徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:今野敏著、『マティーニに懺悔を(新装版)』(ハルキ文庫)

2022年11月17日 | 書評ー小説:作者カ行

『マティーニに懺悔を(新装版)』は、富士見ヶ丘を舞台とし、「シノさん」と呼ばれるバーテンダーの経営する細長いカウンター・バーの常連の茶道の師匠が語る短編連作です。〈私〉より5歳年下の幼馴染でピアニストの三木董子(25)とアイルランド人のベンソン神父がこのバーでの飲み友達。
元は『男たちのワイングラス』というタイトルでしたが、新装版で改題。
「怒りのアイリッシュウイスキー」「ヘネシーと泡盛」「ブルゴーニュワインは聖なる血」「マティーニに懺悔を」「鬚とトニック・ウォーター」「ビールの泡」「チンザノで乾杯」「ヘネシーの微笑」の8話が収録されています。
タイトルから察せられるように、この作品ではお酒が重要な役割を果たしています。〈私〉とベンソン神父が飲むのはブッシュミルズ、董子が飲むのは芳醇なヘネシー。

主人公は、武道の家系の生まれ。元は示然流剣術道場だったが、大陸に従軍した曽祖父が中国武術を極め、独特の拳法を編み出し、一子相伝の秘技として代々これを伝える。ところが〈私〉の父は剣術道場を止め、武術と相性がいい相山流の茶道教室に看板を掛け換えてしまったため、それを受け継いだ〈私〉は茶道の師範になります。
しかし、一子相伝の秘技は子どもの頃からみっちり仕込まれているため、見かけによらず武道家。祖父が有名な武道家で任侠の輩に武道を教え、兄弟の盃を交わし、その人たちが今では様々な組の幹部または組長になっているため、〈私〉は「若」と呼ばれて、街の人たちに面倒事が起こるたびに頼りにされます。
「ヘネシーと泡盛」では沖縄出身の武道家が董子を賭けて〈私〉に対して道場破りを挑みます。四畳半の茶室で展開する茶道と武道の折り重なる対決シーンは非常にユニークで、こういう勝負もあるのかと感心させられました。

〈私〉は幼馴染の董子に密かに思いを寄せていますが、自分が武道家であることは内緒にしています。『スーパーマン』のクラーク・ケントとロイスの関係を彷彿とさせる関係ですね。
ベンソン神父はイエズス会士で「神の戦士」として常に「シショウ」の〈私〉を焚きつけ、共に面倒事の解決に当たります。
バーテンダーのシノさんも只者ではない過去を持っており、毎回いい味を出していますが、「マティーニに懺悔を」で過去のしがらみである元弟分が富士見ヶ丘で起こしたトラブルの後始末に活躍します。
「チンザノで乾杯」で初めて〈私〉の父が登場。彼と共に富士見ヶ丘にイタリアン・マフィアが溢れ、物騒なことに。このマフィアとのやり取りで、董子に〈私〉がかなり強いことがバレてしまいます。
最終話の「ヘネシーの微笑」は、タイトルから分かるように董子の話です。お嬢さん芸ではない本格的なコンサートピアニストを目指してパリ留学をしますが、留学斡旋エージェントが詐欺で、危うく強姦の上に売春をやらされる羽目になります。詐欺に気付いた〈私〉とベンソン神父がパリまで董子を救出に行きます。
そこでようやく〈私〉は董子にプロポーズ。
周りからはさっさとくっつけと言われてはいたものの、当人たちは恋人だったことはなく幼馴染の飲み友からいきなり結婚?とちょっとした飛躍がなくはないのですが、まあ、危ないところを助けてもらったし、それまでも意識してないではなかったので、はっきりプロポーズされれば受けるのはアリでしょうかね。

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書評:今野敏著、倉島警部補シリーズ『曙光(しょこう)の街』他全6巻(文藝春秋)

