徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

読書メモ:村端五郎・村端良子著、『第2言語ユーザのことばと心 マルチコンピテンスからの提言』(開拓社 言語・文化選書57)

2023年05月07日 | 書評ー言語

『第2言語ユーザのことばと心 マルチコンピテンスからの提言』を読み出したのは3月半ば。内容が小難しいために、なかなか読み通すことが叶わず、5月になってようやく完読できました。

目次
はしがき
第1章 マルチコンピテンス(複合的言語能力)とは?
第2章 第2言語ユーザの「ことば」
第3章 第2言語ユーザの「心」
第4章 マルチコンピテンスの研究課題と研究方法
第5章 マルチコンピテンスの英語教育への示唆
あとがき
参考文献
索引

マルチコンピテンスの考え方とは、従来の「母語」と「外国語」を独立した別存在として捉える考え方に異議を唱えるものです。現代において、純粋なモノリンガル(単言語使用者)はほとんど存在しておらず、程度の差こそあれ、母語以外の外国語に接し、その影響を受けているため、外国語学習において目指すべき理想の〈母語話者〉も空虚であることを指摘します。
この考え方から、外国語を学ぶ者を外国語〈学習者〉とは呼ばず、〈第2言語ユーザ〉と呼びます。
個人的には〈ユーザ〉と二つ目の長音記号を省く書き方に抵抗がありますが、それはともかく、たとえ初級レベルであっても外国語を学ぶことで、脳内の言語能力の様相が変化しており、外国語の影響がその本人の母語運用に影響を与えたり、母語の特徴が外国語の運用に影響を与えたり、と双方向の影響関係が認められ、その混然一体となった言語能力はその人独自の言語であることに誇りを持って、〈ユーザ(使い手)〉と自認すべきだ、というのが本書の核心となる主張です。

自分はある外国語の〈学習者〉と自覚していると、いつまでも母語話者レベルに到達しない、不完全な使い手のイメージがつきまとい、そのせいで余計に運用に自信を持てないままなのは残念なことである、という主張は共感できます。

英語教育への提言としては、〈母語話者〉信仰の見直し、英語のみで行う授業の見直し、訳読活動の再採用などが挙げられています。

確かに、英語のみで英語の授業を行った場合、生徒の英語理解が進むのかについては疑問の余地があるため、日本語で行う英語の授業を蔑ろにするのは極端な方針と言えるでしょう。
英語運用の練習には、英語のみの授業、英語の文法構造の説明には日本語での授業というように目的に応じて使い分けるのが合目的的であるように思えます。


書評:藤𠮷 豊・小川真理子著、『「文章術のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた』(日経BP)

2023年03月15日 | 書評ー言語

「文章術」のベストセラー100冊を1冊にまとめた本書は、とかく情報が溢れて取捨選択できずに途方に暮れることの多い現代人にとって、時間節約の福音書です。
文章力や書く技術に関する本は大量にあり、選択肢が多くて選べない典型的な状況です。
そんな中で、藤𠮷 豊・小川真理子氏の『「文章術のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた』は最初の一冊として優れています。
メールや広告、プレゼン、ブログ、作文、論文、小説など。〈書く〉場面は多い。それぞれの目的に応じた書き方の定番があるものです。とはいえ、目的いかんにかかわらず、書く上で留意しなければならないことはあるものです。さまざまな分野のプロの書き手たちの多くが共通して推奨する事項を本書は分かりやすいランキング順で、ポイントを押さえて解説してくれます。

目次
Part1 100冊を集めてわかった本当に大切な「7つのルール」
1位 文章はシンプルに
2位 伝わる文章には「型」がある
コラム 「型」を使えば、誰でも1時間でブログ記事が書ける
3位 文章も「見た目」が大事
4位 文章は必ず「推敲(すいこう)」する
5位「わかりやすい言葉」を選ぶ など
Part2 100冊が勧めるスキルアップ「13のポイント」
8位 思いつきはメモに、思考はノートにどんどん書く
9位「正確さ」こそ、文章の基本
10位「名文」を繰り返し読む
11位 主語と述語はワンセット
12位 語彙力をつけろ、辞書を引け など
Part3 さらに文章力を高めるための「20のコツ」
21位 とりあえず、書き始める
22位 「何を書くか」を明確にする
23位 文末の「である」と「ですます」を区別する
24位 体験談で説得力を高める
25位 書き始める前に「考える」 など
おわりに(1) 「文(ぶん)ハ 是(こ)レ 道(みち)ナリ」 藤吉豊
おわりに(2) おわりがはじまり。さあ、書き始めよう 小川真理子
参考にさせていただいた名著100冊 書籍リスト

