女はちょっと怒(おこ)ったような表情(ひょうじょう)を見せたが、すぐに元(もと)の微笑(ほほえ)みに戻(もど)って、
「隅(すみ)に置けない人ね。でも、それも悪(わる)くないわ。あなたって正直(しょうじき)な方(かた)…」
女は男にしなだれかかり、男を虜(とりこ)にするような目で見つめると、
「そんな約束(やくそく)、あたしが忘(わす)れさせてあげる。だから…」
「それは無理(むり)だ。俺(おれ)は男だからね。約束は果(は)たさないといけないんだ」
「あたし、ますます帰したくなくなっちゃった。今夜は、あたしと…」
女は男の胸(むね)に手を回し、ぎゅっと抱(だ)きしめた。だが、男の胸に何か固(かた)い物が有るのに気づいて、女はビクリと男から離(はな)れる。男の上着(うわぎ)の間から、拳銃(けんじゅう)のようなものが目に入った。男はさり気なく上着を直(なお)すと、何事(なにごと)もなかったように、またグラスを傾(かたむ)けた。
女は男にささやいた。「あなた、何をしようっていうの?」
男は前を見つめたまま答(こた)えた。「どうしても決着(けっちゃく)をつけなきゃいけないことがあってね」
「まさか、決闘(けっとう)をしようって…、こと?」
男は何も言わずにグラスの酒(さけ)を飲(の)み干(ほ)すと、「わるいが、これで失礼(しつれい)するよ」
男はカウンターに二人分の酒代を置くと立ち上がり、女に軽(かる)く会釈(えしゃく)をして歩き出した。女は素早(すばや)く立ち上がると男の腕(うで)をつかんで、静かに懇願(こんがん)するような声で言った。
「このまま別れたくないわ。明日も来てね。あたし、ここで待ってるから。必(かなら)ず来て」
男は、振(ふ)り向くことなくバーを後(あと)にした。女は男の後ろ姿(すがた)を見つめるしかなかった。
<つぶやき>最初の出会いで恋に落ちたのでしょうか? それとも、他に何かあるのか…。
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