2022年11月17日 | 書評ー小説:作者カ行

『ボディーガード工藤兵悟』シリーズの4巻『デッド・エンド』で日露混血の凄腕エージェント・ヴィクトルが登場していたので、『曙光(しょこう)の街』を始めとする倉島警部補シリーズを知り、こちらのシリーズも読んでみることにしました。
これまで『曙光(しょこう)の街』、『白夜街道』、『凍土の密約』、『アクティブメジャーズ』、『防諜捜査』、『ロータスコンフィデンシャル』の6冊が出版されています。
最新刊の『ロータスコンフィデンシャル』は単行本が2021年7月に発売されたばかりで、まだまだ続きそうな感じです。

第1巻『曙光(しょこう)の街』の単行本が出たのは2001年のことで、冷戦終了からさほど時が経っていない頃、元KGBの特殊部隊員ヴィクトルが赤坂で勢力を伸ばすヤクザ組長を暗殺しようと日本に潜入。情報収集に単調な日々を送っていた警視庁公安部外事第一課・倉島警部補がこの事案を担当することになり、スパイ合戦の攻防の激しさに自分の認識の甘さから危うく死にかけます。ヴィクトルが冷血な殺人鬼でなかったから救われただけなのですが、以後「あの伝説のヴィクトルと渡り合った男」として公安部内で名を馳せることになります。

『白夜街道』では、ヴィクトルがあるロシア人貿易商の護衛として来日し、両者が出国して数日後に外務省職員が死亡します。その職員はロシア人貿易商と会っていた。毒殺の疑いが濃厚のため、倉島警部補が外交的解決のためにロシアへ行きます。一方、ヴィクトルは元KGB仲間で警備会社の上司と警備対象のロシア人貿易商との間の対立に巻き込まれ、罠に嵌められてしまいます。
誰が味方で誰が敵なのか分からない入り組んだ事情のストーリー。

『凍土の密約』では、北方領土問題が取り上げられます。
赤坂で右翼団体に所属する男が殺害され、二日後、今度は暴力団構成員が殺された。2つの事件に共通する鮮やかな手口から、プロの殺人者の存在を感じさせます。右翼団体はロシアから金をもらって街宣活動をやることもある。また、2件目の殺人被害者の暴力団はロシアと取引がある。どうやらロシアにカギがあるらしいということで、倉島警部補が特捜本部に呼ばれます。その後も殺人が続き、連続殺人の様相を呈しているが、被害者の共通点は何なのか。 北方領土にまつわる過去の密約が現在にどう利用されるのかが焦点となります。
ロシア内政問題と日露の外交問題が複雑に絡んでいて、興味深いですが、背景説明が長くなりすぎるきらいがあります。
倉島警部補はすっかり公安マンとして認められ、エースになるための登竜門である「ゼロ」の研修を受けることに。

『アクティブメジャーズ』では、倉島警部補が「ゼロ」の研修から復帰して、先輩公安マンの動向を探るオペレーションを手探りで行います。そんな中、全国紙の大物が転落死し、二つの事案が思いがけず繋がりを見せ始めます。自分で考え判断し、時に上司の指示に反することも辞さないことでエース候補としての実力を見せますが、まだまだ危うい失敗もします。

『防諜捜査』では、倉島警部補が外事第一課に籍を置いたまま作業班への移動を命じられます。
ロシア人ホステスのマリア・ソロキナが鉄道線路に転落し、轢死する事件が発生し、飛び込み自殺の線で捜査は進むが、中学校教師の九条という男が現れ、事件はオレグというロシア人の殺し屋による暗殺だと証言する。九条は事故の前日に秋葉原の駅でオレグを目撃しており、自身も命を狙われていると語ります。倉島は、九条の証言を元に「作業」として捜査を進めるが、重要参考人として目をつけたマリアの恋人・瀧本までもが、列車の人身事故(?)で死亡してしまう。一人一人ならば事故か自殺で片付けられるところを恋人2人そろってとなると偶然ではありえないので、殺人事件として捜査が始まりますが、暗殺者「オレグ」はまるで幽霊のように掴みどころがないまま。オレグは存在せず、証言者の九条が殺人犯だという疑いが浮上します。真の暗殺者は誰なのか、どこの思惑で動いているのか。倉島は作業を成功させられるのか。