私自身、プロとは言わないまでも書く機会が多く、書くこと自体には抵抗を感じません。しかし、自分の文章の良し悪しはあまり自分では判断できないものです。誰に向けて書いているのか明確でなければ、ポイントがずれたり、ブレたり、ことばや表現の難易度に揺れが出てきてしまいます。
本書の第1位に挙げられている〈シンプルさ〉は、ことばにしてしまうと月並みですが、これが具体的に「1文は60字以内」と数字で言われると、途端に実用性が増します。
また、逆説ではない単純接続の「~が」は使わない、と決めてしまうだけでも、文が短くなります。「XXXが話題になっています、皆さんはどう考えていますか。」のような「~が」の用法は、話しことばでは柔らかい感じがするかもしれません。けれども、文章の場合は、1文が長くなりすぎる一因。これを削除するだけでも文章がずいぶんとシンプルになりそうです。

梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』のあとがきには次のような一節があります。「くりかえしいうが、実行がかんじんである。実行しないで、頭で判断して、批判だけしていたのでは、なにごとも進展しない。(略)安直な秘けつはない。自分で努力しなければ、うまくゆくものではない。」
肯定しかできない真理です。
ただ、ムダな努力も確かにあるので、正しい努力の仕方を学ぶ目的で本書を読むことから始めるのがおすすめです。

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読書メモ:中森誉之著、『外国語はどこに記憶されるのか 学びのための言語学応用論』(開拓社 言語・文化選書37)

2023年03月14日 | 書評ー言語

本書は言語学応用論・臨床言語学の視座から日本人にとっての外国語学習のあり方を論じるものです。「外国語学習」とは銘打っているものの、著者の視野にあるのは、近年低年齢化の進んでいる英語教育です。

目次
まえがき
序章 外国語学習への不思議
第1章 ことばの萌芽
第2章 記憶されていく外国語
第3章 記憶された外国語の活性化
第4章 記憶されている外国語の安定化と保持
第5章 記憶に沈殿していく外国語と消滅する外国語
終章 日本の外国語学習のすがた
推奨文献
あとがき
索引

第1章と2章で母語の習得と外国語の習得の仕組みや記憶のされ方について論じられており、第3章から終章までは、言語習得や記憶の仕組みを踏まえた上で、外国語の運用能力を身につけられるような教育とはどのようなものか、現在の日本の教育の現状を振り返りつつ論じられています。

外国語教育に関わる者なら読むべき良書の一冊と言えるでしょう。

私にとって特に興味深かったのは、小学校低学年までの英語教育に関する指摘です。ここで英語教育を行う教師が英語ネイティブであり、教育者としての素養を持ち合わせているのであれば、子どもにとって有益であると言えるのに対して、教育者が日本人あるいは英語を母語としない外国人であったり、教育者として素人である場合は、間違った知識が「潜在記憶」に暗黙知として蓄積されてしまい、後で修正するのが困難になってしまう問題点があるという。
子どもの認知的成長に即した教授法でないと認知的な負担が大きくなり、害にしかならないとの指摘は、なんとなく「子どものうちから英語をやっておけばうまくなる」といった安易なイメージとは相対立するもので、ぜひとも子どもを持つ親たち並びに教育委員会のお歴々に知っておいてほしい知見です。

逆に、成人後に集中的に外国語を学び、それを活かして国際的に活躍する人間はいくらでもいるので、学習を開始する年齢は問題の本質ではないという指摘も声を大にして強調すべき知見でしょう。

少々専門的でお堅い本なので、一般の方にお勧めできるような本ではありませんが、外国語教育に携わる方であればぜひ読むべきだと思います。


読書メモ:今井むつみ著、『ことばと思考』(岩波新書)

