にマーガレット・サッチャー英首相、別名「鉄のレディー」と共にボンで記者会見に臨むコール首相。

下の写真は、1990年、ソ連書記長ミハイル・ゴルバチョフ(中央)とゲンシャー独外相(左)と共にドイツ統一に関する会談をするコール首相(右)。

1990年、ソ連書記長ミハイル・ゴルバチョフとゲンシャー独外相と共にドイツ統一に関する会談

下の写真は任期最後の年、1998年に当時の米大統領ビル・クリントンと共にエアフォース・ワンで会談した時のもの。

1998年、米大統領ビル・クリントンとエアフォース・ワンにて

 

ただ、ユーロ導入や東西ドイツ統一には多くの問題や課題が残されており、特に実現のタイミングが早過ぎたのではないかという疑問もあり、果たしてそれらの実現を「功績」と評価できるのか、「功罪」を問うべきなのか、判断が難しいところです。私自身は当然「功罪」を問いただすべきだと思っています。

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100年前のヴェルダンの戦い(第1次世界大戦)~本日追悼式典。オバマ大統領広島訪問を考える。

訃報:ドイツ元外相ハンス・ディートリヒ・ゲンシャー(89)

ヘルムート・シュミット元西ドイツ首相、国葬


書評:恩田陸著、常野物語3部作『光の帝国』、『蒲公英草紙』、『エンド・ゲーム』(集英社e文庫)

2017年06月17日 | 書評ー小説:作者ア行

恩田陸の常野物語3部作『光の帝国』、『蒲公英草紙』、『エンド・ゲーム』を一気読みしました。

常野(とこの)というのは特殊能力を持った一族の自称で、権力の座に就こうとせずに「常に野に在れ」という一族の戒めを込めた名称らしいです。同族結婚もタブーとされ、できる限り多くの一般家系と血縁を結ぶのが習わしになっているとか。一族の聖地は東北のどこか、「達磨山」と俗に呼ばれるところだそうで、そこでは時々不思議なことが起こるようです。

第1部の『光の帝国』は、いわば序章で、常野にまつわる不思議な話の短編集となっています。収録作品は、

  1. 大きな引き出し
  2. 二つの茶碗
  3. 達磨山への道
  4. オセロ・ゲーム
  5. 手紙
  6. 光の帝国
  7. 歴史の時間
  8. 草取り
  9. 黒い塔
  10. 国道を降りて…

の10編です。やたらと記憶力のいい、なんでも「しまえる」春田家。「あれ」という正体不明のものと戦い続け、「裏返されない」ために相手を「裏返す」ことを延々と続ける拝島家。一体いつから生きているのか分からない「ツル先生」。普通の人には見えない、建物や人間にまで生える毒々しい色の「草」を取る人。どうやら自分が何者なのか記憶にないらしい「亜希子」。

それぞれのエピソードは一応独立していますが、様々な伏線が相互に干渉し合い、響き合って一つの常野ワールドを形成しているようです。

第2部の『蒲公英(たんぽぽ)草紙』は中島峰子という20世紀初頭に少女時代を送った人の回想という形をとっており、常野の血の入った村の長者・植村家と、特に「遠目」と呼ばれる予知能力のようなものを受け継いだ次女・聡子とのかかわりが語られます。この回想の中でも、異常に記憶力のいい、一族の記録係の役割を負う春田家が登場します。常野一族の在り方、普通の人たちとのかかわり方、世の中との関わり方や生き方が中島峰子という普通の人の目を通して語られています。少し不思議な感じのことも含まれていますが、20世紀初頭という時代フレームの中の物語として興味深く読めます。第1部を知らなくても問題なく読めると思います。

第3部『エンド・ゲーム』は、「裏返す」、「裏返される」の戦いを続けているという第1部の「オセロ・ゲーム」に登場した拝島家の話を1冊の小説に膨らませたもので、好みもあるでしょうが、私にはちょっとファンタジーが過ぎるというか、あまり納得のいかないストーリーでした。結局のところ「あれ」って何?という疑問も残ったままですし、何のためにそういう戦いをするようになったのかとか、記憶をいじる能力があるらしい「洗濯屋」の役割とか、その能力の発現の仕方がよく分からないままで、もやもやとした感じが残ります。一族の者たちが作り上げたらしい共同幻想の世界の中に入るとはどういうことなのか???