『ロータスコンフィデンシャル』では、倉島警部補は来日するロシア外相の随行員の行動確認を命じられます。同時期にベトナム人の殺害事件が発生し、同僚たちはその事件を気にかけて、倉島に調査の相談を持ち掛けますが、なぜか彼は「気にし過ぎだ」と取り合わない。「ゼロ」帰りのエース候補の危機意識や嗅覚が急に働かなくなったのかと同僚たちは訝しみつつも独自に調査を始めます。
ベトナム人殺害の容疑者にロシア人ヴァイオリニストが浮かび上がる一方で、外事二課で中国担当の盛本もこの事件の情報を集めていることが分かり、ようやく倉島も事の重大さに気付いてベトナム、ロシア、中国が絡む事件の背景を探ろうとしますが、上司からは「作業」の認定なしに別部署の人員を利用したことを叱責され、連絡の取れなくなった同僚を探し、ベトナム人殺害事件の背景の捜査を「作業」として認められず、1人で動く羽目になります。
ベトナム、ロシア、中国の工作員たちが日本で暗躍し、公安部がそれに対処するというパターンはシリーズのお約束に則ってますが、前半に倉島にボケさせるのはなんとなく不要な気がしました。前半で信用を失い、後半でそれを取り戻すというストーリー展開はマンネリを避ける捻りの一種なのかもしれませんが、ボケの理由が慢心ではいまいち説得力に欠けるような気がします。
さて、今後、このシリーズは倉島警部補が本物の公安エースになるまで続くのでしょうか。

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書評:今野敏著、『潜入捜査 〈新装版〉』シリーズ全6巻(実業之日本社)

2022年11月10日 | 書評ー小説:作者カ行

今野敏の警察小説の原点とも言える『潜入捜査』シリーズは1991~1995年にアクションもののひとつとして書かれました。著者本人は警察小説を書きたかったものの、当時そのような需要があまりなかったのだとか。
警視庁のマル暴刑事・佐伯涼は、情け容赦のない実力行使で裏世界の恨みを買っていたのですが、突然の異動命令が下り、警察手帖と拳銃を返上した上で「環境犯罪研究所」という環境庁の外郭団体へ出向せよという。
同研究所は所長の内村と秘書の白石、そして佐伯を加えてたったの3人。環境犯罪を取り締まる法整備が整うまでの暫定措置だという。
内村は省庁を跨いで異動した異例の経歴を持つキャリア官僚で、「官僚は国をよくするために働くべきだ」という理想を実践する食えない人物。後の隠蔽捜査の竜崎の原型キャラだそうです。
一方、佐伯涼は大化の改新で蘇我入鹿の暗殺に携わった佐伯連の直系子孫に当たり、佐伯家には代々武術「佐伯流活法」が伝えられている。祖父は暗殺を生業としていた。父は武術教室を営んでいたものの、過去に暗殺に関わったことがあり、それをかぎつけたヤクザに用心棒として雇われ、抗争の中で命を落とした。母は血液の癌にかかって入院していたが、父の死亡後は治療を続けられずに退院して病死。佐伯涼は親戚に育てられた。
その血筋とマル暴刑事としての無茶ぶりを承知の上で内村は佐伯涼を指名したのだった。
一方、白石の方は母方が葛城家で、先祖が佐伯連と共謀して入鹿暗殺をし、その後隼人などの先住民族の統括役を担っていたという。
この二人の血筋が因縁めいていて、なにかミラクルな謎が隠されているような印象を受けますが、その点はたいして深掘りされないまま放置されてシリーズ完結となるので、今一つ腑に落ちないキャラ設定の1つです。

さて、第一弾では佐伯は暴力団による産業廃棄物不法投棄事件の渦中に単身潜入、殲滅戦を挑みます。
アクション描写が詳細過ぎるのと、ご先祖様の謎の設定の説明にいささかページ数が割かれ過ぎのため、あまりすっきりとは読めない作品です。
しかし、筆致に勢いがあり、環境犯罪に対する怒り、暴力団に対する怒りが描写だけではなく、行間からも溢れてくる渾身の作品という感じがします。



