貧者の一灯 ブログ

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貧者の一灯・漢の韓信シリーズ

2022年10月17日 | 流れ雲のブログ










   









第二章:呉の興隆  算すくなきは勝たず

「やり過ぎだ。いくらなんでも愛する人の首を
斬るなど……あまりにひどい。

君は、人としての感覚をどこかに捨て去って
しまったのか」  伍子胥は、孫武を問いつめた。
その口調には、落胆が窺える。

「君の口からそのようなことを聞かされるとは
思っていなかったぞ。君こそ、復讐の鬼だろう。

いまはおとなしくしているらしいが、その実は
潜伏しているだけだと聞いている」

「いくら私でも、わけもなく人を殺したりはしない」  
孫武は、その伍子胥の言葉に笑った。

「私だってわけもなく殺したのではない。
呉王にわからせるためだ。

よいか、王さまなんてものは、人の犠牲の
上に立ちながら、 そのことを意識もせずに
生きていられる唯一の存在なのだ。

人心を得る王は早いうちにそのことに気付くが、
気付かない王はいつまでたっても人心を得ない。

呉王は幸運だったよ。偶然にも、私にその機会
を与えたのだからな」

「呉王のためだと言うのか。では君は、 自身の
行為が誤っていないと胸を張って言えるのか」  

伍子胥は孫武の言い分の図々しさに呆れ
ながら、諦めずに問うた。

しかし、この言葉は意外にも孫武の胸を
打ったようである。

「相手を屈服させるに戦わないことを最善と
しているこの私が……好き好んで人を殺め
ようと思うはずがないだろう。

なにも私は、 ふたりの寵姫を斬る過程を
楽しんでいたわけではない。しかし、私が
あえてそうしたのは、

軍事というものが……人に命じて危地に
立たすということが、 あのようなことである
ことを王に自覚してもらいたかったからだ。

私は、実のところ仕官などしたくない。王が
私のあのような行為に嫌悪を抱き、 軍事
そのものを放棄することを願っているのだ」  

孫武は吐き捨てるようにそう言った。

それは本心かもしれない。しかしもしそうで
あったなら、伍子胥の意図とは明らかに
相反するものであった。

「私がそうさせない。 君は、いずれ任官
することになる。王が軍事を放棄したら、
我々呉国の領土は必ずや楚に併呑される。

私は、そんなことはさせないぞ」  
そう言い残し、伍子胥は席を立った。

孫武はその姿を目で追いながら呟く。
「ふん……人殺しめ」  

その言葉は、伍子胥が近い将来、多くの
楚人を殺すつもりであることを批判したもの
である。

しかしそれは、自分自身を賤しめるもの
でもあった。 …

「飯がまずく感じる。ひどく味気ない」  
闔閭は常に傍らに侍らせ、食事の際には
給仕させていたふたりの寵姫がすでに
この世にいないことを嘆いた。

「あの孫武とかいうへぼ学者め……
どうしてくれよう」  

そう言いながらも、闔閭は孫武の行為の真意
を読み取ろうとしていた。  

この喪失感。……先に専諸という忠臣を失った
闔閭であったが、そのときに抱いた感情とは、
やや異なる。  

大事なものを失ったことには変わりはなく、
その違いを事細かに説明することは難しい。

が、 あえて言うならば、ふたりの寵姫を失った
今回の出来事は、 始終懐に温めていた宝物を、
ある日突然なくしたような感覚であった。

失うことを前提に大切にしていた専諸の場合
と違い、その喪失感の深さは自分でもはかり
知れない。

「この苦しみを乗り切れない者は、戦を仕掛ける
べきではないというのか。だがしかし、必ず勝つ
と決まった戦いをすれば、何も失わずにすむ。

あの男は、その方法を知っているというのか……」  

闔閭はそれからひと月ほど悩み続け、
孫武を再び宮殿に招いた。


※  
包胥は奮揚と紅花を誘い、川に沿って散歩
に興じた。 「しばらくの間、道場を引き払って
郢に居を構えようと思う」 と口にした。

散歩に付き添っていたふたりは、驚いて顔を
見合わせた。

「お兄さま、太后さまが心配でそのようなことを?」  

紅花は尋ねたが、包胥はそれに微笑でしか
答えようとしなかった。

「違うみたいね」  紅花は、傍らの奮揚に
向けてそう言うと、肩をすくめる仕草をした。

しかしこのとき、 彼女はすでに本当の理由
を察していたのである。

「呉軍が郢に侵攻してくる日が近づいている
……そうお考えなのですね」

「そうだ」  包胥はそう返事をすると、川を
眺めながらため息をついた。

「この前の戦いで我々は蓋余がいよと属庸
しょくようのふたりを虜にしたが、彼らの話に
よれば、呉の宮廷に動きがあったらしい。

呉王僚が暗殺されたそうだ」

「……暗殺!」  奮揚にとって、その語の放つ
響きは、 いまいましいものであった。

かつてそのことに嫌悪感を抱きながらも
実行したという事実が思い出されるばかりか、
それに失敗したことへの自己嫌悪が重なり、
言葉を聞いただけでも落ち着いていられ
ない気持ちになる。

