6月29日の「Newsweek日本版」に掲載されていた、米スタンフォード大学博士研究員の新妻耕太氏による解説(「ワクチンが怖い人にこそ読んでほしい-1年でワクチン開発ができた理由」)を、前回に引き続き追っていきたいと思います。
ここまでのレポートで「免疫の仕組み」を簡単に押さえてきましたが、さて、ここでようやく「ワクチン」の登場です。氏によれば、こうした免疫記憶の形成を、(人為的にリスクを減らして)感染を模倣する形で誘導するというコンセプトで生まれた予防薬が「ワクチン」だということです。
これまで一般的だったワクチンには、「生ワクチン」と「不活化ワクチン」の二種類がある。どちらも病原体そのものを材料にしていることが特徴で、生ワクチンは症状を起こしにくい弱毒化株を、不活化ワクチンは病原体を薬品で殺したものを使用したものだということです。
しかし、これらのワクチンの生産には病原体そのものの大量生産が必要となる。新しい病原体の工業生産技術自体を開発することから始める必要があるので、多大な時間とコストがかかってしまうと氏は言います。そこで、(パンデミック収束のため)1日でも早くワクチンを開発する上で注目されたのが、病原体そのものではなくトゲ(スパイクタンパク質)のみにターゲットを絞って免疫記憶を誘導する手法だということです。
しかし、スパイクタンパク質の合成には大量の細胞を用意して、設計情報(遺伝情報物質)を細胞内部に届けて合成するというステップが必要で、これもなお多大な時間とコストがかかってしまう。このため白羽の矢が立ったのが、遺伝情報を持つmRNAだけを私たちの体に届けて、私たちの体内でスパイクタンパク質を生産し、それに対する免疫応答を誘導するmRNAタイプのワクチンだというのが氏の解説するところです。
この手法については、①ファイザー・ビオンテック社やモデルナ社によりすでに工業的な大量生産技術を確立されていたこと。②それを用いたワクチン技術の開発は10年来行われてきていたこと。そして、③新型コロナウイルスによく似たSARSの原因ウイルスの基礎研究知見が蓄積されていたこと、などの条件が重なった結果、驚くほど素早く開発が行われたというのが氏の認識です。
さらにアメリカでは、トランプ前大統領がワープスピードで製薬会社に対する莫大な投資を行った。アメリカの感染大流行により臨床試験の進行が早く、いくつかの段階の動物実験や臨床試験を同時並行で行えたこと、ワクチンに関する審議を優先的に行ったことになどもあって、開発からたった1年で緊急使用許可が下りるに至ったということです。
一方、mRNAは非常に構造が不安定な物質なので、接種後数日間もたてば分解されて消失する特徴を持つと氏は言います。さらにはmRNAが私たちの遺伝子を組み替えることは原理上(万に一つも)起こり得ないので、子や孫といった次世代の影響を心配する必要もないというのが氏の見解です。コロナワクチンに対してしばしば聞かれる風説に「遺伝子が置き換わる」「不妊になる」というようなものがありますが、(なので)こうした心配は原理上全くの杞憂だということです。
一方、mRNAワクチンの特徴として、構造の不安定さから超低温での保管が必要となる短所が挙げられると、氏はこの論考に記しています。mRNAワクチンは、十分な免疫の誘導に2回の接種が求められるため、この特性は、冷凍設備を整えにくい新興国の人々へ届ける上での大きな障壁となりうるということです。
因みに、氏によれば、アメリカでは2月27日にジョンソン・エンド・ジョンソンが開発した1回の接種で済み冷蔵庫での保管が可能なアデノウイルスベクターワクチンの緊急使用許可が出されたということです。これは、mRNAの代わりに、私たちの体に病気を引き起こさないようにしたアデノウイルス(←普通の風邪のウイルス)にスパイクタンパク質の設計情報を搭載し、私たちの細胞に輸送するタイプのワクチンだと氏は説明しています。
こうした様々な特徴を持つワクチンが、接種者の条件や接種環境に応じて用いられることによって、集団免疫の獲得が現在よりもさらに進んでいく可能性があるというのが氏の期待するところです。
さて、(そうは言っても)集団免疫獲得のハードルとなっている「ワクチン忌避」問題の解決には、(結局のところ)幼少期からの科学教育を充実させ「知らないから怖い」を自ら解消できる科学・医療リテラシーを育む必要があると、新妻氏はこの論考の最後に綴っています。ワクチンを接種を広めるためには、ワクチンが感染症の予防に効果をもたらすシステムをきちんと理解し、自ら納得することが何より重要だということでしょう。
ワクチンは病気になる前に使用する予防薬であることから、打つことによるメリットがデメリットを必ず上回るものしか承認されない。不安を煽ったり否定するのではなく、フェアで正しい情報を各々が手に入れることで正しい判断ができる環境が整うことを心から祈っているとこの論考を結ぶ専門家としての氏の指摘を、私もしっかり受け止めたところです。
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