2023年02月22日 | 書評ー言語

ガイ・ドイチャーの『Through the Language Glass』並びにStefanie Schramm と Claudia Wüstenhagen の『Das Alphabet des Denkens - Wie Sprache unsere Gedanken und Gefühle prägt(思考のアルファベット 言語はどのように思考と感情に影響するのか)』 を読んだ後に今井むつみの『ことばと思考』を読むと、色彩語に関する実験や前後左右などの相対的位置関係に関する言語の違い、数字の概念など、重複する部分が多くなります。
しかしながら、今井むつみはとくに第一言語習得の分野で世界的な第一人者であることから、子どものことばの習得(第四章)から見えて来る言葉と思考の関係についても言及されており、そこから言語の普遍性や共通性と個別言語の相違性について考察されているのが興味深い。

目次
序章 ことばから見る世界 ー言語と思考
第一章 言語は世界を切り分ける ーその多様性
色の名前
モノの名前
人の動きを表す
モノを移動する
モノの場所を言う
ぴったりフィットか、ゆるゆるか
数の名前のつけ方
第二章 言語が異なれば、認識も異なるか
言語決定論、あるいはウォーフ仮説
名前の区別がなくても色は区別できるか
モノと物質
助数詞とモノの認識
文法のジェンダーと動物の性
右・左を使うと世界が逆転する
時間の認識
ウォーフ仮説は正しいか
第三章 言語の普遍性を探る
言語の普遍性
モノの名前のつけ方の普遍性
色の名前のつけ方の普遍性
動作の名前のつけ方の普遍性
普遍性と多様性、どちらが大きいか
第四章 子どもの思考はどう発達するか ーことばを学ぶ中で
言語がつくるカテゴリー
モノの名前を覚えると何が変わるのか
数の認識
ことばはもの同士の関係の見方を変える
言語が人の認識にもたらすもの
第五章 ことばは認識にどう影響するか
言語情報は記憶を変える
言語が出来事の見方を変える
色の認識とことば
言語を介さない認識は可能か
終章 言語と思考 ーその関わり方の解明へ
結局、異なる言語の話者はわかりあえるのか
認識の違いを理解することの大事さ
あとがき

結論から言えば、言語は、子どもに、自分以外の視点から世界を眺めることを教え、世界を様々に異なる観点からまとめられることに気付かせ、様々な切り口、様々な語り方で自分の経験を語ることを可能にし、さらに、経験を複数の様々な視点、観点から反芻することを可能にする、すなわち、人以外の動物が持ちえない柔軟な思考を可能にするということです。
言語なしの思考はあり得ないわけではありませんが、ある一定上の複雑さは持ち得ないとは言えます。
一方、言語は認識や記憶を多少なりともゆがめてしまうことも実験から明らかになっています。モノなどの〈名前〉に引きずられて、何かを思い出す際に、それ自体ではなく、その〈名前〉の表す典型の方に歪む傾向があるとのことで、人の認識や思考がなかなか一筋縄ではいかないことを示しています。


書評:Stefanie Schramm • Claudia Wüstenhagen, Das Alphabet des Denkens

2023年02月14日 | 書評ー言語

Stefanie Schramm と Claudia Wüstenhagen という二人のジャーナリストが記した本書『Das Alphabet des Denkens - Wie Sprache unsere Gedanken und Gefühle prägt(思考のアルファベット 言語はどのように思考と感情に影響するのか)』は、一般向けで読みやすく(もちろんドイツ語が読めることが前提ですが)、しかも言語学にとどまらず、哲学、認知科学、心理学、脳神経科学、社会学など今日の研究の学際的傾向を反映して幅広い分野を網羅しています。

ことばは誰でも話しますし、思考も誰でもしているので、ことばと思考について誰でも思うところ、考えるところがあるものですが、素人考えは本人の経験と知識の範囲にとどまる感覚的なものなので、研究実験で証明されたことと矛盾していたり、まったく無自覚であったりします。
多少の言語関係の学術的な知識があっても、本書で学べることは少なくないでしょう。大変興味深い入門書です。

