MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2737 米国の繁栄と危うさ(その2)

2025年02月07日 | 国際・政治

 他国を大きく凌駕する経済の発展が続く一方で、人々の様々な形での分断など、国内的には深刻な問題を抱えるとされる米国に関し、12月4日の英紙「フィナンシャルシャルタイムズ」に、国際ジャーナリストで同紙主任経済評論家のマーティン・ウルフ(Martin Wolf)氏が、『病を抱え繁栄する米国 活気と低福祉、表裏一体か』と題する論考を寄せています。

 各国の経済が振るわない中、世界の富を一身に集めているように見える米国だが、このような経済上驚異的な国がなぜ「最悪の国」にもなり得るのかと、ウルフ氏はここで疑問を投げかけています。

 米国の21年の殺人発生率は人口10万人あたり6.8人で、英国の約6倍、これは日本の約30倍に当たると氏は言います。米国の最新の収監率は10万人あたり541人(世界第5位)で、180万人以上が刑務所に収容されている。一方、英国のイングランドおよびウェールズ地方の収監率は10万人あたり139人で、ドイツは68人、日本に至っては33人に過ぎないということです。

 米国の白人女性の妊産婦死亡率は、直近では出生数10万人当たり19人で、英国の5.5人、ドイツの3.5人、スイスの1.2人に比べて数倍から十数倍の高さ。黒人女性の妊産婦死亡率に至っては、出生数10万人当たり50人に迫ると氏はしています。また、米国の5歳未満児の死亡率は22年に出生数1000人当たり6.3人で、英国の4.1人、ドイツの3.6人、日本の2.3人よりもかなり高いということです。

 ウルフ氏はさらに続けます。国民の福祉の状態を示す最も重要な指標が平均寿命。米国は世界第48位の79.5歳で、中国の平均寿命(78歳)とほぼ同じ。英国とドイツは81.5歳、フランスは83.5歳、イタリアは83.9歳、日本は84.9歳と、他の先進国に大きく引き離されていると氏は説明しています。

 米国はGDP比で17%前後という他のどの国よりもはるかに多くの医療費をつぎ込んでいるにもかかわらず、貧弱な成果しか上げられていない。米国の繁栄は、こういった低福祉を強く示す指標と相まって、多くの矛盾をはらんでいるということです。

 このような(矛盾した)事態は、①大きな不平等、②個人の不適切な選択、そして③異常ともいえる社会的な選択の結果だというのが、ウルフ氏がこの論考で最も厳しく指摘するところです。例えば、米国には約4億丁の銃が流通しているという。これは正気の沙汰ではないと(米国以外に暮らす)多くの人が思うだろうと氏は話しています。

 私達(米国人以外)にとっての大きな心配は、このような米国社会の「病理」(とも見える弱肉強食の個人主義)が、経済ダイナミズムに必要な代償なのか…ということ。革新的な経済は、より調和のとれた健全な社会と結びつかないということなのかという疑問だということです。

 ウルフ氏は、トランプ氏の再登場は、米国の大きな不平等と低中所得層の不満が、「規制緩和と低税率を求める超富裕層」と、「自分たちがうまくいかないことへのはけ口を求めた低中所得層」の政治的な合流につながった結果ではないかと話しています。そして、もしもそうだとしたら、現在の脱工業化(製造業の重要性低下)と抑制なき金融の時代に、米国の活力の高さが(トランプ氏の台頭にみられる)新たな危険な扇動的独裁政治への移行を招いてしまったことになるということです。

 そうした中、結果として今後、この「トランプ主義」が、米国経済という金のなる木を殺してしまうのではないかという懸念を抱く人も多いと氏は指摘しています。

 これまで米国の繁栄と大国化を支えてきたのは、①法の支配、②政治的安定、③国民の一体感、④表現の自由、そして⑤科学的卓越性だった。一方、トランプ次期政権が進めようとしている①司法の武器化、②科学への敵意、③批判的なメディアを抑制しようとする試み、さらに④多くの憲法規範への明らかな無関心などは、米国を支えてきた(これら)壊れやすい概念を脅かす存在となる可能性があるということです。

 ウルフ氏によれば、米国の共和制は、欠点も含めて、おそらく世界史上最も顕著な成功例である由。しかし、その強みが今、弱みと組み合わさることで、築き上げてきたものを覆してしまう可能性があるというのがウルフ氏の見解です。

 歴史的な経緯や論理、そして科学をも否定する無茶苦茶な米国に、今後、世界は付き合っていかなければならないのか。(北極圏のグリーンランドやパレスチナのガザに暮らす人々も含めた)全人類が、米国色に染まったルール無用のジャングルに生活の糧を求めていかなければならないのか。