拳銃なし、警察手帳なしの元マル暴刑事・佐伯涼が環境犯罪に立ち向かうべくマレーシアへ。
日本の商社が出資した、マレーシアの採掘所の周辺住民が白血病に倒れ、反公害運動が活発化。反公害運動封じ込めのため、暴力的な見せしめを住民に行なう日本のヤクザに佐伯涼が対抗します。ヤクザの見せしめ行為が残虐を極めていて、読むのが辛い部分です。
佐伯の古代拳法を活かしたヤクザとの戦闘シーンの描写は非常に詳細で躍動感に溢れており、今野敏らしさがフルに発揮されていますが、ちょっと詳しすぎるかなと思わなくもありません。


密猟、密漁、密輸――
千葉で漁師が殺害されるが、事件として報道されることはなかった。佐伯は警察が秘匿する理由を察知。魚の密漁、野鳥の密猟、ランの密輸……脱法行為の背後にいるのは佐伯の宿敵・坂東連合傘下の艮(うしとら)組。姑息な経済ヤクザたちに佐伯は果敢に立ち向かいます。


小学校に不法投棄された使い捨て注射器で、子供がB型肝炎に感染。廃棄物回収業者の責任を追及する教師の家族にヤクザが襲いかかる。長男は自動車事故、高校生の長女は監禁、強姦、教師は命を奪われてしまう。平凡な一家がヤクザのせいで一気に地獄へ落とされる展開に佐伯涼の怒りが爆発し、罪深いヤクザを潰しに行きます。
 


原子力発電所で事故が発生し、外国人不法就労者が死亡。だが所管省庁や電力会社も、労働力を不法供給する暴力団を使って隠蔽工作に走る。佐伯が迎えうつのは、今までにない敵、国家と原発だった。さらに彼の前に、中国拳法を操る無敵のヤクザが立ちはだかり、かなりの苦戦を強いられることになります。
著者自身の原発とそれを取り巻く闇に対する怒りがかなり強く反映されている作品です。



これまでいくつもの坂東連合傘下の組を潰してきた佐伯涼ですが、最終話では、この連合を束ねる毛利谷一家と直接対峙することになります。
廃棄物の不法投棄で摘発された解体業者・保津間興産は、毛利谷一家の企業舎弟。一方、融資で毛利谷一家と揉めていた銀行の支店長が射殺された。事件の背後には、暴力団によるテロ・ネットワークの存在があり、その中心が保津間興産だった。そこへ潜入した元マル暴刑事・佐伯涼の身元が割れ、報復の罠が仕掛けられるものの、佐伯の元同僚と現在の上司がいい働きをします。
暫定措置だった「環境犯罪研究所」は解散に。佐伯は普通の警察官に戻れる?



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今野敏著、萩尾警部補シリーズ『確証』『真贋』『黙示』(二葉文庫)

2022年11月07日 | 書評ー小説:作者カ行

このところずっと今野敏作品を読み続けていますが、多作な著者なので、なかなか制覇できません。
今回読んだのは萩尾警部補シリーズの『確証』『真贋』『黙示』の3冊。

このシリーズは警視庁捜査三課、盗犯係の萩尾警部補、通称「ハギさん」が相棒の女性刑事・武田秋穂と共に独特の目をもって活躍する物語です。
その「独特の目」というのは、いわば「盗人の気持ちになってみる」という盗人視点の見方によって手口や目的を読み取ることです。「プロ」と呼べる窃盗常習犯には独特のこだわりや手口の特徴があるので、それを見抜く力を養う必要のある捜査三課の刑事は皆、職人の雰囲気を持つようになるのだとか。
しかし、職人の勘だけでは犯人逮捕に至らず、どうしても「確証」が必要になります。
最初は捜査が勘を頼りに進み、最終的に必要な確証を得るに至るというストーリー展開なので、盗犯捜査の地味さも相まって、全体的に地味な感じです。
ハギさんが元窃盗常習犯を情報源として付き合う、その関係と人物像が興味深く読み応えがあります。