なんかもう挙げ出したらきりがないような疑問符の山です。それでも好きな方はこの不思議ワールドを楽しめるのかも知れません。文章自体は惹きつけるものがありますし、先を知りたいと読者の心を掴むだけの力はあります。ただ、私のように理屈をこねるタイプというか、物語に何かしら了解すべき「設定」というものを必要とするタイプには、どれだけ読んでも謎が解決しないまま話が終わってしまうので、納得のいかない話ですし、なんだか騙されたような気分になるかと思います。

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三月・理瀬シリーズ

書評:恩田陸著、『三月は深き紅の淵を』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『朝日のようにさわやかに』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『黒と茶の幻想』上・下巻(講談社文庫)

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書評:恩田陸著、『三月は深き紅の淵を』(講談社文庫)

2017年06月11日 | 書評ー小説:作者ア行

『蜜蜂と遠雷』から入った恩田ワールド。まだまだ続いてます。『三月は深き紅の淵を』で6作目です。電子書籍は2015年の発行ですが、紙の方は2001年発行で、作品発表自体は1996-1997年ということなので、結構古い話ですね。作品中に「ワープロ」が登場してたので、作品の時代設定がそうなのかと思いもしたのですが、そうではなくて、執筆時点での「現在」だったのですね。

この作品は「入れ子式小説」のようで、小説について書かれた小説です。商品紹介には

「鮫島巧一は趣味が読書という理由で、会社の会長の別宅に2泊3日の招待を受けた。彼を待ち受けていた好事家たちから聞かされたのは、その屋敷内にあるはずだが、10年以上探しても見つからない稀覯本(きこうぼん)「三月は深き紅の淵を」の話。たった1人にたった1晩だけ貸すことが許された本をめぐる珠玉のミステリー。」

とありましたが、これは第1章「待っている人々」のさわりに過ぎません。鮫島功一と好事家たちが稀覯本を探すために滞在している屋敷は、本好きにはたまらない舞台設定なのではないでしょうか。亡くなった人が大層な活字中毒者で、様々なものを片っ端から読みまくり、読んだ本から部屋に放り込んで何十年。大きな屋敷の地下室も一体いくつ部屋が分からない中の多くの部屋が本でぎっしり満たされているというもの。その中から読みたい本を見つけて抜き取るのは難儀そうですが、そんなお屋敷に一度足を踏み入れたら、私などは2度と出てこれなくなりそうです(笑)

で、その亡くなった活字中毒者のダイイングメッセージが【ザクロの実】だったそうで。稀覯本「三月は深き紅の淵を」は屋敷の中に隠したから、それを探してみろ、と。それで、その探すヒントが【ザクロの実】。

4部からなる「三月は深き紅の淵を」は、どの章にもかならずザクロが登場するとか、1部から4部までのストーリーがどうだったかなどが、ダイイングメッセージが【ザクロの実】の謎を解く過程で語られていきます。

なかなかワクワクして面白い話だと思います。

第2章「出雲夜想曲」も、第1章の稀覯本「三月は深き紅の淵を」の設定を一部引き継いでますが、この章では二人の編集者がその作家を訪ねに出雲へ向かう話です。一人の編集者・堂垣隆子が出版社に就職した時に教師をしていた父からその本を借りて読み、作者が誰なのか気になって何年もリサーチした結果辿り着いた一つの結論を同行している編集者・江藤朱音に夜行列車で酒盛りしながら語るところにかなりのページ数が費やされています。作者はどんな人だったか推理する二人の掛け合いは楽しそうです。

第1章の結論部を読んだ後だと、その設定の食い違いに戸惑いますが、これはこれで面白い話で、この謎の本がなぜ自費出版され、なぜ限られた人に配られた本を後になって回収して回ったかが、ちょっと意外な形で明らかになります。

