徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:島田荘司著、『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴』(新潮文庫)

2018年09月25日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴』は御手洗潔シリーズの第17作目。表題作のほか、そのプロローグに当たる短編『シアルヴィ館のクリスマス』が収録されています。

本編はとある老婦人が御手洗の事務所に事件解決の依頼ではなく物珍しさで訪ねておしゃべりをするというなんともほのぼのとした感じで始まります。しかし、御手洗は老婦人の話ー彼女の友達の息子夫婦が教会のバザーで一緒になり、途中その友達は具合が悪くなり救急車で運ばれたが、息子夫婦は「やることがある」と言って付き添わず、しばらくして教会前の花壇を掘ったーから子どもの誘拐事件を推察し、解決しようとします。救急車で運ばれたご婦人はそのまま亡くなってしまいます。彼女は時価十数億円というロマノフ王朝から譲り受けたセント・ニコラスのダイヤモンドの靴を放蕩息子ではなく、孫に直接譲渡することに固執していました。さて、誘拐されたはずの娘・美紀は御手洗が事情を確かめに息子夫婦の自宅を訪れた際にひょっこり戻ってきます。誘拐犯も間もなく捕まりますが、彼らは身代金として埋められたはずのダイヤモンドの靴を取り出していないと主張し、事実可能な闇ルートに出た形跡は見つかりませんでした。さて、ダイヤモンドの靴はどこへ消えたのか?

おばあさんが一人亡くなってしまうことを除けば、随分と微笑ましい結末のミステリーです。こういうほのぼのした感じのミステリーもたまにはいいですね。

『シアルヴィ館のクリスマス』は本編の事件の約20年後の話で、なぜロマノフ家のアレクサンドル3世が日本人使者の一人にダイヤモンドの靴を贈ることになったか、その理由のヒントになるエカテリーナ女帝のコレクションと彼女自身の逸話が語られます。ちょっとした歴史の裏話を御手洗と同僚たちが語り合うシーンです。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『斜め屋敷の犯罪 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『異邦の騎士 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『ロシア幽霊軍艦事件―名探偵 御手洗潔―』(新潮文庫)

書評:島田荘司著、『魔神の遊戯』(文春文庫)


書評:島田荘司著、『魔神の遊戯』(文春文庫)

2018年09月24日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『魔神の遊戯』は御手洗潔シリーズの16作目。舞台はスコットランド。まずはネス湖のふもとの小さな村ティモシー生まれで、母親を亡くした後に村から追い出されるように精神病院に入れられ少年ロドニー・ラーヒムが何十年後かにロンドンで「記憶の画家」として有名になるまでの生い立ちが語られます。そして彼の復讐の手記。その後ティモシー村で数十年ぶりにオーロラが現れた夜、その手記通りの連続バラバラ殺人事件が起こります。犯人は本当にこの手記を書いた精神障害のある画家なのか?あるいは復讐の神にして魔神ヤーヴェなのか?不気味な咆哮が轟く中、毎夜起こる凄惨な殺人事件の行方は?

この作品のティモシー村部分(第2章以降)の語り手はティモシー村の酒場に入りびたっている酔っ払い・自称詩人バーニーで、ただの民間人にもかかわらずティモシー村の警察署長の「親友(?)」としてやたらと現場へ出かけて行って情報を集めます。御手洗はここではウプサラ大学の脳科学者兼探偵のミタライ教授として登場しますが、もっぱら死体の検証しかしていないようで、また奇人変人ぶりが鳴りを全く潜めているため、「別人?」という疑問が湧いてきます。まあでも、『ロシア幽霊軍艦事件』でもそんなに変人な感じじゃなかったですね、そういえば。

事件自体は猟奇的でホラーですが、旧約聖書のモーゼの出エジプト記にあるヤーヴェ神の特性についてや、ロドニーの症状に関連して記憶についての興味深い考察があり、読み応えがあります。

筋金入りのある中・バーニーの語りもユーモラスです。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『斜め屋敷の犯罪 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『異邦の騎士 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『ロシア幽霊軍艦事件―名探偵 御手洗潔―』(新潮文庫)


書評:島田荘司著、『ロシア幽霊軍艦事件―名探偵 御手洗潔―』(新潮文庫)

