MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯784 インドでIT産業が栄えた理由

2017年04月28日 | 国際・政治


 トランプ米大統領の移民規制政策が地球の反対側のインドで懸念を呼んでいると、2月16日のCNNニュースは報じています。

 トランプ大統領が(高いスキルを持った外国人に対する就労ビザである)H1Bビザの取得を難しくすれば、IT分野で成長著しいインドのアウトソーシング産業に大きなマイナスの影響を与えるのではないかという不安が(インド国内に)広がっているということです。

 インド政府の統計によれば、ITアウトソーシング産業はインドのGDPの10%近くを占めており、世界のITアウトソーシング産業におけるインド企業のシェアは、既に半分以上となっている。売上高は昨年だけでも1500億ドル(約17兆円)に上り、そのうちの1080億ドルあまりは外国(主に欧米諸国)で稼ぎ出していて、国内外の被雇用者数も370万人に及んでいるということです。

 一方、米政府の統計によれば、米国のH1Bビザの申請者のうち70%がインド人のIT技術者で、もしも(トランプ政権により)規制が強化されれば、高いスキル持った技術者の不足により、IBMやマイクロソフト、アップルなどの米国のIT企業は大きな打撃をこうむるだろうとしています。

 こうした報道を待つまでもなく、インド人技術者たちが持つITスキルはもはや世界のIT産業になくてはならない存在だと言えるでしょう。彼らは、シリコンバレーを中心に世界各地でソフトウェアの開発に携わっているばかりでなく、(決して豊かでも静謐でもない)インドの諸都市にオフィスを構え、アウトソーシングにより世界企業の企業活動を支えています。

 インドでは、なぜこれほどまでにIT産業が発達したのか?

 インド人は特に数学の才能に秀でているからだという話はしばしば耳にしますが、2月22日の「ダイヤモンド・オンライン」では、代々木ゼミナール地理講師の宮路秀作氏が、「インドでIT産業が栄えた3つの地理的背景」と題する興味深い論評を掲載しています。

 氏は、インドにIT産業がもたらされた理由のひとつに、インドと米国との「時差」の存在を挙げています。

 世界地図を広げればわかるように、インドは国土の中央部を東経80度が通過しています。それは、米国の先端技術産業の集積地であるシリコンプレーンやシリコンバレーとの時差が、10~12時間となるということを意味しています。

 そのため、そうした地域で開発されているソフトウェアを夜にインドへ送れば、朝を迎えたインドで開発の続きを進めることができる。つまり、一刻を争う競争の中にあるシステム開発のアウトソーシングには、正にうってつけの場所だったということです。

 さらに、インドでIT産業が発達した理由の二つ目に、宮路氏は米・印の共通言語である「英語」の存在があるとしています。

 改めて説明するまでもなく、インドはかつてイギリスの植民地支配を受けていたため英語を準公用語としています。連邦公用語としてヒンディー語がありますが、実はヒンディー語は国民の41%しか話せず、国内の共通言語は基本英語に頼っているということです。

 このため、地球の裏側の米国との意思疎通は(他のアジア諸国と比べても)極めて容易で、そのことが現代のインドのソフトウェア産業発展の原動力となっているという指摘です。

 さらに(これが最も重要な理由なのかもしれませんが)、宮路氏はインド人の約80%が信仰するのがヒンドゥー教の身分秩序である「カースト制度」の存在を見ています。

 カースト制度では、バラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラという4つの「ヴァルナ」と世襲的職業身分集団である「ジャーティ」によって、就ける職業が厳密に定められているということです。さらに、細かく見れば2000とも3000ともいわれる身分ごとに職業は基本「世襲」とされ、若者は例え就きたい職業があってもインドでは叶わないことが多いとされています。

 しかし、近年の産業の発展にともなって、「IT産業」という、カースト制度には規定のない(新しいジャンルの)職業が登場することになりました。これによって、低いカーストのインド人にも、少しの運と才能、そしてたゆまぬ努力によって貧困から抜け出せるチャンスが訪れたと宮路氏は説明しています。

 こうしてインドでは、「貧困からの脱却」を胸に誓い、IT技術を習得するべく上位大学への入学を希望する若者が増えたということです。

 2012年のデータによると、国立のインド工科大学(IIT)の定員9590人に対して、受験者数は実に約50万6000人に達し、同大学を卒業したインドの若者の多くが、破格の給料を提示され、海外のIT企業で働いているということです。

 インドの人口は1950年以降、毎年1000万人から1500万人増加していて、人口抑制策にもかかわらず2005年には11億人を突破しました。平均年収はおよそ10万ルピー(約19万円)で、「大卒」の初任給は約2万5000ルピー(約4万2000円)と日本の5分の1程度の水準です。

 一方、米国Google社では、能力のある技術者には(新人であっても)1400万円もの年収を用意するということですから、破格の夢を求めて(貪欲に)海外に活躍の場を求めるインドの若者が多いことも頷けます。

 カーストから抜け出し、社会の古い秩序から這い上がるためには、まずは世界に通用する技術を身につけなければならない。厳しい環境に置かれた彼らの一人一人のそうした向上心が、現在のインドのIT産業を支えているということでしょうか。




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