動物カフェが浮き上がらせる「生き物展示」のジレンマ
猫カフェ、フクロウカフェ、爬虫類カフェ……さまざまな生き物を扱う「動物カフェ」が増えている。そうしたなか、猫を劣悪な環境で飼育していたなどとして、猫カフェが行政処分を受けた事例もある。動物カフェとはどんなところなのだろうか。そもそも、生き物を展示するということはどういうことなのか。実際の店舗や獣医師、動物園など動物カフェの“周辺”を歩いた。(ライター・福島奈美子/Yahoo!ニュース編集部)
「日常のしがらみを忘れさせてくれる」
東京・吉祥寺駅から徒歩1分。商店街の雑居ビルの一室にある、広いリビングのような空間。
「中の子が逃げないようにドアはそっと開けてくださいね」と猫カフェ「きゃりこ」のスタッフに招かれ店に入ると、一匹の猫がすり寄ってきた。中の壁、棚、床には十数匹の猫。会社帰りの女性や、大学生らしい若いカップルが、猫を眺めながらくつろいでいた。
「都会では住宅環境や仕事の事情で、猫を飼いたくても飼えない、という人も多い。そういう人たちにとっては猫とふれあえる貴重な場所になっていると思います」
同店を経営する福井隆文氏は語る。
「日常のしがらみを忘れさせてくれる場所」といった感想を持つ人も多いという。利用客からは「1週間に1度だけ、自分ひとりの時間をゆっくり過ごしたくて」「ここにいるときは何も考えなくていい。猫を眺めているだけで、ほっとするんですよ」といった声が寄せられると福井氏は言う。
「以前、アンケートをとったら、自宅で家族の介護をしている人が一番多かった、ということがありました」
環境省によると、猫カフェは全国で314店舗(2015年10月時点)ある。人気を集める一方で、ずさんな管理を行っていた店舗が行政処分を受ける事例も起きている。
2016年4月、猫を劣悪な環境で飼育していたなどの理由で、東京都は墨田区の猫カフェ「ねこのて」に対して30日間の業務停止を命じ、同年6月には、改善が見られなかったとして動物取扱業の登録を取り消した。新聞各社の報道によれば、同店では猫が繁殖した結果、一時約30平方メートルのスペースで62匹が飼われ、そのうち多くの猫が感染症にかかっていたという。
「(同店は)例外的にひどかった例で、多くの猫カフェではきちんと管理を行っていると認識しています」
猫の里親募集活動を行う、NPO法人東京キャットガーディアン(東京都豊島区ほか)の代表、山本葉子氏はそう話す。一方で、適正に管理されず「消極的虐待」と呼べるような状態の店がまったくないわけではないという。そうした悪質な店に対する情報が寄せられることもある。
悪質な事例を減らすにはどうしたらいいのか。山本氏は民間団体を活用した制度づくりに期待を寄せる。
「今の日本社会では『行政の判断にまかせる』という意識がまだまだ強い。しかし自治体の対応を待っていては手遅れになるケースもある。例えばイギリスやアメリカでは、動物虐待を犯罪として取り締まる“アニマルポリス”と呼ばれる民間団体があり、行政機関から法執行に近い権限を与えられています。極端な多頭飼いやネグレクト(飼育放棄)の疑いがある家や店舗があれば、すぐに通報されます」
人間側のリスクと生き物側のリスク
田園調布動物病院の院長・田向健一氏は、「数年前から、動物カフェのスタッフが患畜(動物の患者)を連れてくることがぐっと増えた」と話す。訪れる患畜は爬虫類やうさぎなどさまざまだ。いずれも近隣の動物カフェから検診や診療目的で定期的に訪れるという。
田向氏は、動物カフェの運営について「バックヤード」の重要性を指摘する。
「生き物の展示を行うカフェは、近距離で動物とふれあうため、排泄物を介したヒトへの病原体、寄生虫の感染症の危険性が、動物園と比べてより高い。動物の健康管理と衛生管理が最も重要な点だと思います。生き物は定期的に検診を受けさせる必要がありますし、具合の悪い個体は展示空間とは別のバックヤード(隔離施設)に移して、治療と休養に専念させなければいけない。地代の高い都内では、スペースが限られていることも多いでしょう。しかし、きちんとしたバックヤードの設置は人間にとっても、動物にとっても非常に大事なことだと思います」
実際の猫カフェのバックヤードは、どうなっているのだろうか。
冒頭の「きゃりこ」吉祥寺店のバックヤードを見せてもらった。同店では25匹、系列の新宿店は47匹の猫がフロアに“常駐”している。
閉店後にすべての猫を移動させているほか、病気や怪我で治療中の猫は終日バックヤードで休ませているという。約40坪(約132平方メートル)のフロアの4割ほどを占める空間には猫用ケージが整然と並び、猫用トイレや掃除用具などが置かれていた。バックヤードの清掃は日に一度行っており、ケージ内もスタッフが定期的に消毒しているという。