2018年09月24日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

珍しく講談社ではなく新潮文庫から出ている御手洗潔シリーズ『ロシア幽霊軍艦事件』。御手洗潔シリーズの第15作目。

箱根、富士屋ホテルに飾られていた一枚の写真。そこには1919年夏に突如芦ノ湖に現れた帝政ロシアの軍艦が写っていた。四方を山に囲まれた軍艦はしかし、一夜にして姿を消す。巨大軍艦はいかにして“密室”から脱したのか。その消失の裏にはロマノフ王朝最後の皇女・アナスタシアと日本を巡る壮大な謎が隠されていた――

と商品紹介にあるように、一通の手紙から始まるこの物語はアナスタシア皇女秘伝といったもので、彼女の辿った過酷な人生ととある日本人軍人との純愛物語が描かれています。もちろんアナスタシア皇女の日本にまつわる話はフィクションですが、その他の部分は史実で、彼女(アンナ・アンダーソン)がなぜ裁判で母語であるはずのロシア語を話せず、時計も読めず、計算すらできなかったのかということを医療的観点からアプローチし、「偽皇女」とされた彼女はやはり本物だったのではないかという論を展開します。頭蓋骨が陥没するほどの酷いけがを頭部に受けていれば脳に障害が出ても不思議ではありません。ただ、アンダーソンの死後10年を経た1994年に、イギリスのFSS(Forensic Science Service)が彼女の小腸標本からのミトコンドリアDNA鑑定を行いましたが、これはアレクサンドラ皇后の姉がイギリス女王エリザベス2世の夫君エジンバラ公の母方の祖母にあたることから、エジンバラ公・ロマノフ家の一員であることが確認されている皇女・アンダーソンの三者のミトコンドリアDNAを較べるという科学的な検証でした。その結果、エジンバラ公と遺骨のDNAは確かに一致したが、アンダーソンのDNAはこのどちらとも一致せず、その代わりにフランツィスカ・シャンツコフスカの甥のカール・マウハーとはDNAが一致しました。アンダーソンの正体はポーランド人農家の娘フランツィスカ・シャンツコフスカ(Franziska Schanzkowska、1896年12月16日生 - 1920年3月失踪)である可能性が少なくとも99.7%である、と学術誌『ネイチャージェネティクス(Nature Genetics)』に発表されています。なので、ケガによる高度脳機能障害を考慮に入れるにしてもアンナ・アンダーソンがこの作品で主張されるように本物のアナスタシア皇女であった可能性は極めて低いということになります。まあ、使用された小腸の標本がアンダーソンの者ではないという説もあるようですが。

まあ、そういった無骨な検証を脇に置けば、ミステリアスなアナスタシア皇女の秘伝・悲恋物語として十分にロマンチックで感動的に仕上げられています。御手洗の幽霊軍艦に関する推理はちょっとしたおまけみたいな感じです。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『斜め屋敷の犯罪 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『異邦の騎士 改訂完全版』(講談社文庫)


書評:島田荘司著、『異邦の騎士 改訂完全版』(講談社文庫)

2018年09月23日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『異邦の騎士』は作者の25番目の作品として出版されたそうですが、実はこれこそが処女作だったそうです。『良子の思い出』として書き上げてから数年眠っていた後、忙しいところに書き下ろしの依頼が入ったので、苦し紛れにこの処女作を引っ張り出して少々手を加えて出版にこぎつけたのだそう。今では島田作品の中でも人気の作品らしいですが、愛蔵版出版に当たって全面改定したとあとがきにあります。まあ、10数年前の自分の文章を振り返れば、いろいろと未熟さが目に付くものでしょう。

さて、陽のあたらないビルに囲まれた公園らしきところのベンチで目覚めた主人公が慌てて自分の車を探し、見つけられずに焦っているうちに自分が誰なのか昨日までの記憶がないことに気づくことで始まるストーリーは、サスペンスドラマではありますが、ミステリーとは言い難いような気がします。記憶がなくて途方に暮れているところに良子と出会い、彼女がしつこく付きまとう男から逃げ出すために引っ越したいから手伝えと言われて、手伝って、そのまま彼女との同棲生活を始め、しばらく延々と良子との幸せな生活が綴られます。しかし、彼は自分の過去のことが気にもなるので、電車から見えた「御手洗占星術教室」の看板に導かれて御手洗潔と出会います。それで二人は友人になります。

