Blue Pearl (Blue Note)・BUD POWELL
〈45r.p.m Limited Edition〉
「相撲行ってきたのマスター」
ヒゲ村が飛び込んで来て早速聞いた。
「ああ行ったよ、ありがとう。休業日と合った時に行っとかなきゃ、次は何時行けるかわかんないからね。花見も兼ねてよかったよ」
「久し振りの息抜きだったね」
「ここに一日いてみたらいいよ。いやになっちゃうよ。そうも言ってられないからやってるけどね。それはそうと、面白い事があったんだ」
夏原がパウエルの『ブルー・パール』を取り出して言った。
「同じ『クレオパトラの夢』が入っている、有名盤の方の『ザ・シーン・チェンジス』があるだろ。相撲場の入口でそれを待ち合わせの目印にしている外人の男がいたんだ」
「あれ、そんなのあったの」
ヒゲ村は話よりもレコードに興味を示し、ジャケットを手に取って見つめていた。
「限定もので45回転だよ。珍しいだろ」
夏原はプレーヤーにレコードを置いて、ツマミを動かし回転数を変えた。速いスピードで盤が回った。
「当たり前の話だけど同じ音だね」
ヒゲ村が大きなあくびをしてから言った。夏原は話題を続けようとした時、スミちゃんとマジ村が同時に入って来た。
「あら、ノリノリね。きのう店を出る後姿をちらっと見かけたわ。奉納相撲へ行ったのね」
いつもの席に着くと、スミちゃんらしい第一声を放った。
「今その話をしていたところなんだ。相撲よりも話が別の方向に行っちゃってね」
ヒゲ村がその事を、スミちゃんとマジ村に耳打ちした。
「結局、その外人は相撲も見ずに待ちぼうけをくわされたようなんだ。レコードがどういう意味を持っていたんだろうね」
誰に聞くともなく夏原が言うと、ヒゲ村が発言した。
「面識のない人と相撲を見る事になったので、パウエルのレコードを待ち合わせの目印にしただけじゃないのかな。なぜ、パウエルのレコードなのかはわかんないけど。他の物でもよかったのかもしれないし」
話題をいち早く察した、スミちゃんが割って入った。
「レコードを目印にしたというのは、やはりそれ自体に意味があると思うの。私の想像ではたぶん女性、それも日本人女性とどこかで知り合って、相撲見物をすることになったのよ。その間にジャズの話が出て、初心者の女性にレコードをプレゼントする約束でもしたと思うの。それで目立つように掲げて、外人特有の演出効果をねらっていたんじゃないのかな」
なるほどと声が出たなかで、マジ村が発言した。
「ボクもレコードに意味を持たせたと思います。しかし、それはタイトルにその鍵があるような気がするんです」
「タイトルにですか」
ヒゲ村が気がつかなかったという顔で言った。
「つまりシーン・チェンジスとは、場面転換というような意味なので、それを発信したかったんじゃないでしょうか。例えば一緒に旅行していた同伴者と大喧嘩してしまい、相手がホテルを飛び出してしまった。一緒に相撲見物の予定をしていたので、必ず現われると思って行ったんです。仲直りしたいという思いをシーン・チェンジスという言葉に託したかったんではないでしょうか」
「銀行員にしては想像力に富んだユニークな解釈だね」
「マスター、その言い方はないですよ」
夏原自身が見た印象では、どの意見とも違うような気がしていた。あの表情から察すると、もっと何か大きな理由があったような印象を受けた。でなければ相撲も見ないで2時間以上もあの目立つ格好でいるだろうか。
だが今となってはあの謎めいた行為の理由を聞く術もない。
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