この章の中に出て来る描写で、まだ少し頭を悩ませている表現があります。それは、「鼻の奥に眠っているトカゲがそろりと起き出すような香りが、肩に残っていた昼間の残滓を抜いていく。」と夜行列車の中でバーボンが注がれるところを眺める堂垣隆子の主観を描写するくだりです。「バーボンから漂う芳香が普段は全然刺激されないような鼻の奥の嗅覚神経をムズムスと刺激する」ということではないかな、とは思うのですが、なぜ「トカゲ」なのかという疑問は残ります。「そもそも鼻の奥にトカゲが眠っている」という発想自体が奇妙で、不気味な感じがするのは私だけでしょうか。

まだ「近所のおばさんのような実用的な駅だった。」と堂垣隆子が出雲駅に着いた時に語る印象のほうが普通に思えてくるくらいです。これ自体、結構妙な比喩だと思うのですが。

第3章「虹と雲と鳥と」では、いきなり女子高生2人の転落死から始まる古典的なミステリー展開なのですが、この死んだ少女のうちの一人・篠田美佐緒が小説家になりたいという願いを持っていて、もし自分が書けない時は美佐緒の家庭教師で編集者志望の野上奈央子に代わりに書いてくれるように頼んでいたことが物語の進行と共に明らかになります。話の焦点はやはりなぜ二人の少女たち、篠田美佐緒と林祥子が死んだのか、ということにあります。自殺か他殺か事故か。最初は誰が主人公なのかよくわからない断片的な印象を受けます。祥子の親友、美佐緒の元カレ、美佐緒の部活仲間そして美佐緒の元家庭教師。それぞれが握る様々な断片がパズルの断片のように物語というテーブルの上に投げ出されているような印象。

それがそのうち美佐緒の元カレと美佐緒の元家庭教師の二人が、死んだ二人の関係や足跡を負うことになり、予想外の真実にぶち当たるという展開になります。ラストは美佐緒の遺言になってしまったお願いを奈央子がきっと叶える日が来るだろうと予感するところで終わっています。つまり、小説はまだ存在していないわけです。

第4章「回転木馬」では、この小説の作者が今まさに小説「三月は深き紅の淵を」を書こうとしているところが書かれていて、稀覯本「三月は深き紅の淵を」の粗筋として暗示されていた部分や4部構成であることを受け継ぎつつ、全然違う物語が展開していきます。「こんな書き出しはどうだろうか」という疑問文が所々にさしはさまれるので、それで初めて自分が作中作を読んでたことに気が付いたりするわけですが、一人称で語られている部分(これは執筆中の作品「三月は深き紅の淵を」の視点と執筆中の作者の視点)と、彼女という三人称で語られている部分(これの位置づけがあまりはっきりしない。)と「理瀬は…」という固有名詞で展開される不思議な学園(そこは「3月の国だ」という)の話が、とりとめのない回想シーンが折り重なるように綴られていて、気を付けないと迷子になりそうな不安定な感覚に襲われます。その境界線のはっきりしないところが、物語全体に奇妙な捻じれと歪みを生じさせ、独特の多重世界を内包するx次元空間を形成しているようで、やっぱり迷子になるしかないような…

そしてラストに幻の小説「三月は深き紅の淵を」を今書こうとしている小説家の視点に戻ってきて、訳も分からずなんとなくほっと息をつく。そして自らに問う。「私は今何を読んでたんだろう?」と。

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2017年06月08日 | 書評ー小説:作者ア行

忙しいところ、睡眠時間をかなり削って、 『夜の底は柔らかな幻』上下 と 『終りなき夜に生れつく』の3冊を読破しました。

『夜の底は柔らかな幻』は2015年発行、『終りなき夜に生れつく』は2017年発行で、割と最近の作品です。

本編の『夜の底は柔らかな幻』は、導入部も何もなく、話がいきなり始まり、「イロ」とか「在色者」とか「闇月」とか謎のキーワードが唐突に使われているため、あまり読者に親切とは言い難い話運びです。

「途鎖国。そこは日本の国家権力の及ばない鎖国状態にある国。そこは、「イロ」と呼ばれる特殊能力を持った者ー「在色者」ーが世界的に見ても特に多いと言われる特殊な場所だ。闇月といわれる時期、途鎖では多くの者がある目的をもって山深くを目指すが、山は禁忌の地であり、途鎖警察も見て見ぬふりをするような無法地帯だ。近年、そこでの麻薬生産が増えているという噂もあり、途鎖の入国管理局は、この闇月に特に神経質になっていた。