この作品では、主人公ー仮の名は石川啓介ーの周りに陰謀が張り巡らされており、ついに自分の過去を取り戻したら、ある男を殺さなければならないと思い詰めることになります。途中の良子の不可解な態度ー主人公の免許証にある住所に行くなと言ったり行けと言ったり、急に連日酔っぱらって帰宅するようになったり、他の男性と乱交に走ったりーや主人公の過去が解くべき謎だとすれば、確かにミステリーかもしれませんね。

御手洗の役割はここでは事件後のトリックを解決する探偵ではなく、事件を未然に防ぐ友人です。ネタバレになっちゃいますが、これが御手洗と石岡和己の出会いだったんですね。良子とは切ない結末になってしまう悲恋物語です。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『斜め屋敷の犯罪 改訂完全版』(講談社文庫)


書評:島田荘司著、『斜め屋敷の犯罪 改訂完全版』(講談社文庫)

2018年09月23日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『斜め屋敷の犯罪』は御手洗シリーズの第2作目。北海道の最北端・宗谷岬に傾いて建つ館、通称「斜め屋敷」で開かれたクリスマスパーティ。招待されたお客の運転手がその日の夜に殺されます。密室殺人で、被害者はなぜかベッドの端に右手をひもで縛られており、妙に体をひねって万歳しているような体勢で発見されます。雪の上に足跡は残されておらず、なぜか屋敷の主人のコレクションの1つであるゴーレムと言う人形がバラバラにされて雪の上に落ちていました。その日から警察官が屋敷に泊まり込んだにもかかわらず、第2の殺人事件が起こってしまいます。第2の事件はさらに頑丈な密室となり、刑事たちは何か細工はないかと必死に屋敷内を調査しますが徒労に終わり、途方に暮れていると、東京から中村という刑事(『火刑都市』で出てきた刑事さんですね)の推薦で現場に送り込まれた御手洗潔が事件のトリックを解決し、犯人が自白せざるを得ないような状況に持ち込む、と言うのが大まかなストーリーです。

御手洗が現場に到着して、「犯人はこのゴーレムだ!」と人形に服を着せたりし出す突拍子もない登場の仕方にかなり面喰いました。付き添いで来た石岡君は御手洗の行動の意図などさっぱりわからないという蚊帳の外状態で、ある意味気の毒な気がしないでもないですが。。。

動機の線から言うと犯人らしき人は屋敷の中にい合わせている人間の中には全くいないように見え、特に3件目の殺人(未遂)では怪しいと思われていた各室の20センチ四方の通気口が塞がれたばかりのところで起こり、またそれが、被害者を除く全員が一か所に集まっている時に起きたために余計に混乱を深めます。3人目の犠牲者は病院で亡くなります。

身動きの取れない屋敷の中で次々と起こる殺人事件と言う設定は、閉ざされた雪山の山荘的な、または『そして誰もいなくなった』的な展開に通じるものがあります。

犯人の目星もおおよそつきましたし、傾いて建てられた家自体に何か意味があるのだろうと見当はつきましたが、具体的なトリックまでは分かりませんでしたし、動機の方は自白でしか分からない類のものでした。御手洗の素っ頓狂なふるまいにかなり攪乱された感じはしますが、謎解きは、なるほどと納得はしたものの、『占星術殺人事件』ほどの衝撃はなかったです。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)


書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)

2018年09月22日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

この前に読んだ『火刑都市』の主人公・中村刑事が実は御手洗潔シリーズの脇役だったということを知り、ではこの御手洗潔シリーズとはどんなだろうと思って、その第一作にして、島田荘司のデビュー作である『占星術殺人事件 改訂完全版』を手に取ってみました。かなりの長編ではありますが、最初に登場する密室で殺された画家・梅沢平吉の手記「Azoth(アゾート)」以外は非常に文の流れがよく読みやすかったです。作者あとがきによると、1981年のデビュー作を30年後に改訂出版するにあたり、全編ローラー式に文体を修正したとのことなので、流れのよい読みやすさはそのせいかもしれませんね。