第二弾の『真贋』は、萩尾警部補と相棒の女性刑事・武田秋穂が担当区域で起きた窃盗事件に臨場し、その手口から常習犯・ダケ松の仕業と見抜くものの、ダケ松逮捕後に違和感を抱き、誰かをかばっているのではないかと考えます。同時期にデパートで行われる陶磁器展で美術館から貸し出される国宝の曜変天目と近々大きな取引をする噂のある故買屋の八つ屋長治は関係があるのか否か。ダケ松はなぜ取り調べ中に「八つ屋長治のことを調べろ」と唐突に言ったのか。
曜変天目の真贋が重要なカギを握り、話は二転三転します。第一弾よりもストーリー展開が面白いです。



第三弾の『黙示』は、渋谷区の高級住宅街で起きた「ソロモンの指環」の盗難事件がテーマです。被害者はIT長者の館脇で、盗まれた「ソロモンの指輪」は4億かけて入手したものだという。事件には「暗殺教団」らが関わっており、館脇は命を狙われているという。そこで犯人の解明と館脇の警護を仰せつかったのが、なんと『神々の神々の遺品』& 『海に消えた神々』の石神探偵ではないですか!ソロモン王が悪魔を操ったと言われる伝説の指環となれば、確かに石神の専門(?)領域に入るかもしれませんね。

それにしても、このシリーズでは捜査一課の勇み足・暴走がやけに多いような気がします。そうしないと地味な三課に脚光を浴びさせられないからなのでしょうか。



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書評:今野敏著、『最後の封印』(徳間文庫)

2022年11月06日 | 書評ー小説:作者カ行

飛騨山系の登山ルートを大きく外れた原生林の中で「ミュウ・ハンター」の日系人シド・アキヤマが苦戦しているシーンから始まる『最後の封印』は、レトロウイルス流行後の世界を舞台にしたSF系ハードボイルド小説です。
「ミュウ」というのは謎めいた存在で、レトロウイルスの進化形、HIV-4に感染した母親から生まれた子供たちを指している。額の瘤が特徴で、生まれながらに「第三の目」と呼ばれる持つ特殊能力を備えているため、社会への適応力を欠き、悪魔が人間の腹を借りて生まれたと言われおり、そのミュウを狩るミュウハンターを雇う組織がいくつもある。そして、このミュウハンターたちを排除し、ミュウを保護する組織〈デビル特捜(スペシャル)〉。そのどちらもミュウたちが本当はどういった存在なのか知らない。
そんな中アキヤマは遺伝子工学の研究者でミュウたちを助けようとする飛田靖子に出会い、「ミュウは紛れもなく人間だ」という主張に興味を持ち、詳しく話を聞こうとする。
アキヤマは状況を総合的に判断するため、デビル特捜の正体も探ろうとしますが、元傭兵の彼は戦闘には長けていても情報収集には疎いため、飛騨山系の戦闘で助けてくれたかつての傭兵仲間で同じくミュウ・ハンターをしているジャック・”コーガ”・バリーという甲賀流忍法を修行したアメリカ人と手を組むことにします。

もう1人、チベット仏教の高僧からミュウ・ハンターに転身したらしいギャルク・ランパ。彼はミュウたちの逃亡先によく表れ、デビル特捜と闘いはするものの、他のハンターのようにミュウを殺さない。彼がミュウたちを追うのはどうやら宗教的な理由らしい。

一方、極秘裏に組織された『厚生省特別防疫部隊』の隊員たちは主に自衛隊からの出向者たちですが、正式な隊員は隊長の土岐政彦と一見場違いな二人。一人は70歳を超えた中国人の東隆一。東洋医学の大家である一方で中国武術の達人。もう1人は外科医でメスを手術だけではなく武器としても使う白石達雄、27歳。知新流手裏剣術の使い手。特別防疫部隊の責任者の敷島遼太郎が医療に詳しい者が作戦に必要と考えて召喚したのでした。彼らはミュウ・ハンターたちと全面的な戦いのために組織された実働部隊とはいえ、ミュウ・ハンターたちを雇う組織や人間のことも、ミュウ自体についても詳しい情報をもらっていなかったので、独自に可能な範囲で調べようとします。

さらにミュウ関係の様々なことを追うアメリカ人ジャーナリスト、デニス・ハワードも日本へ入国。

それぞれの立場や任務がどのように絡み合っていくのか、そして最大のミステリーである「ミュウ」とはどういう存在なのか、なぜ彼らは同時期に一斉に、病院や収容施設を抜け出そうとするのか。

