御手洗潔シリーズ第10作の『龍臥亭事件』では、御手洗潔はほとんど活躍せず、ノルウェーから石岡和己に「君に足りないのは自信だ」と励ますのみで、石岡自身が探偵役となるためストーリー展開がかなりスローテンポです。御手洗のいない馬車道の事務所に突然訪ねてきた二宮佳代という「悪い霊に憑りつかれているので、大きな樹の下に埋められている手首を掘り返して供養する必要がある」と主張する若い女性の頼みで岡山まで(いやいや断り切れなくて)付き添い、「霊の導き」(?)によって、バス停からさらに山一つ越えた貝繁村のさらにはずれにある龍臥亭に辿り着きますが、着いたその夜に火事と殺人事件が起こり、そのままそこに逗留することになりますが、実はその殺人は2件目で、以降次々と龍臥亭の従業員やご隠居、しまいには主人までが殺されて行きます。それが昭和13年に起きた都井睦夫事件または津山30人切り事件の犯人睦夫の祟りだという。
上巻では二宮佳代のせいでオカルトチックに始まります。龍臥亭でも睦夫の幽霊が登場し、御手洗シリーズなのにオカルトミステリー?と違和感を持たざるを得ませんが、村人たちの口が堅く、石岡はなかなか過去の因縁とやらに辿り着けないまま連続殺人に翻弄されます。岡山県警の人に御手洗の出馬を非公式に要請されますが、御手洗は上述のように手紙および「リュウコワセ」というヒントを書いた電報をよこし、あとは自分で人助けをしろというのみです。御手洗ファンにとってはじれったい展開ですね。
下巻でようやく過去の因縁や連続殺人の中で施されている奇妙な見立てがなんであるかが明らかになるような様々な過去の事件の記述にかなりページ数が費やされます。特に実際に起こった津山事件の都井睦夫の人物像が詳しく記述されており、本書の「都井睦夫の間違ったイメージを正す」という目的がここで十二分に果たされます。しかしながら、ストーリーの流れとしては過去の事件の比重が大きすぎるきらいがありますね。
津山事件は横溝正史の『八つ墓村』のモデルともなっているので、この『龍臥亭事件』もなんとなく横溝正史的雰囲気というのが漂っている感じがします。
石岡の自信回復の物語としてよめる微笑ましさもあります。