 (そうした事態を避けるためにも)我々は、米国から学ばなければならない。そして併せて、法が支配する民主主義の理想を重んじる人々は、それに対する心配もすべきだろうとこの論考をまとめるウルフ氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。


#2736 米国の繁栄と危うさ(その1)

2025年02月07日 | 国際・政治

 東西冷戦の終結から30余年、その強大な軍事力や経済力をもって「唯一の超大国」として国際社会や世界市場に君臨してきた米国。いくつかの地域紛争や経済危機を乗り越えながらも常に自身を更新し、いまだにその地位をゆるぎないものにしている姿は、まさに「奇跡」と言えるかもしれません。

 しかしその一方で、米国内では人々の経済的な分断が進み、人口の僅か1%の富裕層が国富全体の半分を保有しているとされるほか、国民の貧困率は14.5%(4530万人)と先進国の中では飛び抜けて高いのが現実です。

 低所得層の下位20%の家庭に生まれた子供の約4割は成人しても同じ所得階層のまま。逆に上位20%の富裕層の家庭に生まれた子供のやはり約4割が同じ富裕層に留まっているといった状況は、もはや「アメリカンドリーム」の崩壊を示唆していると言っても過言ではないでしょう。

 そうした中、国民の大きな支持を得て再び政治の表舞台に立つことになったトランプ大統領。「MAGA」「米国一国主義」の掛け声も勇ましく、米国の持つ国際的な影響力を駆使したディールで世界の指導者を揺さぶり、国民が希望を持てるダイナミックな社会・経済環境を取り戻そうということのようです。しかし、そのやり方が(行き当たりばったりで)統一性に欠け、なおかつ強引なだけに、果たしてうまくいくかどうか疑問視(というより「危険視」する)の声も上がっているところです。

 巨大なエンジンを全開にしたまま、その内部では大きく傷ついているようにも見える米国は、(目立ちたがりの)新しい船長の下で何を蹴散らし、どこに向かおうとしているのか。12月4日の英紙「フィナンシャルシャルタイムズ」に、国際ジャーナリストで同紙主任経済評論家のマーティン・ウルフ(Martin Wolf)氏が、『病を抱え繁栄する米国 活気と低福祉、表裏一体か』と題する論考を寄せているので、参考までにその指摘を小欄に残しておきたいと思います。

 米国の持続的な繁栄には正直、驚かされる。1人当たり実質所得が米国よりさらに高い西側諸国もいくつかあるが、高所得国な大国に限れば1人当たり実質GDPの平均は(米国の)それを下回っており、しかもこういった国々は、21世紀に入ってさらに米国に後れを取っているとウルフ氏はこの論考の冒頭に綴っています。。

 2023年のドイツの1人当たり実質GDPは米国の84%で、00年の92%から低下。英国のそれは米国の73%で、00年の82%から低下した。米国が大きく多様であることを考えれば、出遅れていた他の高所得国が追い上げると予想されていた中、その相対的な強さは注目に値するというのが氏の感想です。

 では、強さ理由はどこにあるのか? 驚くことではないが、米国経済は他の高所得国よりもはるかに革新的であり続けていると氏は言います。米国企業は欧州の企業よりも時価総額がはるかに大きいだけでなく、デジタル経済に著しく集中している。MITスローンスクールの首席リサーチ・サイエンティスト、アンドリュー・マカフィー氏は、「米国には、ゼロから起業した有望な新興企業が数多くあり、そして多様性に富んでいる。EUには単にそういったことがない。時価総額100億ドル(約1.5兆円)以上の米国の新興企業は、合計では30兆ドル近い価値がある。EUの70倍以上だ」と説明しているということです。

 さて、こうした(特にパンデミック以降の)米国の状況については、円安日本に暮らしていると実感としてはなかなか分かりづらい所がありますが、例えばOECDの統計によれば、2022年における米国の雇用者一人当たりの年間賃金(中央値)は7.75万ドル。日本円でおよそ1200万円で世界第3位となっており、日本の4.15万ドル(およそ650万円)の約1.9倍の高さです。

 もちろん一人当たりGDP(IMFデータベース)で見ても、米国の7.84万ドル(2023年)は、日本の3.50万ドルの約2.2倍の水準。世界には、一人あたりGDPで米国よりも生産性に優れた国はいくつかありますが、(ウルフ氏も指摘するように)これらは皆北欧などの人口が少ない国で、人口が数千万以上の国の中では米国がもっとも豊かであることは数字を見ても明らかです。

 一方、このように、(軍事力も含めた)国力で見ても、人々が生み出している富で見ても世界の中で飛びぬけた力を誇る米国が、暮らしてみれば決して楽園のような場所ではないことは多くの人が知るところ。次回は、米国での生活がもたらす、そんなサバイバルな側面を追っていきたいと思います。(→「#2737 米国の繁栄と危うさ(その2)」に続く…)