MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1256 「一人メシ」と孤独

2018年12月27日 | 社会・経済


 テレビドラマ「孤独のグルメ」(テレビ東京系)が韓国で人気を集めているとの報道がありました。

 9月3日には、世界のテレビドラマの中から優れた作品を表彰する「ドラマアワーズ」の授賞式がソウル市内で開かれ、韓国で最も人気がある海外ドラマとして同作品が招待作品部門賞を受賞したということです。

 韓国で食事と言えば、たくさんのおかずに囲まれて大勢で食べることが普通とされ、一人での食事を嫌う文化があると言われてきました。実際、私の経験でも、ソウルの飲食店などで一人でお膳に向っているお客さんを見かけることはまずなかったと言ってよいでしょう。

 しかし、そうした韓国でも1人世帯の増加などの影響で5年ほど前から孤食ブームが徐々に広がり、(単身化で先行する)日本発の「一人メシ」の企画が共感を集めるようになったと報じられています。

 既に日本では、これまで大勢でやることが「当たり前」とされてきたものが、どんどん「独り」の世界に入り込んでいます。一人居酒屋や一人焼肉、一人カラオケばかりでなく、消費者のニーズに合わせた形での一人ファミレスや一人キャンプ、一人ディズニーランドまでもが盛況を見ていると伝えられてされています。

 そうした傾向は、昨今の日本で(いわゆる)「孤独本」が空前のブームとなっていることからも見て取れるかもしれません。

 書店に平積みされたベストセラーのタイトルを見てもわかるように、昨年7月に発売した五木寛之氏の『孤独のすすめ』は30万部を突破し、下重暁子氏が今年の3月に上梓した『極上の孤独』は27万部と版を重ねています。

 そうした両書の読者層は(おそらく)60代以上が中心と考えられます。人生のステージの変化によってそれまでの家族に囲まれた生活スタイルに変化の兆しを感じ取り、孤独を身近に受けとめ始めた団塊の世代を中心とした人たちだということです。

 彼らはある意味孤独を恐れるとともに、肯定的に向き合うための前向きな努力を始めているということかもしれません

 もちろん、「孤独」に対して、「コミュニケーションができない人」とか「淋しい人」などのマイナスのイメージを抱く日本人も多いでしょう。しかしその一方で、「孤独」を「自由」で「孤高」で「自立」していて「カッコいい」と感じるセンスも、昭和生まれの彼らの中には当然あると思います。

 人気のあったテレビドラマではありませんが、群れることを嫌い(周囲への忖度など気にしないで)己の能力と強い意志を頼りに自分の道を貫く。いつも孤独で、理解されることを求めないからこそ、ハードボイルドの「強がりの美学」はあるということでしょう。

 前述の下重暁子氏はその著書『極上の孤独』(幻冬舎)の中で、「孤独を味わえるのは選ばれし人」「孤独を知らない人に品はない」「素敵な人はみな孤独」と述べています。

 孤独を知らない人は、「個」が育たないから個性的になれない。人と群れる、人の真似をする、仲間外れになることを恐れる、物事に執着する。そんなことをしていれば「個」は育たず、魅力的にもなれないということです。

 こうして、昭和の競争社会を生き抜いてきた人たちが「独り」であることを正面から受け止め積極的に楽しもうとする機運が高まる中、(その一方で)平成生まれの若者たちは「ぼっち」を恐れ、「つながり」を求めて空気を読みながら日々を過ごしているとの指摘もあります。

 (最近はあまり聞かなくなりましたが)一時、若者たちの間に「便所飯(べんじょめし)」なる言葉があることを、メディアがしばしば紹介していました。

 「便所飯」とはトイレの個室で食事をする行為を指すもので、一緒に食事をするような親しい友人のいない学生や女性が、一人で食事をする寂しい姿を知り合いなどに見られないよう人目を避けて(トイレなどで)食事を取る姿を指すものです。

 場所はトイレに限らず、屋上や階段の踊り場、公園のベンチなどの場合もあるようですが、他者の評価を気にして一人ぼっちの姿を見られたくないという現代人の傷つきやすいナイーブな感覚を表象する姿として話題となりました。

 精神科医で評論家の町沢静夫氏はこうした行動を「ランチメイト症候群」と名付け、一人で食事することへの恐れと、食事を一人でするような自分は人間として価値がないのではないかという不安によるものだと説明しています。

 学校や職場で一人で食事をすることはその人には友人がいないということ。友人がいないのは魅力がないから。だから、一人で食事すれば、周囲は自分を魅力のない、価値のない人間と思うに違いない。

 こうした考え方が恐れと不安を誘発し、さらに、断られることを(「価値のない自分」の証明として)恐れているので自分から誰かを食事に誘うこともできない。そうしたループが、ランチメイト症候群を抜け出しにくいものにさせていると町沢氏は考えています。

 個人の存在意義を他者からの「承認」に見出す世代にとってのランチは「誰と食べるか」が重要で、「孤独のグルメ」に共感し「便所メシ」に違和感を禁じ得ない世代にとってのランチは「何を食べるか」が重要のようです。

 両方とも一人を選んで食事をとることに変わりはないのですが、「孤独」というものに向き合う感性が、(個人が)育ってきた社会の在り方によって大きく違うことを改めて感じさせられた次第です。




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