在色者である有元実邦は、身分を隠して彼女の生まれ故郷である途鎖に入国しようと列車に揺られていた。」

のような導入部があったら、もっとすんなり話に入っていけるのになあ、と少し残念に思いました。やはり架空の、だけど物語に重要な設定は、先に提示されれば、物語のフレームワークが読者の頭の中でできて、それがたとえどんなに荒唐無稽な、非日常的な設定であろうと、すんなりとその物語ワールドに入れるはず。ファンタジーものは大抵こういう手法をとるものですが…

『夜の底は柔らかな幻』は、どちらかというとミステリー的な語り方なのだと思います。まず最初に誰だかわからない死体が転がっているところから始まって、徐々にそのバックグラウンドが語られるような感じでしょうか。

同時に、これはホラーですね。「在色者」という得体の知れない化け物が、その特殊能力「イロ」を用いて連続殺人事件を起こしてますので。そして、徐々に禁忌の山の謎に迫るわけなのですが、結局のところ何なのか、つかみどころがない感じで終わってます。本物の化け物は山に居た、みたいな?

こうして結論的なものを書いてしまうと、身も蓋もないような感じになってしまいますが、恩田陸の筆力は流石で、読者をハラハラ・ドキドキまたはゾッとさせながら、最後まで退屈させることなく連れて行ってくれます。だから余計に眠れなかったわけです(笑)


 『終りなき夜に生れつく』は前作のスピンオフ短編集で、本編で活躍(?)した殺人鬼たちや、本編で有元実邦に協力した医師・元医師の過去の出来事が語られています。収録作品は、「砂の夜」、「夜のふたつの貌」、「夜間飛行」、「終りなき夜に生れつく」の4編です。有元実邦は4編目の表題作に存在を仄めかされている程度で、あくまでも主要脇役たちの物語を描いた短編集となっています。

スピンオフですので、本編の登場人物たちの背景説明色が強く、ホラー的あるいはミステリー的な要素はかなり弱くなっています。本編を読んでから、こちらを読むと、「なるほど、そうだったのか」または「そう始まったのか」と色々納得できることが多いです。

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書評:長尾龍一著、『法哲学入門』(講談社学術文庫)

2017年06月04日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

長尾龍一著、『法哲学入門』(講談社学術文庫)は、『法学セミナー』の1980年10月号から1982年3月号まで連載されたものをまとめて発行された本が2007年に文庫化されたものです。その意味では、一種のロングセラーなのではないでしょうか。

この本を読みだしたのは4月初頭だったので、かれこれ2か月かけて(途中何度も中断しつつ)読んだことになります。特に最初の3章くらいまで、割と退屈な蘊蓄が続くので、読むのに忍耐力が要ります。

後半は比較的身近な例を用いているので、理解しやすく、また長尾氏独特のユーモアのセンスも光っているところが多々あり、ふむふむと感心しながら、比較的楽しく読めたと思います。ただ80年代初頭に書かれたものなので、国際政治からの例や日本社会の現状などについて言及されている部分は時代を感じさせます。つまり、現代には合っていません。

目次:

はしがき

第1章 法哲学とは何か

1.十人十色の法哲学
2.哲学とは何か
3.哲学と法学

第2章 人間性と法

1.悪人・罪人
2.法律のない世界
3.ホッブス的世界

第3章 法とは何か

1.サルから人間へ
2.儒家と法家
3.法の概念

第4章 実定法

1.人為の秩序
2.強制説
3.法の解釈

第5章 実定法を超えて

1.力と法
2.正義
3.自然法の問題

第6章 法哲学と現代世界

1.家庭
2.国家
3.世界と日本

原本あとがき

学術文庫版あとがき

まず、「法哲学とは何か」という学問分野としての根拠となるべき定義が確立されていないこと、つまり、そもそも『法哲学』なる学術分野が成立するのか否か自体があいまいであるという認識からこの入門書が始まります。西欧的科学の理解の観点から見ると、この時点ですでに『法哲学』は独立した分野として成り立っていないと思いますが、何はともあれ『法哲学』の名の下に、多種多様な考察がなされてきたので、そのぼや~っとしたくくりとも言えないくくりのための入門が本書ということになります。

