MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2741 一番給料が上がっているのは誰?

2025年02月11日 | 社会・経済

 厚生労働省が公表している「令和6年賃金構造基本統計調査(一次集計)」によると、フルタイム勤務者を指す「一般労働者」の平均所定内給与額は33万200円で、前年調査結果の31万8300円と比べて3.7%増加したとされています。これを年齢別(大卒)に見ると20〜24歳が25万800円、30〜34歳が32万5100円、40〜44歳で40万5900円、50〜54歳で49万600円、ピークを迎える55〜59歳では52万3800円と、私が新入社員だった40年前と比べ(少なくとも初任給は)ほぼ倍増していることが見て取れます。

 しかしその内訳を見ると、大学卒の20~30代前半の労働者の賃金上昇率が実質で1.7~2.8%アップとなっている一方で、40代後半~50代前半の賃金上昇率は-0.2%~0.3%(厚生労働省「賃金構造基本統計調査(2024.1)」とばらつきも大きい由。ここのところの賃上げが若手中心に行われ、中高年層の賃金は(諸物価高騰の中で)実際には目減りしていることも見て取れます。

 産労総合研究所「決定初任給調査」によれば、大卒者の初任給の増加率は2023年が2.84%、2024年は3.85%と(他の年齢層に比べ)大きく増加しており、初任給引き上げの理由は「人材を確保するため」が最も多いとのこと。人手不足の折、新卒者の採用確保のために初任給が特に引き上げられていることが分かります。

 政治的には国民民主党の「手取りを増やす」がキーワードとなる中、実際に給料袋の中身が増えているのは誰なのか。昨年10月20日の経済情報サイト「現代ビジネス」に、リクルートワークス研究所研究員の坂本貴志氏が『一番賃金が上がっているのは誰か…意外と知らない、正社員と非正規の「賃金格差の実態」』と題する論考を寄せているので、参考までに指摘の一部を紹介しておきたいと思います。

 厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」では、①一般労働者でかつ正規雇用者、②一般労働者でかつ非正規雇用者、③短時間労働者の賃金を比べている。この区分はそれぞれ①→「フルタイムの正社員」、②→「フルタイムの契約社員や派遣社員」、③→「パート労働者」に対応しており、その数字からは正規雇用者よりも非正規雇用者の方が賃金上昇のスピードが速いことがわかると坂本氏はこの論考に記しています。

 データによれば、「名目時給」が最も上昇しているのはパート労働者で、2013年の1067円から2023年には1318円まで上昇している(10年間で23.6%増)とのこと。次に賃金が上昇しているのは一般労働者の非正規雇用者で、1316円→1539円の16.9%増。そして、最も賃金が上がっていないのが正規雇用者で、同10年間で2370円→2537円と時給にして167円、7.0%増にとどまっているということです。

 昨今の春闘においては、大企業の正規雇用者や都市部の労働者ばかりが賃金上昇の恩恵を受けているとの指摘もあるが、(もう少し)長期的な目線でデータを丁寧に見ていくと、むしろ逆の傾向が窺えると氏は言います。では、その理由は何故なのか?…それは、非正規雇用の領域ほど労働市場の需給が賃金にダイレクトに影響を及ぼすからだというのが氏の指摘するところです。

 日本の労働市場においては、正規雇用者、契約社員や派遣社員、パート・アルバイトの労働者でそれぞれマーケットの特性は大きく異なっていると氏はしています。正規雇用者よりも契約社員や派遣社員の方が、また契約社員や派遣社員よりもパート労働者の方が労働市場の需給に対して感応度が高い市場となっている。つまり、労働市場の需給が緩んだときに真っ先に雇用を調整されるのが非正規雇用者であるのと同時に、労働市場の需給がひっ迫したときに先行して賃金が上がるのが非正規雇用者だということです。

 ここからは、まさに市場の硬直性・弾力性の話。労働市場の需給が緩ければ、企業は労働市場から安い労働力を大量に確保することができるが、需給がひっ迫した状態にあれば、(労働者としてはほかにも求人がいくらでもあるわけだから)より条件の良い求人に応募することになる。こうした(ある意味純粋な)労働市場のメカニズムの中で賃金は定まると氏は言います。

 そして、非正規雇用者と正規雇用者の賃金格差は、企業側の従業員の雇用形態の選択にも影響を及ぼすことになる。非正規雇用者の賃金上昇や社会保険の適用拡大によって「正規」「非正規」間の格差が小さくなれば、非正規雇用者の人件費が高騰することになり、企業としては従業員を非正規雇用の形態で雇うメリットが少なくなるということです。

 ではそこで何が起こるか。そうなれば非正規雇用の従業員を正規転換するなどして、企業としては戦略的に正社員を増やしにかかることになるはずだと氏は話しています。つまり現場では、例えば熟練のパートさんなど説得して正社員に迎え、安定的な労働力の確保につなげていくといった動きが増えるということでしょう。

 さて、「年収の壁」の撤廃が叫ばれる昨今のこと、労働現場でこうした流れが起こるとすれば、それ自体は日本の経済そのものにとって(おそらく)プラスに作用していくことでしょう。

 しかしその一方で、需給関係の変化によって雇用条件が良くなれば、時間に自由が利く「非正規」の魅力もまたアップするはず。売り手市場が(少なくともしばらくは)続くことを考えれば、買い手の雇用者としては「多様な働き方」を求める供給サイドの意向にどれだけ応えられるかが大きな鍵を握るのだろうなど、氏の論考を読んで改めて感じたところです。