「宴会に招かれた呉王僚は、その場で刺殺
されたそうだ。これに替わって呉王となった
人物が、闔閭という。

その闔閭が行人の官(宰相のこと)として選ん
だのが、伍子胥だそうだ」 「…………」  

包胥の言葉に、奮揚は絶句した。ついに
あの伍子胥が楚と敵対する立場となった
ことに対する衝撃が、その理由のひとつ
めである。

ふたつめには、 伍子胥が呉王僚の暗殺
に絡んでいるとすれば、 実際に手を下した
のは彼と行動を共にしていた子仲に違いない、
という想像が頭をよぎったのである。

「暗殺の実行犯は、その場で殺されたそうだ」

ああ、子仲よ……お前はもうすでにこの世には
いないのだな。  

そう考えると、奮揚は軽く目眩を覚えた。
足元がふらつき、危うく川岸から転げ
落ちそうになった。 …












個室の一般病棟は快適だった。
ずっとここにいたい。追加料金かかるけど。

室内の温度も、自分で調整できる。
土曜日、入院して三日目を、ここで過ごし
ていたが、カーテンはあれど扉は明けて
あるので、外の様子が少しだけわかる。

大きな唸り声をあげ続けている男性がいた。
何を言っているかは、よくわからない。

夜になると、その唸り声をあげている男性と、
看護師らしき人のやり取りが聞こえる。

どうやら担当の看護師さんは、もう勤務時間
は終わったので交替して帰ろうとしているが、
それに対して男性が怒っている様子だ。

看護師さんは諦めたように、「じゃあ、少し
話をしましょう。違う場所で」と言っていた。
この男性の唸り声は、私が部屋を移り、
退院するまで聞こえていた。

それ以外でも、女性で「帰りたい」と看護師
さんに訴え続けている人の声も聞こえた。
帰りたい、帰りたい、と。

そりゃあ帰りたいだろうけれど。
あとで聞いたが、この女性は、看護師さんが
少しでも目を離すと、勝手にエレベーターの
ほうへ行き帰ろうとするらしい。

エレベーターの目の前にナースセンター
があるが、看護師さんだとて忙しいから、
見張っているわけにもいかないだろう。

それとは別に、ナースコールを押して、
看護師さんが「何か御用ですか」と来たら、
「何もない」「ナースコールは、用事がある
ときだけ押してください」

「わかった」と言いつつ、またナースコールを
押して、同じことを繰り返すおじいさんがいる
ことも聞いた。

今さらながら、看護師さんて、大変な職業だ。

ただでさえ本来の業務以外に、困った患者たち
の相手をしないといけない上に、コロナ感染予防も
徹底しなければならない。

私がもしも元SMAPの中居君なら、叙々苑の
焼肉弁当を病院で働く全員に差し入れしたい
……と何度も考えた。

かまって老人

私は小説の仕事が忙しくなってから眠れなくなり、
近所の病院の精神科に行き、睡眠薬を処方して
もらうようになった。

基本は一錠か、半錠かで、量を増やさないよう
にはしているのだが、無くては眠らない。
入院中も睡眠薬をもらっていた。

今でも月に一度、そのために病院に通っている
のだが、そこでも、看護師さん、受付の女性、
薬局に行くと薬剤師さんに、喋りかけて張り付いて
離れない老人が、必ずいる。

わざわざ喋るときだけマスクを外して注意され
てる人もよく見かける。

あれは本来の業務に支障をきたすだろうとも
思うけれど、患者をぞんざいに扱うわけには
いかないので、こちらが見ていて気の毒になるほど、
ちゃんと相手をされている。

そして、そういう「かまって老人」は、ほぼ男性だ。

いや、女性だって、そういう人はいると、
今回の入院で何度か思ったけれど、やはり
町で見かける「仕事をしている女性」に、
「客の立場で必要以上に近づいて離れない」
のは、老いた男性率が圧倒的に高い。

SNSでも同じだ。

私は一応、性的な小説を書いているのもあるから
かもしれないが、いわゆるクソリプ、簡単に自分で
調べれば済むことをいちいち聞いてきたり、返事の
しようがないリプライや、意味不明の絵文字や
顔文字、かまって欲しい、相手して欲しい、
ただそれだけの人がわらわら寄ってくる。

めんどくさいから即ミュートしてるし、その人たちの
目的は「エロいことを書いている女に相手にされたい、
かまわれたい」から、たいていの人は、諦めて
くれるが、そうでない人もいる。

そういうアカウントを見にいくと、フォローしている
のが女の人ばかりで、女の人にしょうもないリプライ
をし続けている。

タメ口で。

男性有名人相手には敬語で、女性にはタメ口でと、
露骨にわけている人も多い。

無意識の女性蔑視、女性を舐めているのに
本人は気づいてなさそうだ。

そういうアカウントのプロフィールを見ると
「還暦過ぎたおじさん」「〇〇オヤジ」と書いて
あることが多いので、やはりある程度、年齢が
上の男性たちだ。

なんでおっさんて、かまってちゃんの寂しがり
屋なの? と思うけど、おそらくそれを指摘したら
逆ギレされる。

彼らは結構、プライドが高い。自分たちの孤独
を認めたくない。

女性だって、孤独なはずだけど、女性のほうが
耐性がある気がする。

孤独で寂しいのは、しょうがないけれど、それが
仕事の邪魔をして負担をかけるのが問題だ…
…でもきっとどうしようもないんだろうな。

ある程度の年齢層の男性の、「害になる
自立してなさ」については、このあとも考え
させられる出来事があったが、それはまた、
あらためて書く。……