「なあ、朝飯(あさめし)は?」義之(よしゆき)は寝(ね)ぼけた目をこすりながら言った。
妹(いもうと)の智子(ともこ)が慌(あわ)てて身支度(みじたく)を調(ととの)えながら、「知らないわよ。食べたかったら昨夜(ゆうべ)の残(のこ)り物があるでしょ。あたし、朝練(あされん)なの。おかあさんがいないから、起(お)きられなかったのよ」
「何だよ。お姉(ねえ)ちゃんは?」義之は冷蔵庫(れいぞうこ)を覗(のぞ)きながら言った。
「まだ寝てるんじゃない。今日は休みだって言ってたから」
「全然(ぜんぜん)話しが違(ちが)うじゃない。昨日(きのう)、おかあさんの代わりはするって言っただろ」
智子は焼(や)きすぎたトーストをかじりながら、「お姉ちゃんに言ってよね。それに、そうでも言わないと、おかあさん、旅行(りょこう)になんか行かないでしょ」
「でも、お前だってやるって言ったじゃん。女なんだから、それくらい…」
「あーっ、もう。今どきね、男だって料理(りょうり)ができなきゃダメなんだから。お兄(にい)ちゃんも、少しは自分でやったら」
「何だよ。そんなんじゃ、結婚(けっこん)なんかできないぞ」
「あたし、まだ高校生なんですけど。お兄ちゃんなんか、付き合ってる人いないでしょ」
「うるさいな。ほっとけよ。俺(おれ)だってな、やるときはやるんだよ」
義之はキッチンに立ったが、どこに何があるのかさっぱり分からない。仕方(しかた)がないから、妹が食べている皿(さら)からハムを一枚つまんで口に入れる。
「もう、お兄ちゃん! あたしのとらないでよ。向こうへ行って!」
<つぶやき>母親がいないと困(こま)ること。結構(けっこう)あるんじゃない? 感謝(かんしゃ)の気持ちを忘れずに。
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「はっきり言わせてもらっていいですか?」日菜子(ひなこ)はうつむき加減(かげん)で座(すわ)っている男に向かって言った。「あなた、本当(ほんとう)に女性とお付き合いする気持(きも)ちがあるんですか?」
男は消(き)え入るような声でささやいた。「も、もちろん…。付き合い…たいです」
「あの、もう少しはっきりと自分の意志(いし)を出さないと、相手(あいて)には伝(つた)わりませんよ」
日菜子は手帳(てちょう)を見ながら、「今回の模擬(もぎ)デートの結果(けっか)ですが、残念(ざんねん)ながら最悪(さいあく)の点数です」
「えっ、そうなんですか? おかしいな。そんなはずは…。だって…だって……」
男はもごもごと、何か言い訳(わけ)がましくつぶやいていた。日菜子はお構(かま)いなしに続ける。
「まず、最初(さいしょ)からペケですね。初対面(しょたいめん)なんですから、相手の気持ちを訊(き)かないと。どこか行きたい所はないですか、とか。食べたい物はないですか、とか。あなた、挨拶(あいさつ)もそこそこに歩き出しましたよね。女性からしてみると、その段階(だんかい)で恋愛(れんあい)の対象外(たいしょうがい)です」
「だって、男としては…、ここは、まず…」
「あの。失礼(しつれい)ですが、今のあなたに男性としての魅力(みりょく)は全くありません。あなたの場合、自分を磨(みが)くことから始めるのをお勧(すす)めします。まず、その姿勢(しせい)!」
男は驚(おどろ)いて背筋(せすじ)を伸(の)ばす。その顔はこわばっていた。日菜子はにっこり微笑(ほほえ)んで、
「明日から特訓(とっくん)しましょうね。大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。一週間で見違(みちが)えるようになりますから」
<つぶやき>軟弱(なんじゃく)な男が増(ふ)えてると言われる昨今(さっこん)、こんな道場が出現するかもしれません。
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某所(ぼうしょ)において、ゆるキャラたちの集会(しゅうかい)が催(もよお)された。そこで、知られざる彼らの本音(ほんね)を耳(みみ)にすることができた。癒(い)やしをあたえている彼らにも、悩(なや)みはあるようだ。
「俺(おれ)たちにランキングなんかつけやがって、どういうつもりだ」
「まあまあ。そのおかげで、各地(かくち)でいろんなゆるキャラたちが活躍(かつやく)してるんだから」
「お前はいいよな。ばんばんCMに出てよ、人気(にんき)だって上位(じょうい)じゃねえか。俺だってな、予算(よさん)がもっとあって、どんどん宣伝(せんでん)してくれれば、知名度(ちめいど)も上がってよ、もっと有名(ゆうめい)に…」
「それはどうかな」近くにいた別のゆるキャラが呟(つぶや)いた。「俺なんか、お前たちが出て来るずっと前からやってるけど、人気が出るのは最初(さいしょ)の数年だけさ」