目次
Vorwort 序言
Wie Wörter wirken ことばはどのような効果があるのか
Was Wörter über uns verraten ことばは私たちについて何を明かすのか
Wie wir Wörter für uns nutzen können ことばはどのように自分のために利用できるのか
Wie Wörter wirken ことばはどのような効果があるのか
 1 Die Macht der Laute 音の力
 2 Die Macht der Bilder 絵の力
3 Die Macht der Gefühle 感情の力
Was Wörter über uns verraten ことばは私たちについて何を明かすのか
4 Worte als Denkwerkzeug 思考の道具としてのことば
5 Worte als Fenster zur Welt 世界への窓としてのことば
6 Worte als Schlüssel zum Selbst 自分自身への鍵としてのことば
Wie wir Wörter für uns nutzen können ことばはどのように自分のために利用できるのか
7 Die Worte der Macht 力のことば
8 Die Heilkraft der Worte ことばの治癒力
 9 Worte als Hirntraining 脳トレーニングとしてのことば
 Danksagung 謝辞

目次から明らかなように本書は、ことばの効果、ことばが内包するもの、ことばの活用法の大きく3章に分かれています。一冊通しで読むと、少々流れの悪い章立てで、話が前後するのが気になりますが、各章単独で読む分にはまとまりがあって、前の章で書かれていたことを参照しなくても読めるようになっています。

〈音の力〉では、単語を構成する音がテーマとなっています。言語学の祖の一人であるフェルディナンド・ソシュールの唱えた「言葉の意味とそれを表す音素の恣意性」が当てはまらない分野として擬音語が挙げられますが、実はそれだけに限らないとして、音声と指示物との因果関係を明らかにする音象徴が紹介されています。代表的なものとして、心理学ではブーバ/キキ効果として知られる言語音と図形の視覚的印象との連想が挙げられています。

絵の力〉では主に比喩についての考察で、内容的には第3章7〈力のことば〉の基礎となり、部分的な重複があります。

感情の力〉では主に悪態をつくことの効果について、様々な実験結果が紹介されています。言葉と感情の結び付きについては、後の〈脳トレーニングとしてのことば〉の中の二言語使用の考察のところで再度取り上げられます。

第二章〈ことばは私たちについて何を明かすのか〉では、言語と思考の関係についての考察で、過去の哲学者や言語学者たちの論争について触れ、最近の特に心理学や脳科学研究では、個別言語が無意識の思考パターンにかなり影響を及ぼすことが明らかになってきており、その意味で、ノーム・チョムスキーらが提唱するような普遍文法が誤りであることが示唆されています。

第三章では、比喩の政治利用や、筆記開示などの感情を言葉にすることで得られる治癒効果とその脳神経科学的な証左、そして二言語・多言語使用の感情的側面並びに認知能力に及ぼす影響についての研究が紹介されています。


読書メモ:Guy Deutscher, Through the Language Glass (Penguin Random House)

2023年01月24日 | 書評ー言語

Guy Deutscher(ガイ・ドイチャー)の『Through the Language Glass: Why The World Looks Different In Other Languages, Arrow (2011/2/3)』を読み終えたのは2・3日前なのですが、なかなかメモを書く時間が取れず、今に至ってしまいました。

本書は色や空間、(文法の)性の分野を例にした研究を紹介しつつ、言語と思考の関係について考察する非常に興味深い本です。

目次
PROLOGUE: Language, Culture, and Thought
PART I: THE LANGUAGE MIRROR
1. Naming the Rainbow
2. A Long-Wave Herring
3. The Rude Populations Inhabiting Foreign Lands
4. Those Who Said Our Things Before Us
5. Plato and the Macedonian Swineherd
PART II: THE LANGUAGE LENS
6. Crying Whorf
7. Where the Sun Doesn’t Rise in the East
8. Sex and Syntax
9. Russian Blues
EPILOGUE: Forgive Us Our Ignorances
APPENDIX: Colour: In the Eye of the Beholder
Notes
Bibliography


パート1は、サピア・ウォーフ仮説以前の言語と思考に関する歴史的な考察や主張の紹介で、パート2では、サピア・ウォーフ仮説に始まるヨーロッパ主要言語以外の言語の研究から得られた知見や様々な比較研究や実験の紹介です。
パート2の方が現代的な科学的方法を用いた実験結果などが含まれるため、読み応えがあって面白かったです。

