等々力(とどろき)は大学を辞(や)めてから、とある田舎(いなか)の小さな村(むら)で暮(く)らすことにした。もともと家族(かぞく)というものがあるわけでもないので、どこへでも自由(じゆう)に行けたからだ。
彼は小高(こだか)い丘(おか)の上に小さな家を建(た)てた。家といっても生活(せいかつ)のスペースはほんのわずかで、ほとんどが研究室(けんきゅうしつ)として使われていた。退職金(たいしょくきん)を使い果(は)たしてしまったので、暮らしは楽ではなかったが、誰(だれ)にも邪魔(じゃま)されずに研究が続けられるので彼は満足(まんぞく)していた。
村の人達は彼を快(こころよ)く迎(むか)え入れた。先生、先生と呼んで、何かにつけて世話(せわ)をやいてくれた。人付き合いが苦手(にがて)だった等々力も、いつの間にか村の一員(いちいん)になってしまった。
ある日のこと、等々力が研究室の屋上(おくじょう)で夜空(よぞら)を観察(かんさつ)していた時だ。下の方から彼を呼ぶ声がした。誰かと思って下を覗(のぞ)いてみると、そこには若(わか)い女性が立っていた。
「等々力教授(きょうじゅ)! やっと見つけましたよ。どうして急にいなくなったんですか?」
それは、大学の研究室で押(お)し掛けの助手(じょしゅ)をしていた涼子(りょうこ)だ。等々力は驚(おどろ)いて言った。
「君(きみ)、どうしたんだ? 何でここに…」
「何でじゃありませんよ。教授を捜(さが)すのに、どれだけ大変(たいへん)だったか――」
涼子は元の職場(しょくば)へ戻(もど)れと言われたが、その気になれずに辞(や)めてしまった。あの所長(しょちょう)の強引(ごういん)なやり方が気に入らない、ってこともあった。でもここへ来るまでに、彼女なりにいろいろ悩(なや)んで、結論(けつろん)を出したようだ。この教授となら、何か新しいことが出来るかもって…。
<つぶやき>さてさて、涼子さんの思いが教授に届(とど)くんでしょうか? 追(お)い返されるかも?
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