事件そのものは昭和11年に起こったもので、梅沢平吉の密室殺人を皮切りに、彼の後妻と前夫の間に生まれた長女や、彼自身の娘や姪たち6人が殺され、バラバラ死体となって日本全国に散らばって発見されたという事件概要がワトソン的存在の語り手である石岡和巳によって説明されます。この娘たち6人の殺害は平吉の手記によると「理想の女・アゾート」を作り出すためで、死体の埋める場所は占星術的にも錬金術的にも意味のあるものらしいのですが、当の下手人となるはずの平吉が最初に殺されているので、猟奇的であるばかりでなく、相当謎めいた事件ということで、その後40年間警察どころか日本中のミステリーファンや素人探偵がこぞって謎解きにかかり、いまだに解決していない事件とのことでした。なぜこの事件にいまさら占星術師を営む御手洗潔が関わることになったかと言えば、御手洗が占星術ばかりではなく探偵的な才能もあると聞きつけたとある女性が亡父の手記を持ち込み、彼の名誉を守るために謎を解いて欲しいと依頼したから。この亡父・竹越文次郎は元警察官で、実は平吉の後妻とその前夫の間に生まれた長女・一枝と彼女が殺害されたと推定される時間に生きている彼女と成り行きで時間を過ごし、体の関係すら持ってしまったため、その事実が知られれば間違いなく一枝殺しの犯人扱いされてしまうことを恐れていたところ、その事実を知る秘密警察的な機関の者を自称する何者かから封書を受け取り、一枝宅の物置に置いてある6体の死体を指示通りの場所に捨てるよう指示され、言う通りにしなければ一枝と事件当日に関係を持ったことをばらすと脅迫されたため、死体遺棄の片棒を担ぐことになったと手記の中で告白します。この告白によって、少なくとも娘たち6人の殺人犯が運転免許を持っている必要がないことが明らかになります。さて、真犯人は誰なのか?

この作品は「新本格のムーヴメント」の先駆けとなった歴史的な作品なのだそうですが、そういうことは抜きにしても面白いですし、結論を読んで「やられた!」と思ってしまうほど明快で、目から鱗が落ちる思いでした。御手洗のキャラは頭が良すぎて狂人と紙一重のようで味わい深いですし、その御手洗の面倒を見ずにはいられない語り手石岡も微笑ましく魅力的です。

最後に見つかった犯人が死んでしまい、死後に自白書が届いて、残りの細かい謎や動機を明かすという構成はアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』を彷彿とさせますね。

この作品が文藝春秋の2012年版『東西ミステリーベスト100』で中井英雄の『虚無への供物』に次ぐ第3位になったのには、個人的に納得がいきません。私的にはこちらの『占星術殺人事件』の方がずっと面白いと思いますので。

ところで、この2012年版『東西ミステリーベスト100』の日本版・海外版の一覧がウィキペディアに掲載されていたので、じっくりと見てみたのですが、海外版の74位にカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』がランクインしているのには驚きました。確かに物語はミステリータッチで構成されてはいますが、あくまでも「タッチ」であって、ミステリーそのもののカテゴリーには入らないように思うのですが。
また、日本版の方では、このミステリーがすごい大賞に輝いた海堂尊の『チームバチスタの栄光』が全くランクインしていないのも腑に落ちませんね。海堂尊作品はほぼ制覇していますが、ミステリーとして面白いのはこの『チームバチスタの栄光』と『アリアドネの弾丸』あたりだと思ってます。

いろいろ腑に落ちないところもありますが、このベスト100のうちの10位内にランクインしている作品は制覇しようかと思ってます。日本版・海外版それぞれあと8冊ずつですね。いつ手を付けられるか分かりませんが、いつかやるだろうと思いますwww

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)


書評:中井英夫著、『新装版 虚無への供物』上・下(講談社文庫)

2018年09月21日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

中井英夫の『虚無への供物』は、先日読んだ恩田陸の『EPITAPH東京』の中で何度か言及されていたので、どういうものか興味を持って読んでみました。

昭和二十九年の洞爺丸沈没事故で両親を失った蒼司(そうじ)・紅司(こうじ)兄弟、従弟の藍司(あいじ)らのいる氷沼(ひぬま)家に、さらなる不幸が次々と襲います。まず密室状態の風呂場で紅司が死に、次に叔父の橙二郎(とうじろう)もガスで絶命――殺人あるいは事故?

