MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯283 人はなぜ「共感」を求めるのか?

2015年01月12日 | うんちく・小ネタ


 英語圏において「sympathy(同情・共感・共鳴)」という単語は、(昭和30年代からのロングセラー「試験に出る英単語」で最上位のひとつにランクされていることからも判るように)社会生活上最も必要とされる感情を指す極めてポピュラーな言葉として知られています。

 他者との間で喜怒哀楽などの感情を共有する(できる)という能力は、(基本的には)人間に本能的に備わっていると考えられているようです。しかし、例えば反社会性人格障害やサイコパスの症例に見られるように、遺伝的または生育環境などにより本質的な「共感の欠如」が生じる場合があることも広く知られています。

 現在、多くの学説において、「共感」は人間の進化した神経基盤の下で発達した統合的な感情機能と考えられています。しかし、他方で、共感などによる利他行動全般は社会報酬を最大にするような行動として選択されるもので、経済行動と同一の枠組みで説明できる(心理的な行動だ)とする考え方(社会交換理論)も根強いようです。

 人間は本来的に他者から「共感」を得たり、他者に対して「同感」を求めたりする存在であることは広く知られています。20世紀のアメリカで活躍した心理学者アブラハム・マズローは、有名な「欲求5段階説」において「承認の欲求 (esteem)」を人間の基本的欲求の4段階目に位置するものとして挙げています。

 他者から理解されたい、同意されたい。そして認められたい、賛辞を得たい。そうした共感や同意によって得られる心の動きは、例え相手を自分の思いどおりに行動させたいという動機がなかったとしても、また、同意によって得られるメリットが何らなかったとしても、人間に大きな満足感をもたらすものとして知られています。

 さて、12月2日のダイヤモンド・オンラインでは、この「なぜ人は互いに同感を求めて発言したり行動したりするのか?」という疑問に対し、徳山工業高等専門学校准教授で、自ら哲学者として「哲学カフェ」を主宰する小川仁志氏が論評を加えています。

 小川氏によれば、「国富論」で知られる18世の経済学者アダム・スミスは、人間を「複数の人間(他者)の同意を前提とする間主観的な存在、あるいは社会的な存在」と定義づけたということです。

 それでは、此処で言うところの「他者」とは一体どのような存在なのでしょうか。

 フランスの思想家エマニュエル・レヴィナスによれば、他者とは「自分の中に取り込むことのできない絶対的に異なる存在」だということです。しかし、果たしてそんな他者の気持ちを私たちはどこまで理解し、同一化できるのか…小川氏の問いかけは続きます。

 小川氏によれば、アダム・スミスは、「想像の産物と異なり、実際の身体に関する事柄の場合、(人間は他者の中に)完全には入り込めない」としているということです。

 そして、本当の意味での他者との感覚の一体化が望みえない以上、共感や同感がもたらす「快感」というものは、自分の気持ちと他者の気持ちが重なり合う、シンクロする状態(擬似的な一体感)が引き起こす一種の興奮なのではないかと小川氏は見ています。

 シンクロ状態は、時として「拍手」で表現されたり、一斉に起こる笑いや感嘆の声で表現されたりする。小川氏によれば、人はその感嘆の程度によって共鳴の度合いを測り、それが大きければ大きいほど嬉しい気持ちになるということです。

 さて、日本人はおとなしいので、人前で感情を露わにすることが苦手だと言われています。しかし、いいと思ったら口に出す、拍手する、立ち上がってスタンディング・オベーションをする…こうした行為の一つ一つが相手に共感を伝え、確認する手段である(そして双方の感情にとって大きなメリットがある)ことを強く意識すべきだと小川氏は言います。

 そうでないと、相手に喜んでもらえたのかどうかがわからない。アダム・スミスはその気持ちを「相互的同感の快楽」と呼んで、こうした感情の呼応がさらに大きな感動を相乗的に育むとしているということです。

 経済学上、個人は基本的には利己的なものとして位置付けられています。しかし、「共感」や「同感」という他者との関係性に着目することで、人間が本能的に複数の人の間の同意を必要とする(渇望する)間主観的な存在、あるいは社会的な存在であることが見えてくると小川氏は言います。

 簡単に言うと、人間は利己的な存在である一方で、時として「他人からよく思われるように行動する(してしまう)」存在でもある。そして、だからこそ人間社会は理屈抜きで面白いとする小川氏の見解を、この論評において私も興味深く読んだところです。




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