著者の言葉を借りれば、「法哲学には「概説」などというほどの共通の基盤などはどこにもない。本書は、法哲学「入門」と題したが、この門が正門か裏門か脇門か、この門の中が法哲学の本陣か別宅か、わかりはしない。」だそうです。

「哲学」は非常識の世界に、「法学」は常識の世界に属しているため、両者は本来相容れない緊張関係にある、ということを念頭に置いた上で、「法哲学」なるものを考えると、確かに訳が分からない。

著者がハンス・ケルゼン研究に重きをおく研究者であったことから、随所にケルゼンが引用されていますが、他にもギリシャ思想、中国思想を始めとした古典古代の哲学思想、あるいは哲学分野にも留まらない分野からも哲学的問題を引き出しており、著者の知識の幅広さには目を見張るものがあります。ただ、それは読者にとっては少々裾野の広すぎるきらいがあり、読んでいて、たくさんの名前を上滑りしてしまうような気がしないでもないです。

著者は老子の「知者不言、言者不知」を引用して、「色々もっともらしいことを述べてきたこと自体が、筆者の無知の証明にほかならないのである。」と本書を締めくくっています。ソクラテス的「無知の知」こそ哲学の本質であり、最終的な結論を許さず、永遠に知の探究をすることが「哲学」であるという著者らしい締めくくり方だと思います。

まあ、ちょっとけむに巻かれた感じがしないでもないのですが。

内容メモ

法の概念規定をめぐる論争の領域:

  1. 「法は規範であるか」、「規範とは何か」
  2. 「法はどのような規範か」、「法規範と道徳規範とはどこが違うか」、「法規範と道徳規範その他との関係如何」
法とは何か(定義の試み):
  1. 本能の秩序:「人間は社会的なもので、共生することを本性とする」(アリストテレス)→「社会あるところに法あり」
  2. 習慣の法則:「習慣は第二の天性」→「社会あるところ習慣による共存のルールあり」
  3. 黙約:習慣のように無自覚ではなく、意識的に、しかし言わず語らずのうちに、共存ルールが形成されることがある。
  4. 技術的規範:交通規則のような、道徳や善悪とは関係のないルール。「天使の軍勢にも軍律は必要であろう」(Gustav Radbruch, Rechtsphilosophie, 3. Aufl., S. 74)
  5. 決断:多数決や判決の既判力などの概念は法の決断的性格を表す。→「社会あるところ決断あり」
  6. 組織規律:自発的な集団における規律。規律違反の最大の制裁は「除名」
  7. 強制規範:法とは物理的強制力行使の正当性の条件を定める規範。国家は、軍事力と警察力を背景として、その規範を物理的に強制しうる。
実定法の特徴:
  1. 国や時代によって違う
  2. 力関係によって左右される。憲法の制定は、多くの場合、戦争や革命の産物であり、憲法や法律の適用もまた政治的、経済的、更には物理的力によって左右される。
  3. 立法者の恣意や過失によっても左右される。
法7の「強制説」に対する反強制説の法思想:
  1. 実定法は、細かい問題点は別とすれば、正義を現実化したものである。
  2. 実定法規範は社会規範の一部であり、道徳規範・習俗規範などとの間の関係は流動的であって、法と道徳の截然たる区別などは不可能である。
  3. 法規範の中心をなすものは「契約を守れ」「他人に与えた損害は償え」というような実体法規範であり、手続法などはそれを実現する手段にすぎない。
  4. 共生は法の本質的要素ではなく、例外的な場合にのみ発動されるもので、法に対する「外部的の附加物」である。
→反論:「例外事態にこそ物事の本質が現れる」。制度の中心にあってそれに満足している者は、その制度が誰を苦しめ、誰を犠牲にしているかについて鈍感。
強制説は、法秩序の周辺や外部に在る者から見た法的現実に依拠するもの。

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