蒼司らの遠縁にあたる牟礼田俊夫(むれたとしお)は婚約者の奈々村久生(ななむらひさお)にこれから氷沼家に起こるであろう悲劇をほのめかし、彼がパリから戻るまで、蒼司を守って欲しいと頼み、それを受けて久生は彼女の友人であり蒼司と同窓生でもあった亜利夫に氷沼家の様子を見るように頼んだことから、素人探偵たちと氷沼家の関係ができます。紅司の死後、『ザ・ヒヌマ・マーダー』として密室殺人の謎を解こうと、久生・亜利夫・藍司らによる推理合戦が始まるわけですが、重度の探偵小説好きの久生をチャーミングととらえるか、死を弄ぶ非常識女ととらえるか微妙なところです。

この推理合戦の結果、仲の悪さや利害関係の対立を考慮して最も殺人動機があると見られた叔父の橙二郎が、氷沼家の書斎でガス漏れによって死亡。この書斎もやはり密室となっていたので、素人探偵らによる『ザ・ヒヌマ・マーダー』の推理合戦がさらに続きます。

この推理合戦の過程で、ノックスの『探偵小説十戒』や様々な推理小説のトリックが取り沙汰されて、推理小説の百科事典的な様相を呈してきます。同時に非常に奇妙な符合らしきものが事件と関連付けられ、幻想的な推理が展開されたりするので、私などはちょっとうんざりしました。

最初に死んだ紅司自身が密室連続殺人事件の推理小説の構想を残していたので、それが尾を引いて、関係のない放火事件まで関連付けられてしまうあたりが面白いととらえるか、ややこしいと思うか、それも微妙なところですね。

下巻では、紅司のでっち上げた恋人(男)と思われていた人物が登場し、アパートの一室で毒殺されます(または自殺)。彼は氷沼家の番頭的な人物の義弟だったので、あながち無関係とも言えず、密室連続殺人事件の1つとしてカウントされてしまいます。紅司の連続殺人構想は4件で完結することになっていたので、その4件目を先取りすることでそれが実際起こらないように予防できるなどと牟礼田俊夫が言い出し、彼の推理に基づいて短編推理小説を書きます。この小説中小説が話をかなりややこしくしていると感じました。しかも「きれいに謎が解ける」という触れ込みだったのに、ちっとも解けてない感じなので、かなりイラつきます。

最後に真犯人の告白がありますが、意に反して、本当に意図された殺人は1件のみで、あとは気分的に「犯人の資格がある」と言うだけなんですね。洞爺丸沈没事故を始め、あまりにも多くの人たちが無意味に死んでいったことに耐えられず、彼らの死を意味あるものにするために、どうしても強い意志を持った殺人者に連続して殺されなければならなかった、という観念的な動機と言うか、死を受け止めるためにもがいた末の傷ついた心と頭の産物のようなもののようです。

この作品は作者曰く「アンチ・ミステリー」であり、「読者が犯人」ということになる推理小説が構想されています。久生が亜利夫にそういう小説を書けと諭し、亜利夫は「読者が犯人」的なものは書きたくないが自分なりに『ザ・ヒヌマ・マーダー』について書きたい、というところで話が終わります。

話しがどこに辿り着くのか気になったので一応最後まで読み通しましたが、入れ子構造もここまで来ると興醒めですね。あと、古い推理小説のトリックが仄めかされているので、元を知らないとピンとこないため、余計に攪乱されます。

ある意味興味深い作品ですが、私はミステリーファンとはいっても、トリックにこだわるタイプではないので、「ついていけない」というのが正直な感想でしょうか。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

2018年09月16日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『火刑都市』は1986年の作品で、中年刑事が主人公の社会派ミステリーです。先日読んだ恩田陸の『EPITAPH東京』で東京を舞台またはテーマにした作品の1つとして紹介されていたので興味をもち、読んでみました。

四谷にある雑居ビルが放火で火事となり、若い警備員が焼死することでストーリーが始まります。彼は睡眠薬を服用し、寝ていたために逃げられなかったらしい。果たして放火に巻き込まれただけなのか、自殺なのか、他殺なのか。中村刑事がこの土屋という男の周辺を洗ううちに、謎めいた女の影が浮上しますが、土屋のアパートからは彼女の痕跡がきれいに消されていたため、雲を掴むような捜査で細い糸を手繰り、ついにその女の身元を突き止めるものの、「別れた」「死ぬなんてわからなかった」ととぼけられ、また放火が起きた日のアリバイもあったため、その線の捜査は一度終了。その後放火事件が続いたため、中村はその捜査に追われます。しかし、その女・渡辺由利子の友人が中村に何かを伝えようとした日に殺害されることで、中村はまた渡辺由利子の過去を洗い直し始めます。