謎解きがやや複雑なきらいはありますが、ストーリー展開の牽引力は大きく、話に引き込まれますが、結末は、ミュウに関する限りあまりすっきりとした謎解きになっておらず、疑念が残ってしまうのが残念ですね。



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書評:今野敏著、『ボディーガード工藤兵悟』全4巻(ハルキ文庫)

2022年11月05日 | 書評ー小説:作者カ行


1993年~1995年にかけて書かれた『ボディーガード工藤兵悟』シリーズは『ナイトランナー』『チェイス・ゲーム』『バトル・ダーク』の3編で完結していたのですが、17年後の2012年に復活し、第4巻『デッド・エンド』が加わりました。

商品説明
世界の戦場で戦ってきた工藤兵悟は、その優れた格闘術と傭兵経験を活かしてボディーガードを生業としている。ある日、工藤の元に、水木亜希子と名乗る女が現れた。かつての仲間の紹介で、依頼を持ちかけられた工藤だったが、直後彼女を狙う男たちに襲撃されてしまう。依頼は、謎に包まれた機密文書と彼女自身を死守すること--期限は3日間。だが、彼女を追ってきた敵は、世界最大の諜報機関CIAだったのだ。警察とCIAを敵に回し、工藤は彼女を守り抜くことはできるのか。傑作冒険サスペンス。

商品説明の通りハードボイルドで、著者の格闘家としての知識・体験が存分に生かされたシリーズと言えます。「傑作」と言えるかどうか迷いがありますが、読者をけん引していく筆力は確かで、時間を忘れて一気読みしてしまうだけのエンタメ性の高い作品であることは確かです。
いろいろと迷いはあるものの、結局闘いの中で最も生き生きする男・工藤兵悟の物語。

第2弾の『チェイス・ゲーム』では、傭兵時代の戦友であるアル・ソラッツォが、マフィアに追われ、工藤に助けを求めてきます。工藤はこれを断り、山岳ゲリラ戦を得意とするアルを、山中に逃したのですが、今度は彼が住処とするバー『ミスティー』のバーテンダーの黒崎と第1弾で工藤に助けられて以来、そのバーで働くようになった水木亜希子が人質に捕られ、マフィアからアルを3日間で探し出すように脅迫を受けてしまう。 
監視役のマフィア二人を伴ってアル追う羽目になった工藤を裏切り者として返り討ちにするアル。アルは追いかけっこを楽しんでいる様子で、工藤と二人のマフィアを片付けようとはしない。マフィアがアルを追う理由は何なのか、工藤はアルを捕まえて人質を解放できるのか。
一方、『ミスティー』に軟禁状態になっている黒崎と水木亜希子もただ大人しく待っているばかりではありません。こちら側の見張り役を担っているマフィアたちも一枚岩ではなく、それなりの騒動が起こります。



第3弾の『バトル・ダーク』では、国際ジャーナリストの磯辺良一が誘拐されます。自身の著書である『イスラムの熱い血』のせいで、イスラム組織を名乗る犯人たちから死刑宣告を受けるものの、なぜか暗殺ではなく誘拐され、百万ドルの身代金が出版社に対して要求されます。磯辺を警護していた傭兵時代の旧友ウォルターから、人質の救出を依頼された工藤兵悟は、最初は断ったものの、結局引き受けて警察とは別に独自の捜査を始めます。
警察は対誘拐犯マニュアルに従って捜査し、犯人の検挙と人質の救出を第一に考えており、その方法が国際テロリストには全く通用しないというウォルターたちの見解を全く認めないという頑迷さを発揮し、磯部の監禁場所を包囲して大きな犠牲を出してしまいます。
工藤は十分な武器を調達してから、『ミスティー』のバーテンダー・黒崎と水木亜希子を後方支援として磯部の監禁場所へ向かい、戦いのプロである敵と壮絶な戦いを繰り広げることになります。
「特殊防諜班」シリーズでも登場した退役軍人で秘密裏に武器商を営むラリーがここでも武器と情報の提供者として登場します。シリーズを跨ぐ安定の脇役ですね。


