Tommy Flanagan Torio Overseas (Metronome)・TOMMY FLANAGAN
「いいねぇ、ここ」
『エクリプソ』でフラナガンのピアノの導入部に入った時、ヒゲ村が唸った。
「ベース、ドラムに続いて、ポロンポロロンと小間切れに入って来るこの音が何ともくすぐるんだよ」
「ほんといいわね。私も大好きなのよ。最後にもやるわね」
スミちゃんも同感らしい。
「このレコードは、フラナガンがJ.J.ジョンソンのコンボにいた時、スウェーデンへの楽旅の際トリオで吹き込んだものなんだ。フラナガンの名を冠した初めてのレコードが畢生の名盤になったんだね」
原盤は相当な高値で取引され、一部のマニアのコレクションの対象になっているのだ。夏原の店にあるものは、プレスティッジからLP盤として再発されたものの日本盤だ。
「このジャケットもいいデザインよね。タイプ文字を使ったタイポグラフィーが素晴らしいわ」
「でも、OVERSEASとするべきところをSEASが抜けているのはどういうことなんだろうね」
ヒゲ村が不思議そうに言った。
「Cの文字を海のイメージにしたための処理かもしれないわ」
「海のイメージとするなら、SとすべきなのにどうしてCなんだろう」
カラヤンも加わり発言した。
「その点はボクも疑問に思っていたところなんだ。もしかしたら海じゃないかもしれないし、どうしても知りたかったらデザインした当のエズモンド・エドワーズに聞くしかないね」
夏原が笑いながら言った。
「出だしで好きなのはパシフィック盤の『グランド・エンカウンター』の1曲目だよ。ビル・パーキンスの圧倒的な存在感を感じさせるテナーは突出していて、これが一番だよ」
カラヤンは少し興奮気味に手振りを交えて喋った。
「たしかに『ラブ・ミー・オア・リーブ・ミー』のパーキンスは素晴らしいね」
夏原は干し藁に横たわる女性のジャケットを取り出して言った。
「タイトルとはあまり関係ないけどこの写真がまたいいね。それとどういうわけかウエストとイーストのミュージシャンが合流した作品は出来のいいものが多いね。普段のやり慣れた仲間と違って、いい意味の緊張感がそうさせているのかもしれない」
「ガーランドと演ったベッパーの『ミーツ・ザ・リズム・セクション』もそうだし」
ヒゲ村が知識のあるところを披露した。
「私はソニー・クリスの『サタディ・モーニング』。これに入っている『エンジェル・アイズ』のバリー・ハリスのイントロね。前から好きで、何故か哀愁があって胸にぐっとくるものを感じるわ」
「そういえば以前よくリクエストしていたね」
夏原はその頃のスミちゃんを想い出していた。何か思い悩んでいるといった時期だったのかもしれない。田舎に帰るかもしれないと洩らした事もあった。いつも明るく振る舞っていたが、人に相談できない何かがあったのだろう。いくら気安い間柄とはいえ、店主と客じゃ入り込めない一線があるものだ。
「マスター、終わったよ。パーキンスかけてよ」
カラヤンが待ちきれなかったとばかりに催促した。
「やっばりフラナガンが一番だ」
いらつくカラヤンを尻目に、ヒゲ村が満足げに自己採点した。
腹の底から一気に鬱憤をはらすかのようなパーキンスのテナーが飛び出した。カラヤンの気分を代弁してくれるその音に合わせ、小躍りするような彼のアクションはどこかで見た指揮者のようだった。それに引っ張られてヒゲ村も同調したので、店内のボルテージはどっと上がった。
「ところでマスターのイチ推しは」
マイクを差し出す振りをしてインタビューの真似事をする、スミちゃんの声は明るかった。
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