私の祖母の生まれ故郷は、本州から少し
離れた離島で、そこで畜産や農業を営ん
でいたと言います。
主に牛や鶏といった家畜を飼っており、
市場で売却して生計をたてていました。
私は祖母との会話が好きで、よく話を
していました。
その中でも印象的だったのが、なぜ祖母
が鶏肉を嫌いになったのか、という理由
でした。
家畜は自分の家で食べる事もあったらしく、
下処理は自分達でやるのだそうです。
祖母が直接処理していた訳ではありませんが、
その過程を目にしてしまう事がしばしばありました。
ある日、小学生だった祖母が学校から
帰ると家に誰もいません。 納屋で作業
でもしているのかな、と思い覗いてみると、
祖母の父親が鶏の血抜き作業をして
いたそうです。
ぐったりしている鶏の首を切り落とし、
逆さまに吊るして干す。 見慣れない
祖母にとっては、生涯忘れられない
光景だったと言います。
食卓にはその鶏と思われる肉が出る
のですが、思い出すと箸が伸びず、
大人になっても祖母から進んで鶏肉
を口にすることはありませんでした。
祖母にとっては衝撃の体験でしたが、
そもそも命を頂いて動物は生活して
います。
それを強烈に自覚出来た事で、
祖母は命や食事の大切さをよく、
他者に力説していました。
そんな祖母は母性が強く、顔が広い
だけでなく動物からも好かれるようで、
常に何かしらの生き物を飼っていました。
「勝手に転がり込んでくるんだけど、
見過ごす訳にはいかないからね。」
そう言って、熱心に動物の世話をして
いました。
私もそんな祖母が大好きでしたが、
一つだけ信じられない話を聞かされた
事があります。
祖母がもうすぐ成人になろうかという頃、
もう今からかなり昔の事です。
牛舎では出産のため、父親と母親が
付きっきりで母牛を見守っていたそうです。
そんな中、祖母や他の家族が家で
くつろいでいると、父親が真っ青な顔で
駆けつけて叫びました。
「…くだんが出た!」
急いで皆が牛舎へ向かうと、母親が腰を
抜かしたのかへたり込んで、牛の居る方を
凝視しています。
視線の先には、生まれたての子牛が
居ました。 しかしその顔が、まるで人間の
それだったというのです。
牛舎は閉鎖され、出入り出来るのは
父親のみ。
電話が無かったので電報を打ち、数日後
にはどこの誰か分からない大人が大勢車で
やって来て、牛舎で何やらやっていたそうです。
そして父親と話し込んだ後、嵐が過ぎ去った
ように帰ったと言います。
後に牛舎を見てみると、くだんも母牛も居なく
なっていました。
「もうこの土地は売り払い、別の場所で
生活する。」
父親が言うには、引越しの費用や移転先
の良い話を頂いた。 何も心配はいらない、
新しくやり直すとの事です。
誰も反対するはずもなく、祖母達家族は
生まれ故郷を出て、今の場所へ移ったのだ
そうです。
さらに驚く事に、くだんを見てから祖母には
予知能力が付いた、というのです。
ですがそう言う割には、私が祖母に将来の
事を聞くと適当にはぐらかされたり、全く
かすりもしません。
嘘だと思いたかったのですが、稀に身形の
きちんとした大人が数人、祖母の元を訪れ
ていました。
そして何故か、祖母はお金持ちだったのです。
くだんといえば、必ず当たる予言を残す
妖怪として知られています。
動物好きな祖母に、その能力が移った、
とでもいうのでしょうか。
今では祖母や近縁の親戚も他界し、
私の両親にも生前尋ねてみたのですが
「そんな話聞いた事もない。」 の
一点張りでした。
信じられない話ですが、私にはあの祖母が
嘘をついている、とも思えないのです。 …
会社から月100万円の接待交際費
「あの時は、マンションをプレゼントすれば、
自分の元から彼女が一生離れないだろう
という根拠のない確信があったんです。
さすがに貯金を崩すと妻にバレてしまう
ので使えませんが、 自分には自由に
使える月100万円の交際費があったので
気が大きくなりました」
専務だった田中氏は、会社から月100万円
の接待交際費が毎月渡されていた。
毎月使う必要はなく、2000万近くたまって
いたという。
田中氏のデート代やプレゼント代は
すべてこの支給された接待交際費で
賄っており、使用する際には領収書の
提出が会社から義務づけられていたが、
下請け企業の知り合いに「お願い」を
したりして、白紙の領収書をかき集めて
つじつまを合わせていた。
田中氏が女に購入したマンションは
郊外に建てられたもので1500万程度
だったが、「取引先に頼んで領収書を
たくさん切って貰えばなんとかなる」と
考えたそうだ。
「マンションを買ってあげればホテル代も
必要なくなりデート代も浮く」
「ストックしていた交際費が無くなるから、
事情を察してプレゼントもねだってこない
だろう」という都合のいい皮算用も働かせた。
もちろん、そんな事はあり得なかった。
「マンションを買ってあげても、
おねだりは無くなりませんでした。
毎月の交際費100万円のほとんどは
彼女との『交際費』で消えていきました。
さすがに怖くなってきてショッピングデート
をしているときに『もう残高もないんだ』って
打ち明けました。
彼女は『だったらもういい。帰る』と
拗ねてしまった。
引き留めようと手をつかむと『私は
弄ばれた。あなたの会社に全てを
話すわ』と言い出しました」
流石に田中氏も頭にきたようで、
「毎月100万円近く使っているのに、
横領までしろというのか!」と怒鳴り声
をあげ、震える拳を必死に抑えた。
身の危険を感じた女は、怒鳴られた
事に対して逆ギレして、その場を
走り去って逃げたそうだ。
そして本当の修羅場が始まる。
「その日は、有休を使ってデートを
していたので、私は時間を潰してから
帰宅したのですが、
彼女は私と別れた後、そのまま私の
会社に出向き、すべてばらしてしまい
ました。
証拠として、ベッドの上で撮った2人の
ショットだけでなく、2人のマンションや、
白紙の領収書を撮った写真までメールで
送ったそうです」
当然、社内で大問題となった。
交際費が渡されなくなり、会社中で
噂のネタにもなり、田中氏は大勢の
冷ややかな目に晒されるようになった。
しばらくすると会社から田中氏の提出
した領収書と、使用したとされる交際費
には「矛盾がある」と突きつけられて、
翌月には北海道に左遷を命じられた。
解雇されなかったのは、会社側の
最後の配慮だろう。
そして当然だが妻には配慮され
なかった。 「家族に土下座をして
全てを話しました。
結婚していた娘には呆れられ相手にも
されず、妻は無言で出て行ってしまった。
私に激怒してくれた方がまだ言い訳も
できたかも知れません。もしかして和解
の余地があったかも知れません」
その後、田中氏は左遷先で、20代前半
の社員の雑用係として働かされ、屈辱な
毎日を送った。
会社には居づらくなり結局、退職をした。
職を失い一家離散。残ったものは
絶望だけ。
「愚かな話ですが、妻と娘に絶縁されて
やっと、大切だったはずの自分の居場所
を、自分自身の手で壊してしまったこと
に気が付きました。
娘や孫と一緒に楽しそうに出かけている
同年代の男性をみると、涙がでてきます」
最初は小さな火遊びのつもりだった
としても、人生の終盤を台無しにする
こともある。お気を付けて。 …