17年後に出た続刊の『デッド・エンド』では、時代は変わって、『ミスティー』は店をたたみ、工藤はマンションを買って独り暮らしし、相変わらずボディーガード業を営んでいますが、警備の仕事自体も減っており、懐具合がかなり厳しい状態。
そんな時カジンスキーというロシア人から高報酬の仕事の依頼を受ける。その内容は、工藤の同僚兵士だったマキシムを殺した敵からカジンスキーの命を日本滞在中の3~7日間だけ守りぬけというもの。マキシムが殺されるような敵に自分が対峙できるのか年をとった工藤は躊躇するもののボディーガードとしてのプライドを賭けて仕事を真っ当しようとします。
その敵とは、『曙光の街』シリーズのヴィクトル。彼の襲撃を3回防いだ後、ヴィクトルの方から工藤に接触し、驚くべき情報を提供する。ヴィクトルの真の意図は何か?
『デッド・エンド』は以前の3巻よりも格段に面白いストーリー展開です。戦闘シーンもそちらの専門家に言わせれば、かなり磨きのかかったもののようです。私は戦闘シーンは深く考えずに軽く読み流してしまい、ストーリー展開とキャラ描写を楽しむ方なので、判断しかねますが。

ヴィクトルの登場する『曙光の街』シリーズは未読なので、近いうちに読もうと思います。
今野敏は多作なので、なかなか作品を制覇できませんね。


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書評:今野敏著、『時空の巫女 新装版』(ハルキ文庫)

2022年11月05日 | 書評ー小説:作者カ行

1998年の作品である『時空の巫女』は、核爆発と核の冬の予知夢を見る超能力者たちと彼らの研究並びに地球滅亡を防ぐ方法を探ろうとする研究者、親会社の社長直々の命令で現場に戻って新人アイドル発掘に奔走する原盤製作会社社長の飯島、そしてかつてネパールの生き神様「クマリ」だったチアキ・チェス、予知能力があると思われるAVに出演していた池沢ちあきの2人の「チアキ」たちが織りなす「SF風世紀末ミステリー」と呼べるような作品です。
普通の人間は時間が一定方向にしか流れていないように認識していますが、人が何かを選択するたびに世界が分かれて行くというパラレル・ワールドを示唆する量子物理学の理論があり、4次元のいわば「神」の視点から見れば過去も現在も未来もたくさんのバージョンが同時に存在しているという時空の考え方に着想を得た作品の世界観は、SF的であると同時に宗教的です。
今野敏の警察小説やハードボイルド小説のファンには受けが悪いのではないかと思われる小難しい世界観で、人知れず世界滅亡の危機を未然に防ぐストーリーです。
私は著者の神秘的・宗教的な作品もSFもわりと好きなので、違和感なく完読できました。エンターテインメントとしては平均的な作品という印象を受けました。スケールが大きいストーリーであるがゆえに、キャラクターの深掘りが不十分で、後の作品群と比べると登場人物たちの魅力が乏しいように思えました。作者も若かった、ということでしょうか。


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書評:今野敏著、『新装版 -神々の遺品』& 『海に消えた神々』(双葉文庫)

2022年10月26日 | 書評ー小説:作者カ行

探偵・石神達彦シリーズは、どうやらオーパーツ(それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる出土品や加工品などを指す Out of Place Artefacts)をテーマとしているようです。
元警察官の探偵・石神達彦が、ピラミッドの謎などのブログを書いていた人物の行方を探す依頼を受け、調査を始めると、数日前に起こった日本では著名なUFOライター殺人事件と関連性がありそうなことが判明し、否応なしにオーパーツと呼ばれる摩訶不思議な太古の文明の足跡を辿ることになります。リサーチは主に助手の明智小五郎ならぬ大五郎にやらせ、自分は聞き込みに回りますが、突然ロシア系の男に襲われたりします。

一方、アメリカで超常現象研究チーム『セクションO』に極秘の実働部隊をつけるよう国防長官に依頼されたジョーンズ少将は、彼の以前の部下であった男を派遣し、3年間そのことを忘れていた。セクションOで見せられたものの夢を頻繁に見るようになったので、気になりだして、部下にセクションOと担当者のシド・オーエンについて調査するように指示しますが、極秘のことなので調査は難航を極めます。

