MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2728 奪われた声を取り戻す

2025年01月30日 | 日記・エッセイ・コラム

 1月23日、アメリカ映画界で最高の栄誉とされるアカデミー賞の各賞の候補が発表され、ジャーナリストの伊藤詩織氏が監督を務めた「Black Box Diaries」が長編ドキュメンタリー賞の候補になったとの報道がありました。

 同作品は、伊藤氏がテレビ局の元記者に性的暴行を受けたとして訴えた民事裁判について(伊藤氏みずからが)関係者に取材を重ね、真相に迫る中で日本の司法制度のあり方を問う長編ドキュメンタリー。ノミネートの報に接した伊藤監督は、「性暴力のサバイバーとして、また、権力によって沈黙を強いられているすべての人に希望をもたらすもの」として受け止めるとし、「声を奪われてきた人々、そして今もなお声を上げ続けている世界中のすべての方々に、この瞬間を捧げます」とコメントしています。

 「声を奪われてきた人々の声を取り戻す」…(確かに)そもそもメディアとは、そういう大きな使命を担う存在であるはずです。今回の映像化に関しても様々な困難があったようですが、たった一人で「世の中」に立ち向かった伊藤氏の勇気が、世界中の人々の心を動かしたということでしょう。

 そうした中、やはり意識せざるを得ないのは、(先日の)長時間にわたったフジテレビの記者会見の様子です。テレビの画面に延々と流れる会見の映像。質問する側、される側も含め、そこに(ある意味「情けない」)姿をさらしたメディアに携わる人たちは、(胸を張るために)これから一体何をすべきなのか。

 1月28日の情報サイト「Newsweek日本版」に、フリーライターの西谷 格(にしたに・ただす)氏が『中居正広は何をしたのか?真相を知るためにできる唯一の方法』と題する論考を寄せているので、(参考までに)指摘の概要を残しておきたいと思います。

 「やり直し」で注目されたフジテレビの記者会見で、幹部たちは「中居正広は何をしたのか」という核心部分への明言を、女性の保護、被害者のプライバシー、守秘義務を理由に意図的に避けた。そんな会見を見ていて分かったのは、「加害者は被害者を利用する」ということだと西谷氏はこの論考の冒頭に記しています。

 それは「プライバシーの悪用」と言ってもいい。被害者のプライバシーを盾として使い、自己保身に走る。中居正広もフジテレビ幹部も、その点は完全に同じだったというのが氏の認識です。

 中居正広は被害者に何をしたのか。幹部たちは最後まで明言を避けたが、全体的な文脈から考えて、被害者視点では性加害があったと考えるよりほかない。もちろん、性加害があったかどうかは現時点で断定はできないが、疑惑であることすら明言を避ければ、結局は中居正広の「罪」を覆い隠し、利することになってしまうということです。

 では、どうしたら良いのか。今、私たちがすべきなのは、(まずは)被害に遭った本人に声を取り戻してもらうこと。言い換えれば、自由に発言できる状態になってもらうことだと氏は話しています。

 被害女性はこれまでも週刊誌の取材に応じているが、中居正広が何をしたかという核心部分には一切触れていない。双方の交わした示談書のなかに口外禁止条項が盛り込まれているからだろうが、中居正広もまた、これを盾に一切の説明責任を放棄し、公の前から逃げてしまっているというのが氏の見解です。

 もしも、ここで中居正広が何をしたかについて被害女性が声を上げれば、示談書に規定された守秘義務違反に当たるだろう。そうなれば、中居正広は被害女性に対し損害賠償を求めるかもしれないし、訴訟になれば、裁判所も一定金額の損害賠償を認めざるを得ないだろうということです。

 しかし、それが何だというのか。中居正広が被害女性に賠償金を要求するのであれば、フジテレビこそ(それができなければメディアにかかわる人全体で)肩代わりすべきではないかと、西谷氏はここで厳しく指摘しています。

 性被害に遭った人が「匿名」を求めるのは当たり前のこと。残念ながら、現在の日本社会は被害者に対する差別が横行している。ネット世界は言うまでもないが、(特に性被害などでは)現実社会でも被害者は色眼鏡で見られ、生活にさまざまな不都合が生じてしまうというと氏は言います。

 理想を言えば、世の中は性被害にあった人間が実名で被害を公表しても、何一つ不利益を受けることのないものであるべきだし、勇気のある人間しか被害を言い出せない今の世の中自体がおかしいのは当然のこと。

 しかし、現実社会では、被害者は匿名でなくてはさまざまな差別や誹謗中傷を受けることになり、不利益が生まれる。悲しいことではあるが、被害者の匿名性を守ることは絶対に必要だというのが氏の感覚です。

 そうした中、現実的には中居正広が損害賠償まで請求するとは考えにくいが、(それでも)「身銭を切ってでもあなたを守る」という世論や具体的な動きが背景にあるだけで、彼女の精神的負担はかなり軽くなるだろうと氏は話しています。

 (少なくとも)「匿名であれば自分の受けた被害を語ってもいい」と考える人は、少なからず存在する。実際、新聞テレビなどでも匿名であれば報道されるケースが多いということのが氏の見解です。

 そこで今回の事案について。被害女性が「私は匿名であっても、何をされたか言いたくない。世の中の人に何も知って欲しくない」と望むのであれば、私たちは真相を知ることをあきらめなくてはいけない。だが、「匿名性が担保されるなら、中居正広が私に何をしたのか知って欲しい」と少しでも思うのであれば、その声を聞かなくてはいけない。(少なくとも)被害者の発言権を取り返さなくてはいけないと氏は指摘しています。

 中居正広は「国民的アイドル」という権力者にほかならない。そしてその中居正広が、金の力に物を言わせて被害女性の口を塞いだというのは、既に事実として公表されている事実だと氏はしています。そもそも示談に応じなければ良かったと言う人もいるかもしれない。しかし、心身に傷を負いながら権力者にたった1人で立ち向かうことは、とてつもない困難だったに違いないということです。

 そこで私(←西谷氏)が言いたいのは、「被害者が声を上げる自由を奪うな」ということ。中居正広が被害女性に対してかけた呪い、すなわち口外禁止条項が枷になってはいけないと氏は話しています。このままでは、中居正広が何をしたのかは当事者にしかわからない。「示談書で約束したので言えません。本当は言いたいけど、言えません」ということは、あってはならないということです。

 当初、権力や組織の理不尽な仕打ちに声を上げようとした人が、(最後は)力によって黙らされた…ここまで社会に広がった(ある意味「ポリティカル」な)問題を、こんな形で終わらせて本当に良いものか。

 状況は異なるにせよ、力の前で、同じような困難に追い込まれている弱者はほかにもたくさんいることでしょう。今回の問題に関しては、今後、第三者委員会によって色々なことが明らかになるよう願うばかりだが、(そのためには)まず、中居正広がかけた呪いを解かなくてはいけないとこの論考を結ぶ西谷氏の指摘を、私も重く受け止めたところです。



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