日産自動車を退任した後はどうするか、とよく聞かれる。私が退任した後も、日産とルノーのアライアンス(提携)は続けていけるか、という質問も多い。後者については、もちろんイエスだ。
日産とルノー以前にアライアンスという発想は自動車産業には存在しなかった。業界再編には合併か買収かしか選択肢がなく、アライアンスは我々が18年かけて発明した独特の形態だった。
振り返ってみよう。再編に成功して、長く成長を続ける自動車メーカーは我々以外にあっただろうか。我々は、2つの企業が独立を守りつつ、部品調達や技術開発では1つの企業のように力を合わせることが可能なのだと証明した。競争の激しい業界で、アライアンスに参加するすべての企業が効率的に成長できる道も示すことができた。
もちろん、誰にも未来は予測できない。ひょっとしたら、日産とルノー、ルノー・日産アライアンスの3つのトップを現在の私のように1人で務めるのではなく、別々のリーダーで分担する日が来るかもしれない。だが、1つ言えるのは、ルノー・日産アライアンスのトップを私1人で務めるのは、今日この時点で、最も機能する経営形態だということだ。
永遠に続けないといけないものではない。将来のことはそれぞれの取締役会が個別の判断で決めるべきことだ。
次はどんな人物が日産の経営を担うのか? 私がするのは、候補者にはどんな資質が必要かを説明することだ。具体的に誰にするかを決めるのは取締役会である。ただ、選ばれる人はもちろん、変革に対応でき、成長を持続させられる人だろう。
では、私が日産を卒業したら、何をするか? 色々考えている。計画も色々あるが、人生は計画通りにはならないものだ。恐らく、子供や孫と過ごす時間が長くなるだろう。知的な活動にも積極的に参加していると思う。教鞭(きょうべん)をとるのもいい。
ビジネスの経験を生かし、人をサポートする仕事にも興味がある。色々な企業、機関、組織から今でも依頼をいただくが、これ以上は仕事を増やせない。だが、いずれは可能になる。私の活力の源泉は常に「学びたい」という意欲である。
住む場所は1カ国ということはないだろう。複数の国にいる。ブラジル、レバノン、日本、フランス、米国。それぞれに愛着があり、1国で引退することなど考えられない。色々な場所に移動していることで私は落ち着くのだ。
私はグローバル化を信じている。保護主義的な動きも出てきたが、グローバル化が止まることは、多分ない。我々はそこから得られる利益がいかに大きいかを常に訴え続けないといけない。
未来がどうあろうと、日本には頻繁に足を運んでいると思う。来日から18年、この信じがたいほどすばらしい国からは多くを学び、私は明らかに違う自分になった。日本はもう、私のアイデンティティーの一部だ。
私の半生を皆さんと振り返ることができたことにお礼を申し上げたい。これまでの歓迎とご親切には感謝の気持ちでいっぱいである。
(日産自動車社長)
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Nikkei Asian Reviewに掲載の英文はこちら(日本語の内容と一部異なる部分があります)http://asia.nikkei.com/Features/Carlos-Ghosn
=おわり