色彩語に関する研究が最も進んでいるようで、ホメロスの叙事詩「イリアス」と「オデュッセイア」には白黒の言及が多いのに、赤の言及はその半分以下で、青に至ってはまったく登場しない、というグラッドストンの研究が100年以上の時を経て注目され、様々な言語の色彩語の比較研究が行われた結果、色彩の区別にはどの言語にもほぼ共通する階層があり、白黒>黄色(または稀に、白黒>黄色)の順で発展するという。このため、青と緑を(あまり)区別しない言語は日本語も含めてかなり存在するらしい。
色は物理的にはどこにもはっきりとした境界線がない連続体なので、どこで境界線を引くかは文化・言語的慣習に依存し、その言語にある色の区別がその言語の話者の色彩の識別に影響を与えることが分かっています。ただ、実際にどの程度のどういう影響なのかは今後の研究を待たざるを得ないようです。

空間認知に関しては、オーストラリアの「カンガルー」という語を世界に広めたグーグ・イミディル語には「前後左右」というエゴセントリックな方向概念が存在せず、いついかなる時も絶対方位である「東西南北」が使われるため、グーグ・イミディル語話者は絶対音感のような「絶対方位感覚」を幼少のころからの訓練で獲得するらしい。
だからといって他言語にある「前後左右」の概念が理解できないのかと言えば、そういうわけではないことが証明されています。
この他、バリ語やメキシコのツェルタル語ではランドマークに基づく方位表現(海側・陸側や丘の上側・下側など)が使われるそうです。

名詞の性に関しての研究では、ドイツ語やロマンス諸語やロシア語話者が被験者となり、モノを表す性がそのモノに対するイメージに影響するかどうかが調べられます。この分野では、影響関係を客観的に証明するようなデータがまだ得られていません。やはり、人の持つ「イメージ」というのがデータとして捉えどころがないのが原因のようです。

Roman Jakobson pointed out a crucial fact about differences between languages in a pithy maxim: “Languages differ essentially in what they must convey and not in what they may convey.”
This maxim offers us the key to unlocking the real force of the mother tongue: if different languages influence our minds in different ways, this is not because of what our language allows us to think but rather because of what it habitually obliges us to think about.



この本の邦訳は昨年出ました。
『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(ハヤカワ文庫NF) – 2022/2/16



読書メモ:Joachim Schaffer-Suchomel&Klaus Krebs著、『Du bist, was du sagst』

2023年01月04日 | 書評ー言語

言語と認知や思考の関係を扱った本の1つとして、教育学者Joachim Schaffer-Suchomelと経営者トレーナーKlaus Krebsの『Du bist, was du sagst - Was unsere Sprache über unsere Lebenseinstellung verrät(あなたが言うこと、それがあなたである ー言語がその人の人生観について明かすこと)』(2020, 10. Aufl., mvg Verlag)を読みました。

心理学の知見とトレーニング受講者たちの経験などを交えて、言葉を意識的に捉え、かつ使用することで、ポジティブな人生観を得る道を示しており、どちらかというとハウツー本的な性格を持っています。
第1部は、言葉の捉え方と具体的な語源や語呂合わせに基づく連想例の紹介で、第2部は日常的なネガティブキーワードをポジティブに変換するための辞書(Glossar)です。

言葉の癖を分析することで、その人の「Kulisse 舞台装置」(感情や人生観、マインドセット)が明らかになるという点に関しては説得力もあり、実に興味深いのですが、実際の言語分析の例を読んでいると、いかにもこじつけというような説明も散見されるため、これを読んで自分のマインドセットをポジティブにしようと考えていた読者諸氏はおそらく途中で嫌気がさしてしまうのではないかという気がします。
ドイツ語の言葉が持つイメージを知る勉強にもなりますが、こじつけも混じっているので、ドイツ語学習者にはあまりお勧めできない本。

私が「これは」と思えた箇所:
[das Wort Problem]
Unser Lebensweg ist gepflastert mit Problemen, einige wiederholen sich über Jahrzehnte hinweg. Problem bedeutet Vorgelegtes. Das, was wir in der Vergangenheit nicht gelöst haben, wird uns wieder vorgelegt. (S. 21)
[Problemという語]
私たちの生きる道は問題で敷き詰められている。いくつかは何十年間も繰り返す。Problemとは、「前に置かれたもの、提示されたもの」を意味する。私たちが過去に解決しなかったものが、再び私たちの前に提示されるのだ。

Wir nehmen wahr, worauf wir unser Interesse und unsere Aufmerksamkeit richten. Hieraus konstruieren wir unsere Wahrheit. (S. 59)
私たちは自分たちが関心と注意を向けるものを知覚し、これを基に自分たちの真実を構築する。
(「wahrnehmen 知覚する」に含まれる wahr (真)と 「Wahrheit 真実」をかけている)