放火事件が8件になった後、犯人からある雑誌へ投稿があり、そのうち犯行声明も出て、その背景が明らかになります。要するに無計画な都市開発に対する鉄槌だったらしい。この放火犯と渡辺由利子の本当の関係はいかに?また、放火は1件目を除いて常に密室で起こっていたため、そのカラクリはなにか?放火場所の選択基準はあるのか否か?次の放火場所の予測は可能か?放火事件の起こる時間帯または日にちに規則性があるのか?などの謎に迫ります。

これは、かなりの長編で読み応えのある推理小説ですね。今野敏の警察小説を何冊も読みふけった後に読むと、中村刑事がほぼ単独で捜査していることにかなりの違和感を持たずにはいられませんが。

また、古い作品なので、「昭和35年生まれ、現在23歳」などという記述にやはり時代を感じますね。

でも、放火犯の犯行声明で訴えられている無計画な都市開発に対する批判や日本人のオブスキュランティズム(蒙昧主義)に対する批判は現在でもー少々形は変わっているかもしれませんがー有効な批判だと思います。原発再稼働に当たって、いい加減な避難計画を許容してしまう当たりなど、これに通ずるものがあると感じます。

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書評:今野敏著、『廉恥』&『回帰』警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ(幻冬舎文庫)

2018年09月16日 | 書評ー小説:作者カ行

今野敏の『隠蔽捜査』シリーズ全巻読破後、たまたま同作家のセールになっていた別シリーズがあったので買って一気に読んでしまいました。テンポのいい日本語小説はあっという間に読み終わってしまうので、本題が馬鹿になりませんね(笑)

第1弾の『廉恥』では、ストーカー殺人事件がテーマとなっていますが、事件の捜査が進むにつれ被害者の女性の方にいろいろ問題があったことが判明していき、真犯人はストーカーではないことが浮き彫りになっていくという展開です。ストーカーや痴漢の犯罪が成立するのは被害者の受け止め方に左右されるため、被害者の言い分が本当に正しいとは限らず、誰かを遠ざけたいという打算や、陥れようとする悪意が働いている場合もある、という問題に焦点が当てられています。訴えられた方は家庭や仕事を奪われる場合もあるため、捜査する側に決めつけまたは偏見があると真実を見出せず、人一人の人生を狂わせてしまう危険性を孕んでいます。判断に慎重さが求められるわけですが、実際問題としてどうなんでしょうね。

第2弾の『回帰』では国際テロがテーマとなっています。とある大学前で自動車が爆発。数日たってからイスラム国が犯行声明を出した。それは単なる前哨戦で、日本に潜伏していた過激派のスリーパーが本格的にテロ計画を実行に移す可能性があり、それをいかに未然に防ぐか公安部と刑事部がぎこちないながらも協力して事に当たります。その中でことさらに問題とされているのが参考人や被疑者の人権保護とテロ防止・国家防衛という目的の間のバランスです。刑事部の方は折角集めた証言や証拠が違法捜査によって「証拠として認められない」ということになり、犯人をみすみす無罪にしてしまうことを避けるため、人権問題にも慎重にならざるを得ないのに対して、公安部の方は国家が守られれば「人権くそくらえ」で、相当の温度差があるということがよく描写されています。

本シリーズの主人公、警視庁強行犯係長・樋口顕は、『隠蔽捜査』シリーズの竜崎伸也とは全く違うキャラで、刑事らしくない協調性を持ち、内省的で自己評価が低く、動揺したり迷ったりするものの、そういった感情の動きが外にほとんど出ないし、また出さないように努めているので、本人の自己認識と他人からの評価にかなり乖離があり、その乖離にまた戸惑い悩むという、かなりまどろっこしいキャラです。それでも結構能力も洞察力もあり、空気を読むことはあっても、それだけでなく、ここぞという時は言うべきことを言うこともできる人です。ただ本人の自己評価が基本的に低いので、そういう能力をきちんと評価できないようです。日本人には割と多いタイプかもしれません。理解はできますが、まだるっこしい分、エンタメ性は落ちるように思います。


書評:今野敏著、『蓬莱 新装版』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『イコン 新装版』講談社文庫

