高校野球(こうこうやきゅう)の地方大会(ちほうたいかい)。彼のチームは決勝戦(けっしょうせん)まで勝(か)ち進(すす)んだ。決勝の相手(あいて)は強豪校(きょうごうこう)。8回までは何とかしのいで、1対1の同点(どうてん)のまま…。そして迎(むか)えた9回。だが彼のチームは無得点(むとくてん)のまま。そして9回裏(うら)になり、一打(いちだ)サヨナラ負(ま)けの場面(ばめん)に直面(ちょくめん)した。
ピッチャーの彼は緊張(きんちょう)のためか、力(りき)みすぎて思いもよらない球(たま)を投(な)げてしまった。その球はバッターの手元(てもと)で大きく変化(へんか)して、打者(だしゃ)にバットを振(ふ)らせた。しかし…、ボールはキャッチャーミットをそれてワイルドピッチに――。三塁走者(さんるいそうしゃ)が走り込み、彼のチームはあっけなく敗退(はいたい)した。試合(しあい)後、球場(きゅうじょう)に来ていたスカウトマンが彼に声をかけた。
「君(きみ)、プロになる気はないかい? あんな球を投げられるなら――」
だが、彼はその誘(さそ)いを断(ことわ)った。あの球をどう投げたのか、彼は全く覚(おぼ)えていなかったのだ。同じ球を投げることなんかとてもできない。それに、彼には特別(とくべつ)な才能(さいのう)があるわけではない。ごく普通(ふつう)の高校球児(きゅうじ)だ。
その後、彼は進学(しんがく)を選(えら)び、野球からは離(はな)れてしまった。大学を卒業(そつぎょう)すると、彼は地元(じもと)の企業(きぎょう)に就職(しゅうしょく)した。そして、現在(げんざい)にいたっている。――あの時の彼の決断(けつだん)は正しかったのか…、それは分からない。けど、彼は今、昔(むかし)の野球仲間(なかま)たちと草野球(くさやきゅう)を楽しんでいる。そして試合の後の飲み会で話題(わだい)になるのが、あの時の魔球(まきゅう)の話だ。仲間たちの間では、幻(まぼろし)の魔球として語り継(つ)がれている。
<つぶやき>誰(だれ)しもテンパると、思いもよらない才能を発揮(はっき)するものなのかもしれません。
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