タルムードからの引用
Achte auf deine Gedanken, denn sie werden Worte.
Achte auf deine Worte, denn sie werden Handlungen.
Achte auf deine Handlungen, denn sie werden Gewohnheiten.
Achte auf deine Gewohnheiten, denn sie werden dein Charakter.
Achte auf deinen Charakter, denn er wird dein Schicksal. (S. 74)
思考に注意せよ、なぜならそれらは言葉になるから。
言葉に注意せよ、なぜならそれは行動になるから。
行動に注意せよ、なぜならそれは習慣になるから。
習慣に注意せよ、なぜならそれはあなたの人格となるから。
人格に注意せよ、なぜならそれはあなたの運命になるから。

セネカからの引用
Nicht weil es schwer ist, wagen wir es nicht, sondern weil wir es nicht wagen, ist es schwer. (S. 137)
それが難しいという理由で、私たちはあえてそれをしないのではない、私たちがそれを敢えてしないから、それは難しいのだ。
(「案ずるより産むが易し」ですかね?)


読書メモ:濱田英人著、『認知と言語 日本語の世界・英語の世界』(開拓社 言語・文化選書62)

2022年12月18日 | 書評ー言語

『認知と言語 日本語の世界・英語の世界』(開拓社、2016/10/21)は、タイトルからも察せられるように、認知の仕方の違いがどのように言語に現れるのかについて、日本語と英語の例を元に説明するものです。

「ことば」は言語話者のモノや出来事の捉え方を反映しています。日本語話者は出来事を「見え」のまま認識するのに対して、英語話者は出来事をメタ認知的に捉える認識であり、このために世界の切り取り方が異なっています。本書ではこの認識の違いが日英語の言語的特徴に表れていることを具体的な事例を挙げて述べ、認知的側面から『日本語の世界』「英語の世界」の本質を明らかにします。

目次
はじめに
第1章 認知文法からのアプローチ
1.1 認知文法の言語観
1.2 日英語話者の出来事認識の違いと言語表現
1.3 まとめ
第2章 空間認識と言語表現
2.1 英語の不定詞と動名詞
2.2 英語の現在完了の本質
2.3 日本語の「た」の意味
2.4 英語の現在時制と過去時制
2.5 日英語話者の能動・受動の感覚の違いと言語表現
第3章 視点と言語化
3.1 日英語における冠詞の発達の有無
3.2 日英語話者の集合の認識の違いと日本語の類別詞の発達
3.3 日英語の二重目的語構文
3.4 日本語の助詞「の」と英語のNP's/the N of NP
3.5 日本語の「行く」/「来る」と英語の 'go' / 'come'
第4章 概念空間と出来事の認知処理と言語化
4.1 日英語の移動表現
4.2 日本語の「Vテイル」と英語の進行形(be V-ing)
4.3 英語の存在表現
あとがき

本書の根本的命題は、日本語話者は知覚と認識が融合した「場面内視点」で出来事を言語化することを習慣としているのに対して、英語話者は知覚と認識を分離し、メタ認知処理をする「場面外視点」で出来事を言語化することを習慣としているということです。
この根本的な認知の相違から、様々な文法現象の相違が生まれているということをいくつかの例によって示そうとしています。
日本語では、話者自身が知覚した通りの順番で言語化していくので、主語はほとんど不要だし、出来事や状況をまず全体として捉え、「数える」という認知操作を経て初めて、その中に含まれる個体を認識するため、複数形が発達しておらず、参照点として類別詞(一般に助数詞)を用いる。
英語では話者は知覚した物事を自分の視点ではなく、いわば状況全体を俯瞰するような鳥観図的フレームに落とし込んで認識してから言語化するため、聞き手の視点を取り込むことが可能で、聞き手にとって未知なのか既知または特定可能なのかによって無冠詞・不定冠詞・定冠詞を使い分ける。また集合の認識では個体の境界が認識できるかどうかで加算・不可算を分類し、なんとなく包括的に認識するのではなく、全体を構成する個(Figure)にフォーカスして認識するため、複数形が発達している。
両者の違いは住所の様式の違いに最もよく表れている。
日本語では(国)都道府県市町村番地のように大きな単位から小さな単位の順番で述べられ、最後に人名または会社名が来るので、いわば〈ズームイン〉の視点の動き。
英語ではまず人名または会社名といった個(Figure)が来て、その後に通り名番地、都市、州、国と単位の大きい背景(Background)の方へと視点が〈ズームアウト〉する。