日本とアメリカのストーリーラインが最後に収斂していき、パズルピースがぴったりと合うようになるのは早いうちから予想できるので、純粋なミステリーとしてはいまいちな作品かと思いますが、約1万1000年前の彗星通過による高度文明の消滅とピラミッドを含むオーパーツや秘数学のオカルト的な蘊蓄が非常に面白く、作品の魅力になっています。


第2弾の『海に消えた神々』では沖縄周辺の海底遺跡がテーマになっています。この巻で展開されるのは「沖縄=ムー大陸」説です。
海底に沈んだ鍾乳洞や超古代遺跡を調査していた地質学者・仲里博士が自殺。捏造の発覚を苦にしてとのこと。その娘の同級生・園田圭介が、「仲里博士の無念を晴らしてほしい」と石神の探偵事務所に依頼に来ます。園田はインターネットで石神が以前にピラミッドやUFOの謎に関わる殺人事件を解決したことを知り、そのような依頼を受けてくれるのではないかと思ったらしい。
石神は最初は気乗りしないものの、助手の明智に押し切られるような形で依頼を受けます。
まずは娘の麻由美に会い、彼女を引き取った叔母と叔父の話も聞き、明智には仲里博士の著作や沖縄の超古代遺跡について調べさせます。
明智の勧めで、石神は3日でダイビングのライセンスを取り、沖縄県警のだれかを昔の同僚に紹介してもらい、明智と麻由美を伴って沖縄へ。
沖縄県警では当然胡散臭がられ、案内役という名の監視役までつけられてしまいます。早急に「自殺」で片付けられてしまった背景には政治的圧力の影が見え隠れし、また、捏造事件も怪しいことばかり。
様々なパズルピースはどのようにつながっていくのか。

この作品は、「沖縄=ムー大陸」説やモアイなどのポリネシア文化と沖縄の関係などが特に興味深いですが、日本の考古学の極端な実証主義も批判されており、警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズの第5巻『ペトロ』にちょっと通じるものがありますね。




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書評:今野敏著、『新装版-膠着-スナマチ株式会社奮闘記』 (中公文庫)

2022年10月25日 | 書評ー小説:作者カ行

『新装版-膠着-スナマチ株式会社奮闘記』は、今野敏の作品としてはかなり異色なのではないでしょうか。刑事も探偵もオカルト的ミステリーも出てこない。接着剤専門会社で新製品開発に失敗して、接着力のない接着剤(それはもう「接着剤」とは言えない)ものができてしまい、これをどうつかえば開発費の回収が可能になるか、引いては株価暴落・乗っ取りを防げるかが課題となります。テーマからすると、まるで池井戸潤の小説と言っても違和感がないような気がします。

主人公は就職難でスナマチしか受からなかったので入社したという新入社員で、彼の視点から、指導役のスーパー営業マンの活躍や、機密のプロジェクト会議の様子、社内の人間関係などが描写されます。
焦点はあくまでも接着力のない接着剤のなりそこないをどうするかということなのですが、接着剤の原理など科学的な説明は大変興味深いものでした。


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書評:今野敏著、『機捜235』(光文社文庫)

2022年10月24日 | 書評ー小説:作者カ行

『機捜235』は渋谷署に分駐所を置く警視庁第二機動捜査隊所属の高丸を主人公とする短編集です。公務中に負傷した同僚にかわり、高丸の相棒として新たに着任した白髪頭で風采のあがらない定年間際の男・縞長と組まされるところから始まり、縞長が捜査共助課見当たり捜査班に属していた時に獲得した指名手配犯を一瞬で見分ける特殊能力を発揮して実績を上げて行くうちに、徐々に二人が本当の相棒になっていく過程が描かれます。

刑事ものの小説ばかり読んでいると、機捜は事件の端緒に触れて、刑事が現着したときに報告をしたら姿を消してしまうので、実際の役割・業務内容が見えないものですが、この小説では刑事から下に見られがちの機捜に焦点が当てられ、隊員たちの仕事に対する誇りや葛藤など見えにくい部分が表現されています。


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