同店を経営する福井氏は、同業者の行政処分について「すべての店が管理体制やフロア環境の改善を見直す良いきっかけになった、とも言える」と話す。これからは、猫カフェ全体の質が向上していくだろうと前向きに捉えている。
経営は決して楽ではない
イグアナや中南米産のトカゲなど、珍しい種類の爬虫類を眺めながら、お茶を飲める爬虫類カフェ「横浜亜熱帯茶館」(横浜市中区)を経営する長野睦氏はこう話す。
「申請許可のハードルが高い分、きちんと管理している経営者が多いと思います。それから、お店同士の横のつながりがあるので、こまめに情報交換をしていることもいい方向に働いているのかもしれないですね」
今でこそ、爬虫類カフェは都内に何店舗かあるが、5年前に同店がオープンするときは都内はもちろん、国内でまだ前例がなかったという。
爬虫類は、サルモネラ菌感染のリスクが高い。オープン時には、サラダなどの生ものや手で食べる軽食の提供を控えること、エサとして生きた昆虫を扱わないことなどを保健所に細かく指導されたという。テナント探し、許可申請、生き物仕入れなどの準備に追われて、オープンするまでには丸1年ほどかかった。
爬虫類とふれあう“放し飼いエリア”と飲食スペースは、仕切りと扉によって分けられている。入る時は手をアルコール消毒するのが決まりだ。子どもにもわかりやすいようにと、「手の洗い方」をイラスト化したポスターも目立つ場所に張っている。
「爬虫類は経営自体も大変。生き物の入手ルートを探すだけでもひと苦労ですし、幅広くて深い飼育知識がないと世話もできない」
爬虫類は変温動物であるため、夏は冷房、冬は暖房が欠かせず、高額の光熱費がかかるという。
定休日でもエサやりは欠かせない。加えてフロアの清掃、具合が悪い個体がいないかのチェック、客への店内でのルール説明……通常の飲食店に比べて人件費は高くつく。また、病気や怪我をしたときの治療、定期的な検診など生き物の数に比例して医療コストがかかる。
長野氏は強調する。
「生き物を扱うカフェ、特に飼育が難しい生き物は、カフェであると同時に、小さな動物園のようなもの。ビジネスとしてやっていくには情熱と、お金と、それから覚悟が必要です」
「見たい」と「隠れたい」のせめぎあい
猫カフェを含むさまざまな動物カフェは、新しい業態だ。そもそも生き物を展示するということはどういうことなのか。都立動物園として歴史の長い井の頭自然文化園(東京都・武蔵野市)の広報を務める大橋直哉氏は「動物にとってどんなに居心地のいい環境を整えたとしても、動物園は『動物を展示する場所』という前提がくつがえることはない」と話す。
「来園者たちは動物を見に来ているので、動物が生活する様子を“見たい”。しかし、多くの動物は本能として、できるだけ“隠れたい”。動物展示は常にそのせめぎあいです。見せるだけなら、何もないのっぺりとした部屋で飼育した方が動物はよく見えます。でも、動物にはストレスフルですよね。かといって、生き物がほとんど見えないようでは、動物園の意味はない。ですから、木を植えたり窓の空いた小屋を設置したりといった工夫を重ねて、展示の目的と動物たちの居心地をギリギリのバランスで両立させているんです」
動物のストレスや居心地を判断することは簡単ではないと大橋氏は言う。
「意思疎通ができるわけではありませんから、毎日観察する中でしぐさや食欲、常同行動(目的がはっきりしない行動が繰り返されること)の有無などによって、動物の状況を判断するしかないんです。それに、居心地のいい環境というのは、必ずしも“種類”によっては決まらない。“個体”によって違う。もちろん、犬猫、ヤギやモルモットなどの家畜化された生き物は人に慣れやすい、といったことは言えます。しかし、そこにも例外はある。ですから、動物を扱う側は、『猫は夜行性だから』『この種類は人に慣れているから大丈夫』というように“種”によって判断するのではなく、それぞれの性質を見極めて、個々に合った環境を整えていく必要があります」
「生き物展示」に内在するジレンマは常に感じている、と大橋氏は力を込める。
「動物園にいる生き物を『かわいそう』と感じる人もいるでしょう。ただ、夢を壊すような話かもしれませんが、動物園はつきつめていけば、もともと『珍しい動物を集めたい、間近で見たい』という人間の欲求から始まった施設です。一方で、動物たちを実際に見たり、ふれあったりすることで、人間の人間以外の生き物に対する想像力を養うなどの教育的な意義も、動物園にはあるんです」
福島奈美子(ふくしま・なみこ)
1979年生まれ。神奈川県出身。編集制作会社勤務を経て2010年よりライターとして活動。暮らし、カルチャー、ビジネスなどの分野で取材・人物インタビューを行っている。
[制作協力]
夜間飛行
[写真]
撮影:岡本裕志、福島奈美子
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