「えっ? あなたは…、何というゆるキャラでしたっけ?」
「そんなもんよ。忘(わす)れられるのは早いぞ。俺も結構(けっこう)有名だったんだけどな、今では仲間内(なかまうち)でも知ってるヤツがいないんだから。それでもな、地元(じもと)でイベントがある時には呼(よ)ばれてな。ちっちゃな子に抱(だ)きつかれたときは、幸せで涙(なみだ)が出そうになるんだ。だがな、ちょっと大きくなるとやんちゃになって、後から蹴(け)りを入れてくる。この間なんか、ふんばれなくってよ、ひっくり返(かえ)ったさ。俺なんか二等身(にとうしん)で、手なんか短いもんだから立ち上がれなくてよ。もう、袋叩(ふくろだた)きよ。子供は手加減(てかげん)しないからな。――さあ、そろそろ帰るか。もう、お前たちに会うこともないだろう。廃棄処分(はいきしょぶん)さぁ。じゃ、元気(げんき)でな。長生(ながい)きしろよ」
<つぶやき>ゆるキャラは人気に左右(さゆう)される運命(うんめい)なのです。大切(たいせつ)に守ってあげてください。
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妹(いもうと)は血相(けっそう)を変えて姉(あね)の部屋(へや)へ飛(と)び込んだ。ちょうど出かける支度(したく)をしていた姉は、
「なに? どうしたの?」と平然(へいぜん)としている。
「お姉ちゃん、あたしのアレ、盗(と)ったでしょ」
姉は自分の胸元(むなもと)をちらっと見て、「知らないわよ、そんなの」
「ウソ。返(かえ)しなさいよ」妹は姉につかみかかった。
だが、姉は難(なん)なく妹を振(ふ)り払い、「いいじゃん。可愛(かわい)かったし」
「冗談(じょうだん)じゃないわよ。アレ、新品(しんぴん)なのよ。あたし、まだ使ってないんだから」
「イヤよ。これから彼とデートなの。アンタみたいなお子ちゃまにはまだ早いわ」
「いいから、脱(ぬ)ぎなさいよ。それは、あたしの下着(したぎ)よ」
「なに言ってるのよ。男もいないくせに、勝負(しょうぶ)下着なんて必要(ひつよう)ないでしょ。ほんと、体型(たいけい)が同じでよかったわ。無駄(むだ)にならずにすんでさ」
妹は姉を押(お)し倒(たお)し、取っ組み合いの喧嘩(けんか)になった。ちょうど階下(した)でお茶をしていた両親(りょうしん)は、天井(てんじょう)から聞こえるドタバタの音を聞きながら、
「まだまだ、子供(こども)だなぁ。あんなんで嫁(よめ)に行けるのか?」
「そうですね。でも、付き合ってる人はいるみたいですよ」
「そうか。早いとこ片(かた)づいてもらわないと、この家がもたんぞ」
<つぶやき>喧嘩するほど仲(なか)がいいって言うけど、姉妹(しまい)となるとちょっと話は別かもね。
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主人(しゅじん)や子供(こども)たちを送り出し、お掃除(そうじ)とお洗濯(せんたく)を手早(てばや)く済(す)ませる。私、これでも段取(だんど)り上手(じょうず)なの。昼食後のひと時、私にとってはくつろぎの時間。好きな本を読みながら、ティータイムを楽しむ。誰(だれ)にも邪魔(じゃま)されることもなく、静(しず)かな時が流れる。ほんの少しの間でも、この上なく幸(しあわ)せな時間なの。
今日もまた、リビングでくつろいでいると、玄関(げんかん)のチャイムが鳴(な)った。私は、嫌(いや)な予感(よかん)がした。窓(まど)から外を覗(のぞ)くと、やっぱりお隣(となり)の奥(おく)さんだ。あの人、悪い人じゃないんだけど、話し出すと平気(へいき)で一時間はしゃべりまくる。ここは、居留守(いるす)を使うのが一番(いちばん)だ。どうせ、大(たい)した用事(ようじ)じゃないだろうし。すると、奥さんが外から声をかける。
「山田(やまだ)さん、いるんでしょ。ちょっと、話があるんだけど。出て来てよ」
私はため息(いき)をつく。もう出て行くしかないじゃない。私は玄関を開けると、
「ごめんなさい。ちょっと手が離(はな)せなかったの…」
「いいのよ。奥さん、聞いた? 山崎(やまさき)さんとこの奥さん。お嫁(よめ)さんとまたやっちゃったんだって。もう、あの人も気が強いでしょ。お嫁さんのやることが気に入らないのね」
私にとって、よその家の嫁姑(よめしゅうとめ)問題(もんだい)なんてどうでもいいんだけど。でも、一応(いちおう)は相(あい)づちを打っておかないと。私は、フンフン、そうなんだーぁ、を繰(く)り返す。
でも心の中では、早く帰れーって、呪文(じゅもん)のように繰り返していた。
<つぶやき>くつろぎの時間は大切(たいせつ)です。誰かの邪魔(じゃま)をしないように、気をつけましょう。
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