個々の文法現象を別個に取り上げるのではなく、共通の認知原理によってほぼすべてを説明できるのは、理論として実に美しい。

本書を読みながら、英語とドイツ語の違いについても考えを巡らせていました。この説明モデルを当てはめてみると、ドイツ語には英語よりも「場面内視点」が多く、それが語順にも現れているが、日本語と比べれば「場面外視点」が優勢と言えます。



書評:福田 純也著、『外国語学習に潜む意識と無意識』 (開拓社言語・文化選書77)

2022年09月24日 | 書評ー言語

『外国語学習に潜む意識と無意識』は、私が少し前からよく見ているYouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で外国語習得がテーマとして取り上げられた際に紹介された書籍の1つです。

外国語学習は、極端に言えば誰でも何かしら意見を言える分野であるため、科学的根拠のない思い込みや個人の体験(サンプル数=1)だけに基づいたいい加減な意見が巷に溢れています。
私は確かにドイツの大学院で一般言語学を収めたので、一般人に比べれば言語学の知識は多い方ですが、なにぶん20年以上アップデートしていなかったので、言語習得論についてもかなり新しい知見があると思って、この一冊を日本から取り寄せました。
ドイツ語学習に関するドイツ語で書かれた本は、ドイツ語教師の資格を取る際にそれなりに読みましたが、日本語で書かれたものは読んだことがなかったので、ちょっとした初体験となりました。

さて、本書では「文法なんかいちいち考えていたら、一向にしゃべるようにならない」とか「しっかり文法規則を覚え、意識せずにも言葉が口をついて出てくるようになるまで反復練習しなきゃダメだ」とか様々な外国語学習論の前提となっている「意識」が実は掴みどころのない概念であることから出発し、そもそも意識・無意識とは何なのか哲学や心理学などの分野の考察や定義を整理します。その中から学習に関係する意識・無意識(アウェアネスの有無)を抽出してから、様々なそれに関する言語学的実験とその結果やそこから得られる知見を紹介します。

著者曰く、平易な言葉遣いを心がけたらしいので、ゆっくり読めば何とか理解できるレベルになっているとはいえ、やはりテーマ自体が複雑なので、なかなか難しいです。

目次は以下の通りです。

はじめに
第1章 外国語学習に潜む意識と無意識
第2章 意識の諸相
第3章 言語と意識
第4章 意識・無意識の科学と言語習得
第5章 意識研究と第二言語研究を繋ぐ
終章 外国語を学ぶとはどのようなことか

本書を読むことで、外国語学習と意識の関係についての研究が分かりやすく整理されて概観でき、これまで意識していなかったことを意識できるようになります。

まず、確かに言えることは「外国語学習は一筋縄ではいかない」ということです。月並みではありますが、これは大切な前提であり、語学学校や語学アプリなどの煽り文句で「聞き流すだけで言葉が口をついて出てくる」とか「苦労ゼロの英会話学習方法」などといったものがあり得ないことの証左となります。
私自身、手を付けたことのある言語が古典語を含めて20言語にも及ぶ経験豊富な外国語学習者なので、簡単な外国語習得法などないことは百も承知していましたが、それは言ってみれば私個人の体験に基づいた「サンプル数=1」の話です。それが、科学的な手法をもって実験結果としても導き出されたものであると確認できたことは収穫でした。

もう一つ重要な知見は、言語には意識しなくても目立つので知識として獲得されやすい項目と、逆に無意識的な学習は不可能で、たとえ意識的に学習しても知識として獲得されにくい項目があるということです。
何が「目立つ(卓立性が高い)」のかは、対象言語や学習者の既得の言語知識などに左右されるらしいのが複雑なところです。

また、意識的に学び、意識的な知識として獲得されたものが必ずしも無意識的な知識(無意識に使える)に移行するわけではなく、また、無意識的に学んだ結果、無意識的な知識(理由や規則は説明できないが正しいと判断できる、または使える)として獲得することもあるということも興味深い研究結果だと思いました。

