Nanaさんのコメントにシプリナの両親のことが出ましたので9月3日に見たモスクワ音楽劇場(通称ダンチェンコ劇場)のこけら落しガラのことをUPします。
正確な名前はダンチェンコだけでなくもう1人K.S STANISLAVSKOVAの名前も冠しているのでMoscow Music Theather named after K.S. Stanislavskova and Bl. N. Nemirobiya-Danchenkoとかいうやたらと長い名前でとても一々読んでられませんのでダンチェンコで通じるようです。
この写真の前列中央辺りに上半身をはだけた姿の男性がシプリナの父親Victor Dikです。父親にしてはえらく若いと思われるでしょうが40歳を超えているとのバレエ通の話でしたが但しシプリナとは血は繋がっておらずシプリナは母親の連れ子とのこと。シプリナとこの父親は大の仲良しとか。
ダンチェンコ劇場はモスクワ市の劇場、ボリショイは国ということでモスクワっ子には庶民的で料金も安くオペラも主にロシア語でやってくれるダンチェンコというのは庶民の人気高い劇場だそうですが2度の火災で長年Closeしていました。9月2日のモスクワの日に合わせてこのガラコンサートを9月2日、3日の両日にかけてやったもの。
3日のことも当方全く知らなかったのですがバレエ通の人に誘っていただき見ることが出来ました。モスクワのバレエ団ではボリショイに次ぐLevelとのことでしたが確かに随所にその片鱗を見ることが出来ました。
出だしは白鳥の湖のコール・ド・バレエが一寸久しぶりにみんなで揃って踊った為かそろっていなくて残念でしたがその後にやたらとがたいの良いOdetteが出てきたかと思うと足元おぼつかずなにやってるのと思いきや要するにオペラ歌手がOdetteだったのですね。一寸バレエを踊るのは無理な体勢でした。
父親Dikのバレエはモダンバレエの部類で床を転げまわったりでしたが中々見事な踊り。
この写真中央の黒髪白シャツで片手上に上げてる人、G.スミレンスキーかな~違うかな~?
ドンキのチュチュの人、リドフスカヤ?と思ったけどちと違うような。ここの指揮者、感じよさそうですね。
そう、日本語訳の正式名称はスタニスラフスキー&ネミロビッチ、ダンチェンコ記念モスクワ音楽劇場バレエ団とかいうのです。スタニスラフスキーは、「俳優修行」の著者で演劇の演技理論”スタニスラフスキー・システム”を樹立した人の名ではないかと。
ここのバレエ団としても「演劇的要素も重視してみました」ってとこでしょうか。今は知りませんが、昔は日本では、「ボリショイはアカデミックでインテリ好み、ダンチェンコは大衆的で親しみやすい」てな言われ方でした。実際には、バレリーナの脚、足が凄くきっちり立って、アプロンとかしっかりしてるのがボリショイ、でも人が選抜されすぎてて、ザハロワみたいな凄い美人がなかなか上がってこられないのがボリショイ、表現、パートナーリング、役づくり、アンサンブル、舞台の楽しさでは、ダンチェンコにはボリショイにない良さがある日もある、といった印象でした。ボリショイのアカデミズムに慣れた人には、(技術面でバレエの基礎がしっかりしてる)ダンチェンコはかなり落ちて見えるみたい。
ここのブログ、以前にロシア旅行者の方が書き込みされてましたが、その頃、ここの劇場は、きっと地方都市まわりをしてたんですよね。ここさえあれば、おすすめできたのに、ざんねん。
ボリショイはいまでこそインターネット購入、管理人さんのような親切な水先案内人もあり、ダフ屋にぼられずにすみますが、90年代にロシアに住んで観てた知り合いたちには、ボリショイはチケットとれにくく値段も高く、清貧学生、強物旅行者には、モスクワではダンチェンコなどが都合がよかったようです。ボリショイが好きだった知人はリッチOL系でした。
前の日記に名の出ている、ダニーラ・コルスンツェフも、確か元はモスクワ・クラシックバレエ団にいたと思います。(その後キーロフ移籍して出世。今のキーロフの男性はよそから移籍組が多いですね。)ここはダンチェンコよりレベルが下がるとかで、ここだと、ちょっとキビシイようでしたが。でもマラーホフはこのバレエ団の出身で、のち西側に出て大活躍。
ダンチェンコは2度劇場に火事があり、地方周りしてたため、私が知ってるようなダンサーたちが今どうなってるのかわかりませんが。世代交代の時期かもしれませんが、面白いバレリーナが何人かいて、オクサーナ・クズメンコというワガノワ出身のテクニシャンなど、今後も注目してました。美人じゃないけど笑顔美人。回転は昔のステパネンコ似の美しさだがステパより白いバレエ向き。他に美人のプリマもいた。
ディクは数年前なら、Lunch on meetingで、ご婦人方に喜ばれる人だったかもです。これも残念。昔は美男ダンサーであれでもジークフリートが得意だったのです。エカテリーのママ・シプリナとは愛し合った表現が凄くよかった。今のボリショイにはいない位、「白鳥」「ラ・シル」で恋愛の感じを出してました。きっとペルミではもてもてだったんだろうな~と思われる人で、若い時のウヴァーロフより女の子に囲まれてモテモテ状態の対応は得意そうだった。
ウヴァーロフは若い時は、すれてなくて女の子に囲まれてサイン求められて困惑ぎみで、凄く真面目そうな青年でした。もちろん今は時間外営業に慣れたようですが。20代当時は有名な愛妻家(?)でした。彼が来るなら、初演したカルメンのホセ役の話とかどうでしょうね。昔ジゼルのアルブレヒト役の解釈、熱弁ふるってた時ありましたけど。日本の観客は気づいてないけど、日本でゲストで出た時、いつもちゃんとそれぞれの台本読み込んで来てるように見えます。子供が大好きな人。
う~ん、meeting、ウヴァーロフの代わり?に、ご婦人方には、誰あたりが良いんでしょうかねえ。フィーリンとか?フィーリンは20代当時、「ボリショイバレエ団内ではもてる人」といわれていた。今は誰が人気があるのかな?ルスラン?(違うか)
脱線しましたがダンチェンコ情報どうもでした。
何時もながら色々教えていただき深謝。
ハイ、ドンキのチュチュの人はナタリヤ・リドフスカヤです。一幕目の最後を飾った踊りで中々素敵でブラボーの嵐でしたよ。