Red Mitchell Quartet (Contemporary)・RED MITCHELL
「マスター、また新入りが入ったのよ」
ドアをけたたましく開けて入ってくるやいなや、スミちゃんが切り出した。
カウンターの端っこの定席につくと、少々困った表情を浮かべたものの言葉は軽やかだった。
「例によって撮影で遅くなって帰ると2時頃になっちゃってさ、タクシーを降りてふと見ると、三毛の仔猫が捨てられてたの。ミャーミャー鳴くもんだから仕方なく抱き上げたら早速名前を考えてるのよ、私って。商店街の模造の桜の下にいたから、サクラってつけたわ」
「じゃ、寅の妹の出来上がりってことだね」
トラという名の縞猫がいるのを知っている夏原は、フーテンの寅になぞらえたのでスミちゃんが大笑いした。
「そんなつもりはなかったんだけど、わりといい線いってるわね」
「これで何匹目なの」
スミちゃんは、無言で五本の指をひろげた。
「扶養家族が増えてますます大変だわよ。全部健康でいてくれたらいいけど、猫の病気は高くついちゃって」
相槌を求められた夏原は、テーブル席で眠るトミーに目を向けた。
「そうなんだよな。行きはよいよい帰りはこわいだよ。それでも、飼いたくなる魔力が猫にはあるよね」
それならばと、夏原はレコードを一枚引き出した。猫ジャケで愛好者の多いレッド・ミッチェルのコンポラ盤だ。
「正直これはジャケットの魅力で買ったレコードだよ。しかし、この気負いのない淡々としたベースは心地よく耳に入ってきて、人柄を感じさせるよね」
「ピノキオみたいな鼻だけど、この猫を見るまなざしは猫好きに違いないと思うの。ミッチェルはピアノも上手よね」
「そうなんだ。パシフィック・レーベルの『モデスト・ジャズ・トリオ』として吹き込んだ盤は渋くて好きだね」
夏原はそれも引き抜いて、カウンターに並べた。
「猫の話題だから、今日はやはり猫のミッチェルをかけよう」
「この店に来るきっかけになったのも猫だったわね。あの頃いたペッパーが窓際で寝ている姿がとても可愛いかったのが、今でも眼にやきついて忘れられないわ」
「もう20年になるね。スミちゃんがまだ十代だった」
「他に客がいる時には言わないでよ」
真顔になったので、スミちゃんも歳を気にするようになったのかと、歳月の早さを感じずにはいられなかった。
「思えばその時、たまたまうちに入ったのがジャズを聴くきっかけだった」
「猫とジャズって、つながりがあるのよ、きっと」
「ジャズメンをキャットと呼ぶ隠語があるくらいだからね」
トミーが目を覚まして、大きく延びをした。すっかりジャズ喫茶の猫が板についてきた。
「丁度良かったわ。トミーにもお裾分けしようと思って、おいしいカリカリを持って来てるのよ」
スミちゃんは勝手知ったる我が家のように、シートの下にある皿を取り出してキャット・フードを入れた。
「さあ食べてトミー、おいしいよ」
「ありがとう」
猫の取り持つ縁もまんざらではないなと、夏原は心のなかで感謝した。こんな店でも自分を慕って毎日のように通ってくれる。体力と気力の続く限りは、皆の期待に添わねばならないと思わずにはいられなかった。