貧者の一灯 ブログ

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貧者の一灯・歴史への訪問

2022年10月07日 | 貧者の一灯








   







ある夜の事、あこや姫が琴を弾いていると、
♪ピーヒャララ と、どこかからか素晴らしい
笛の音が聞こえてきました。  

あこや姫がその笛の音色に聞き惚れて、
思わず琴の手を止めると、その笛の主で
ある若者が姿を現して、こう言いました。

「私は、名取の左衛門太郎という者です。
あなたの琴の音に惹かれて、 ここまで
やって来ました。

さあ、あなたの琴をお聞かせ下さい」
「はい。それでは、ご一緒に」  

それからというもの、あこや姫が琴を
弾き始めると、若者は笛を吹きながら
現れるようになったのです。  

そんなある日の事、今日も笛を吹き
ながらやって来た若者が、沈んだ表情
であこや姫に言いました。

「実は私は、千歳山の老松なのです。

明日、私は、流された名取川の橋材
として切り倒される事になったのです。
ですから、もうここには来られなく
なりました」  

若者はそう言って悲しくほほえむと、
すーっと、煙のように姿を消してしまい
ました。  

次の日、あこや姫が名取川に行ってみると、
左衛門太郎が言っていた通り、村では
名取川の大橋が洪水で流されていて、
その代わりに老松が切られる事になって
いたのです。

「そんな・・・」  びっくりしたあこや姫が、
その老松の所へ行ってみると、すでに
老松は切り倒された後でした。  

けれど不思議な事に、村人たちが
その老松を運ぼうとしても、老松は
見えない根でも生えているかのように、
びくとも動かないのです。  

けれど、あこや姫が老松のそばに来て、
切られた老松に手をかけると、今まで
びくともしなかったのが嘘のように、
老松は動き出したのです。  

それから数日後、あこや姫は老松が
切られた場所に若松を植えて、万松寺
を建てて菩提を弔ったのです。  

やがてこの松は、『あこやの松』と
呼ばれるようになり、あこや姫と老松が
最後に別れた峠を、『笹谷峠』と
呼ぶようになったそうです。 …









日本の伝統家具を知っている人は少ない。 

福井県鯖江市に一軒の表具店がある。
商号は「紅屋紅陽堂」。

日本でただ一軒、油団を作ることが
できる職人、牧野さんの店である。  

油団を知ったのは、井戸理恵子さんらが
執筆・編集された「職人(三交社)」という
本だった。

そこには滅び行く日本の伝統職人芸が
美しく描かれており、その一つに油団が
あったのである。  

油団は数枚の和紙を重ねながら
糊のついた独特の刷毛で叩きながら
丹念に作っていく。

紅屋紅陽堂の離れの作業場、そこは
夏の強烈な暑さでむせ返っているが、
そこで牧野さんは淡々と作業を繰り返す。  

そしてできた新品の油団はそれほど
優れているものではない。

でも、それを10年、20年と使い込んで
行くうちに世にも珍しい一品になる
のである。

北陸の夏の暑い日、油団のうえに
そっと 腰を落とした。

ヒヤッとする風がその部屋を吹き抜け、
真夏の一瞬の涼しさにホッとする。

う、この油団という傑作は「熱伝導率
が高く、柔軟性があり、上品な芸術品」
なのである。

油団を見たことも聞いたこともない人は、
「アルミのように冷たく、真綿の座布団
のように柔らかく、そしてなめし革の
ような光沢」 と想像して頂ければ良いだろう。  

エアコンのない時代、夏になると子ども
がこの油団の上でゴロゴロしたと言う。
そうだろう。このヒヤッとした感覚は
たまらない。  

日本にはこのような素晴らしい伝統材料
がある。何のエネルギーも使わず、真夏
というのにお隣さんに熱風を吹き付ける
現代のエアコンのような、ヒートアイランド
現象も起こらない・・・

そういう冷房装置があったのである。  

でも、一頃は全国で30軒もあった油団を
扱う商店はエアコンに駆逐され、今では
紅屋だけが残った。

その理由は、油団よりエアコンの方が
安く、手間が掛からないからである  

油団は環境に優しい。そして上品である。
心も豊かになり、自然の風の中で涼むの
だから健康にもよく、冷房病にもならない。

だから、環境を大切にする日本人は
油団を使うべきである。    

でも、エアコンは10万円で買うことが
できるが、油団はその2倍以上はする。

エアコンはスイッチを切ればそれで
終わりだが、油団は夏が終われば丁寧に
豆腐で絞った布で吹き上げなければ
ならない。  

油団は季節感を感じることができる。

それでもそれは現代では面倒なこと
なのである。  

私は日本に油団があることを誇りに
思う。そこに日本人の知恵、日本人
の自然に対する深い愛情を感じる
からである。

この素晴らしい伝統を次世代に
伝えたいと思っている。…