The Message (Jaro)・J R MONTEROSE
「この商売をながくやっていると、色んな客が来るもんだよ」
「どんな、聞きたいわ」
スミちゃんは、カウンター越しに身体を乗り出してきた。
たてたばかりの香ばしいコーヒーを置いて、かけ終わったレコードを棚に収めた夏原は、J・R・モンテローズの『ザ・メッセージ』をターン・テーブルにのせた。
「初めての客だったんだがね。風体から明らかに全共闘の学生だった。ついさっきまでデモに参加していてそのまま流れてきたという感じだったよ。駿河台下でやってた頃は全共闘がよく来たんだ。犬猿のセクト同士がかち合うと、店内で小競り合いを起こすこともあったよ」
「ふーん」
「その学生は大きなバッグを持っていてね。恐らくさっきまで被っていたヘルメットや角材なんかも入っていたんだろうね」
スミちゃんはコーヒーをひと口すすると、
「あの頃は、毎日のようにデモがあったそうね」
「そりゃ、すごかったよ。歩道のコンクリート・ブロックをはがしては、小さく砕いて機動隊に投げつけていたもんだ。商店はデモがあると早々とシャッターを降ろしていたからね」
「それでどんな客だったの」
「誰かを待っているようだった。ドアが開く度に顔を向けていたからね」
一曲目の独特なイントロダクションが流れ出た。
『ストレート・アヘッド』だ。ただただ、やみくもに突っ走る学生のエネルギッシュな無鉄砲さにも似て、モンテローズのテナーは息せき切って吹き進む。闘牛士の赤布めがけて突進する闘牛のごとくだ。
焦りや苛立ちで鬱屈した学生運動のジレンマを、このテナーは代弁しているようにも聴こえた。
「文字どおりストレート・アヘッドね」
スミちゃんがテナーの音に共鳴するかのように言った。
その時、スピーカーから大きなノイズが走った。一瞬それを懐かしむような表情で夏原は語りだした。
「最初聴いた時、これが気になったんだ。頭に一撃喰らったような音だろ。今ではこのノイズさえ曲の一部のような感じさ」
「これもアナログの持ち味ってことよね」
レコード好きのスミちゃんが、当然ながら肯定した。
「とうとう待ち人来たらずで、その男は閉店まで眠りこけたままだった。4時間くらいいただろうか。仕方がないので
起こすと金がないと言うんだ」
「帰るに帰れなかったわけね」
「その学生はバッグからレコードを取り出して、後日必ず持ってくるからこれを置いておくというんだ。信用するからいいと言ったんだが、いやに潔癖なところがあって聞かなかった。それが今かかっているレコードさ」
「ということは」
「そうさ、それ以来姿を見せなかった」
夏原は所々折れ目がついたジャケットを見入りながら言った。
「大切にしていたレコードだったんだろうな。これをかけるとあの時代がこのテナーとダブって仕方がないんだ。どうしたんだろうな、あの全共闘は」
取りに来なかったレコードは40年の歳月を経て、時にはあの頃のように雄叫びをあげる。傷んだままのジャケットが痛々しい。
夏原は、ぽつんと寂しそうな顔をした。
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