学習者が教えられたとおりに学んでいくわけではなく、また問題集を説いた料や単語帳を周回した数に比例して直線的に成果が出るものでもないことは、昔から知られていましたが、興味深いのは、よく言われる「記憶曲線」に応じて失われてしまう知識は、機械的な記憶、つまりドリルのように練習した内容であり、それに対して、意味を伴った学習は直後のテスト結果が悪くても、後になって遅延テストをすると結果が良くなり、長期記憶に移行しているケースが多いということです。

いずれにせよ外国語を学ぶということは、対象言語の世界の認識の仕方、「切り取り方」を学ぶということで、複眼的な視点を得られ、複数の言語の持つ世界の見方・考え方から、独自の体系を創出していくプロセスと言える、というのが本書の結論です。
月並みに言い換えれば、外国語で(認知)世界が広がるということですね。



書評:川添 愛著、『ふだん使いの言語学: 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』 (新潮選書)

2022年08月23日 | 書評ー言語

何を隠そうがちで理論言語学をベースとした本を日本語で読むのは初めてだったのですが、「ふだん使い」と銘打っているだけあって、用例が身近なもので、問題ポイントの解説も分かりやすく、従って、どのように改善・修正すべきなのかも明確に分かる構造になっています。

「言った、言わないが起こるのはなぜ?」「SNSの文章が炎上しやすい」「忖度はなぜ起こる?」……理論言語学の知見を使い、単語の多義性や曖昧性、意味解釈の広がり方や狭まり方、文脈や背景との関係などを身近な例から豊富に解説。文の構造を立体的に掴む視点が身につき言葉の感覚がクリアになる、実践的案内。

上の商品案内は実に的を得ています。
本書は、意識的に言葉を運用して、誤解や炎上を防ぐのに大いに役立つことでしょう。

目次
まえがき
第一章 無意識の知識を眺める:意味編
第二章 無意識の知識を眺める:文法編
第三章 言葉を分析する
第四章 普段の言葉を振り返る
あとがき

第一章から第三章までが言葉を意識的に観察するメソッドの土台で、第四章がそのメソッドを使った実践ドリルになっています。
第四章だけ読んでも得るところは大きいと思います。
具体的な内容は以下の通りです。
  • 人前に出す文章を添削する
  • 「ちょっと分かりにくい」婉曲表現
  • 誠意ある対応―あやふやな言葉のトラブル
  • 「言った、言わない」が起こるわけ
  • 同じ意味?違う意味?
  • 褒め言葉で起こらせないために
  • 誘導尋問のかわし方
  • SNSで気をつけたい「大きい主語」
  • 「笑える冗談」と「笑えない冗談」の違い
  • 「察してほしい」と忖度
  • 自分の言葉遣いに自信がない人は
  • 「言葉の乱れ」問題
  • おわりに:科学的に言葉を眺める

言葉には「絶対的正しさ」というものは存在せず、言葉の感覚には個人差・地域差・年代差があります。この事実を意識しているだけでもずいぶんと言葉遣いに慎重になれるのではないかと思います。
「かみ合わない」「思うように伝わらない」「相手の意図が分からない」などの問題は、主に、言葉に現れていない含意や背景知識が共有されていないことによって起こります。

また、人は聞いた・読んだ順番通りに意味のまとまりを作っていく傾向が強く、「大きな主語」(長い修飾句)は非常に誤解を招きやすいため、可能な限り避けるのが無難です。
あなたのような写真の才能のない人はどのように写真を取ればいいですか」とか「田中社長は、背任と横領の罪に問われ検察に逮捕された前社長に代わり、我が社を見事に立て直してくださいました」のようなものが「大きな主語」ないし長い修飾句の例です。後者は「前社長」が登場した時点で「背任と横領云々」が田中社長の話ではないことが分かりますが、前者は文が完結した後でも「あなた」に対する褒め言葉と貶し言葉の両方の解釈が可能です。

SNSなどの文脈から切り離されて、発信者の人となりを一切知らない人たちに見られる可能性のある文章では、特にこのような紛らわしい構造は避けるべきですね。

ちなみに上の二つの例の改善案は、以下の通りです。
「あなたは写真の才能がありますが、そのような才能のない人は…」
「田中社長は、前社長が背任と横領の罪に問われ検察に逮捕された後、…」

文章の推敲時にはぜひとも心がけたいですね。