MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2086 ジョブ型雇用とサラリーマンの生活

2022年02月11日 | 社会・経済


 1月18日に経団連がまとめた今年の春季労使交渉に臨む経営側の方針には、これまでの年功型・メンバーシップ型賃金制度に代わり、働き手の職務内容をあらかじめ明確に規定する「ジョブ型」の「導入・活用の検討が必要」と明記されているということです。

 昨年の報告では、「総合的に勘案しながら検討することが有益」との記載にとどめられていたジョブ型雇用について、今回はさらに踏み込み「主体的なキャリア形成を望む働き手にとって、ジョブ型雇用が魅力的な制度となり得る」と評価。各企業が自社の事業戦略や企業風土に照らし、ジョブ型の導入・活用を「検討する必要がある」と結論付けられています。

 近年よく耳にするようになった「ジョブ型雇用」とは、働き手の職務内容をあらかじめ明確に規定して雇用する形態のこと。事業展開に合わせて外部労働市場から機動的に人材を採用する欧米企業に広く普及している(「仕事主体」の)雇用形態です。しかしその一方で、当該業務自体がなくなれば担当していた人材は(企業の都合で一方的に)解雇される可能性があるなど、被雇用者にとっては身分や(生活給としての)収入の不安定さなどのリスクも指摘されているところです。

 日経新聞などを読むと、(「これからはもうこれしかない」といった感じで)祀り上げられている観のある「ジョブ型雇用」ですが、仕事がなくなればそれでさようなら、もう明日から来なくていいよなんて、雇い主ばかりに都合のいい働き方を本当に認めてよいものなのか。

 従業員にもそれぞれ人生や責任があり、仕事だけをこなす機械とはわけが違います。家族ができればお金もかかるし、人にはそれぞれ事情もある。そんなことを考えていた折、人事ジャーナリストの溝上憲文氏が1月26日の総合経済サイトPRESIDENT ONLINEに、「扶養手当、住宅手当…諸手当が"全廃止"される日」と題するレポートを寄せているのが目に留まりました。

 溝上氏はこのレポートにおいて、同一労働同一賃金法の施行をきっかけとした正社員の待遇の引き下げ問題について切り込んでいます。ジョブ型の雇用制度の導入に併せて一方的に正社員の労働条件を引き下げることは、不利益変更となり認められていない。しかし、現在多くの企業で導入が検討されているジョブ型雇用では、扶養手当や住宅手当などの属人的な手当を段階的に廃止し、職務内容に応じた基本給一本にすることが一般的だと氏は言います。

 ジョブ型雇用は職務内容を明確に記したジョブディスクリプション(職務記述書)に基き、担当する職務レベルに応じて支払われる「職務給」が支払われるもの。確かにそれは、必要とする職務を担うことに対する“仕事基準”で、人に仕事を当てはめる“人基準”の従来の日本型の人事制度とは異なるものだというのが氏の見解です。

 もちろん、職務が担えなくなったり、必要とされる職務がなくなったりすれば降格や減給も発生する。そして仕事基準である以上、年齢や勤続年数などの属人的要素を徹底して排除するのがジョブ型=職務給の前提だということです。

 大手企業で最初に仕事基準の完全職務給を導入したのが大手精密機器メーカーのキヤノンで、2001年に管理職に導入し、05年に非管理職も含めて一本化した。その際、賃金は職責・職務内容に基づく職務等級に基づくものとし、年功的な一律の定期昇給を廃止し、仕事と関係のない家族手当、住宅手当、皆勤手当などの属人手当も廃止したと氏はこのレポートに記しています。

 そして、キヤノンに限らず、ジョブ型導入企業のほとんどが家族手当、住宅手当、皆勤手当などの属人手当を廃止し、基本給一本に統一している。その基本にあるのは、処遇や報酬はあくまで担当業務に対して支払われるもので、本人の事情や自己選択で得た属性は、職務や成果とは関係ないという(まさに「ジョブ型賃金」の)考え方だということです。

 さて、(先ほどの経団連のレポートではありませんが)近年、ジョブ型導入に関心を持つ企業が増えていると、溝上氏はこのレポートで指摘しています。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの「ジョブ型雇用の実態調査」(2021年8月4日~8月31日)では、38.3%の企業が一部または全部にジョブ型人事制度を既に導入済と回答した。ジョブ型人事制度導入に向けたプロジェクトが稼働中・発足予定の企業は13.3%に及び、情報収集を行っている企業も含めると27.4%と関心を寄せる企業が増えているということです。

 もともと、家族手当や住宅手当などの諸手当は、少ない基本給を補う生活保障給でもあったと氏は話しています。様々な事情を抱える従業員に、まずは家族や生活を支えてもらう必要があった。意欲をもって(会社のために)働いてもらうには、必要なコストだったということでしょう。

 翻って現在はどうかと言えば、給与が何十年も上がらない現在の日本の状況は、当時と比べて(それほど)大きくは変わっていないのではないかというのがこのレポートにおける氏の認識です。実際、実質賃金は1997年をピークに低落傾向にあり、97年を100とした2020年の個別賃金指数は95にとどまっている。OECD(経済協力開発機構)諸国の平均賃金調査でも日本は35カ国中22位にまで落ちているということです。

 サラリーマンの生活は、決して楽になっているわけではない。そうした中、「ジョブ型導入」の掛け声のもと、家族を養い普通に暮らしを立てているサラリーマンの手当だけを削るようなさらに世知辛い世の中が、これからやって来ようとしているのでしょうか。

 諸手当があることで高い家賃や子育てにお金がかかる時期の生活をやり繰りしている人は多いはず。(労働市場がまだまだ買い手市場である現状では)それが剝奪されることで生活基盤が崩れる人は多いだろうとこのレポートを結ぶ溝上氏の指摘を、私もさもありなんと受け止めたところです。


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