「さて、これでいい。では、神野典子(かんののりこ)さん、ここに座(すわ)ってくれるかな?」
老人(ろうじん)は作業(さぎょう)を終(お)えると、彼女にあの椅子(いす)に座るように促(うなが)した。でも典子は、
「いやよ。どういうことかちゃんと説明(せつめい)して下さい。あなたたちは誰(だれ)なの?」
「わしらは、あんたも含(ふく)めてだが、時間を見守(みまも)る役目(やくめ)をもっているんだ。今、時間の流(なが)れに、ちょっとしたズレが生(しょう)じていてね。それを修正(しゅうせい)するために、わしらが集(あつ)められたんじゃ」
「そんなこと、私は知らないわ。訳(わけ)の分からないことを言わないで」
「君には時間を修正する能力(のうりょく)があるんじゃ。この装置(そうち)で、その能力を増幅(ぞうふく)してだな…」
典子は信じられないという顔をしていた。それを見て青年(せいねん)は、
「この世界(せかい)では、動物(どうぶつ)と人間(にんげん)が戦争(せんそう)を始めている。これを止めないと時間のバランスが崩(くず)れて、他の世界にどんな影響(えいきょう)を与(あた)えるか分からないんだ。だから…」
この時、入口の方から何かがぶつかる大きな音が響(ひび)いた。そして、引っかくような音も。
「ここへ来た時、記憶(きおく)の一部が消えてしまったんだよ。でも、ちゃんと元(もと)に戻(もど)るから。それは、僕(ぼく)が保証(ほしょう)する。ごめんね、おばあちゃん。こんなことしたくないんだけど――」
典子は自転車(じてんしゃ)に乗って坂道(さかみち)を下(くだ)っていた。右カーブを曲(ま)がり終え、彼女は腕時計(うでどけい)を見た。
「もうこんな時間? 急がないと、遅(おく)れちゃうわ」典子はペダルを力一杯(ちからいっぱい)踏(ふ)み込んだ。
<つぶやき>時間のすき間で、記憶に残ることのない出来事(できごと)が起きているかもしれません。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。