書評:今野敏著、『隠蔽捜査』(新潮文庫)~第27回吉川英治文学新人賞受賞作

書評:今野敏著、『果断―隠蔽捜査2―』(新潮文庫)~第61回日本推理作家協会賞+第21回山本周五郎賞受賞

書評:今野敏著、『疑心―隠蔽捜査3―』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『初陣―隠蔽捜査3.5―』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『転迷(隠蔽捜査4)』、『宰領(隠蔽捜査5)』、『自覚(隠蔽捜査5.5)』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『去就―隠蔽捜査6―』&『棲月―隠蔽捜査7―』(新潮文庫)


書評:今野敏著、『去就―隠蔽捜査6―』&『棲月―隠蔽捜査7―』(新潮文庫)

2018年09月15日 | 書評ー小説:作者カ行

ついに『隠蔽捜査』シリーズの最新巻まで読破してしまいました。

『去就―隠蔽捜査6―』ではストーカー殺傷がテーマです。警察庁の指示により、各署でストーカー対策チームを立ち上げることになり、大森署だけが立ち上げが遅れているということでまず赴任間もない弓削第二方面本部長とひと悶着。早急な対処を約束した直後に大森署管内で殺人事件とストーカー犯による女性の連れ去り(殺人犯とストーカー犯の被疑者は同一人物)が起こり、例によって伊丹刑事部長が捜査本部長、捜査本部の場を提供する大森署署長の竜崎が副本部長のコンビで捜査本部が運営されますが、途中から弓削第二方面本部長にが割り込み、主導権を握ろうとします。竜崎のプライベートでは、娘の美紀が交際中の男性からのメールなどによるアプローチがしつこくてうんざりしているという話があり、付き合っている相手でもストーカー行為は犯罪なので警察に相談するように娘に助言します。

殺人と連れ去り事件の解決後に、弓削の画策によって竜崎が特別監察の対象となってまたひと悶着があるという展開で、形式的なことに囚われずに合理的な捜査を進める竜崎に次から次へと降りかかる組織的障壁にうんざりしますが、最後は正義が勝つみたいな結末なので一種のカタルシスが味わえますが、フィクション臭さが強く感じられるとも言えるかもしれません。

『棲月―隠蔽捜査7―』ではサイバー犯罪がテーマ。私鉄のシステムダウンによる運行停止、そして間もなく起きた銀行のシステムダウンの関連性と事件性を疑った竜崎は所轄の管内ではないものの捜査員を送り込んで事実確認をしようとするところからストーリーは始まります。そして、リンチ殺害と見られる少年の遺体が発見されたために捜査本部が立ち上げられます。このシリーズのパターン通りサイバー犯罪と殺人事件は徐々に相互関連性が見えてきます。組織的な対立軸はサイバー対策課を仕切る「薩摩」出身の生安部長。竜崎のプライベートは息子のポーランド留学と竜崎自身の異動の噂。以前なら異動に対して感傷的になるようなことはなかった竜崎は、自分がうろたえていることに戸惑います。最初のころ公務員ロボットのようだった竜崎も随分人間的になった感じですね。

ついに異動の内示が出て、大森署を去るところでこの巻は終了します。おそらく舞台を神奈川県警に移して『隠蔽捜査』シリーズ第2期としてまだ竜崎シリーズが続くものと思われます。『宰領(隠蔽捜査5)』で竜崎と関わり、「いつかあなたの下で働きたい」と言ってた捜査官もいたので、その人がまた登場するのかな、と楽しみにしています。

ただまあ、番外編を含めてシリーズ9作目ともなると少々定型的になってきて、エンタメ性はまだまだ高いと思いますが、作品1つ1つのインパクトは薄れてきたかな、と思います。


書評:今野敏著、『蓬莱 新装版』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『イコン 新装版』講談社文庫

書評:今野敏著、『隠蔽捜査』(新潮文庫)~第27回吉川英治文学新人賞受賞作

書評:今野敏著、『果断―隠蔽捜査2―』(新潮文庫)~第61回日本推理作家協会賞+第21回山本周五郎賞受賞

書評:今野敏著、『疑心―隠蔽捜査3―』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『初陣―隠蔽捜査3.5―』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『転迷(隠蔽捜査4)』、『宰領(隠蔽捜査5)』、『自覚(隠蔽捜査5.5)』(新潮文庫)