新潟久紀ブログ版retrospective

人事課行革班12「激動の不適正調査結果公表日」編

●激動の不適正調査結果公表日

 平成9年11月18日。民間有識者を中心とする旅費問題等調査委員会の第8回会合にて、遂に「旅費・食糧費調査報告書」が決定・公表された。その頃までの不適正関連の報道等を通じて、大方が巨額の不適正額となるだろうと噂していたものの、やはり結果として9億円以上というのはインパクトが強く、県内は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。
 当日の報道発表以降は、主に県民からの苦情応答を想定して調査班員が会議室の複数台の電話の前で待機していたが、やはり次々とコール音が続き、鳴り止まない。「死ね」「バカヤロー」の言い切りガチャンの類いから、延々と県職員への批判と説教を続ける長電話まで、我々調査班は息つく暇もなく、平謝りの低姿勢で応答した。
 中には「電話に知事を出せ」という人も少なくないが、唯一人の知事が個別に応じていくことはできないのでお断りせざるを得ない。きちんと知事へ申し伝えると答え、組織として応じていることに平身低頭で理解を求めた。調査班スタッフの我々自身は組織的不適正に関与していなくとも、知事や副知事、総務部長らが一手に対応しきれないこうした事態の時ばかりは、末席主事の私までもが県庁を代表する窓口として矢面に立ったのだ。
 実際に、上層部は議会や団体など関係各方面の代表者等への説明などに追われていたようであり、調査班においても参事や調査員まで報道対応等のために順次呼び出されて行ったので、夜遅くなってくると苦情電話対応は主任主事クラスの若手中心になってきた。
 それでも、発表直後のコール音連続のけたたましさがやや収まってきて、我々スタッフも落ち着きかけていたころ、他の班員が受話器を持って話し込んでいる中で、手すきだった私がコール音を聞いて受話器を取ると、意外にも庁舎の警備員からであった。
 「不適正支出問題への苦言を直接言いに県庁玄関に来ている人が居るのですが…」。近所の住民が徒歩でご来庁したというのだ。調査班を代表して責任ある対応を取れる参事や調査員は不在、残るスタッフの中で最上位の格の者が対応すべきだろうと反射的に思うも、主査や主任は全員電話対応中。なんということか、今まさに不適正支出に怒り心頭で県庁玄関まで来ていて、待たせようものなら火に油を注ぐことになりそうな県民に、即座に応対できそうなのが末席主事の私しかいないのだ。
 「私が行くしかない」。腹を決めて電話中の主査や主任達に一言声掛けして会議室を出ようとすると、彼らは事情を察して目と手で「どうぞご無事で」とのサインだ。県庁3階から玄関まで階段で急ぎ降りながら、「受話器の向こうに居て手出しはしてこれない電話と違って対面だと何をされるか分からないな。刃物など持ってはいないだろうか。激高して刺してきたらどうしたものか…」。などと不安が募る。実際、数年前に私が勤めていた福祉事務所では、生活保護のケースワーク中にヤクザ上がりの相手からドス(短刀)をチラつかせられたこともある。県内某市の福祉事務所職員が面談中に相談者から刺されて死亡した事件も記憶に新しかった。私はまだ子供も小さいのになあ…と自身の不遇を恨んだ。
 県庁玄関の警備員室前では、背が低く猫背気味の中年男性か待ち構えていた。季節は晩秋でとりわけ夜は寒さの厳しさが増す頃。防寒が効きそうな厚手の茶系ジャンパーをまとい両方の手をポケットに入れた姿で細い目でこちらを睨む姿に、これは手に何か隠し持っていて、成り行き次第では危害を受けそうだな…と直感した。
 「あんたみたいな若造では話にならない。知事に会わせてくれ」と言う。電話での応対と同様に、お気持ちは分かるが、知事が大勢の人から一斉にお話を受けることは叶わないので、私どもが聴き受けて知事にお伝えさせて頂くと繰り返すが、相手はどうにも気が済まない。そんな押し問答が10分近く繰り広げられていた夜7時過ぎの県庁玄関で、残業を終えて帰宅のために庁舎を出ようとする職員から哀れみの目で眺め続けられるのも私にとっては中々の苦痛であった。
 やりとりしていると、相手はどうやら酒を呑んだ勢いで来たらしいことが分かってきた。余り匂わないので気付くのが遅れたが、思えば、しゃべり方も方言というより"ろれつ"の回りが良くないということかもしれない。単なる平謝り一辺倒の応答のみならず、相手の主張の不条理な部分などを捉えて論理的に反駁してみると、相手は一方的に言い放つのと異なり、双方向で話していくのは面倒になってきた様だ。
 30分ほどして相手はさすがに疲れてきたのか酒が切れて寒くなってきたのか、遂に「今はこれで引き上げてやるけど知事にちゃんと伝えておけよ」と捨てゼリフを残して踵を返して背を向けて外に向かってくれた。最後は後ろ姿でこちらにバイバイと手まで振って。一部始終を見守っていた当直の警備員達からは、たった独りの攻防戦を制した私に、賛辞と慰労の声を掛けてくれた。
 大事に至らず本当にホッと胸をなで下ろした。私が刺されれるような事態になっても致命傷さえ免れれば、逆に久々に暫く休暇が取れるくらいな呑気なものだが、玄関口を突破されて県庁内を駆け上がられ、知事など偉い方々にもしもの事があれば、私独りがどうこうどころではなくなる。先ずは、そうした大事に至らなかったことにひたすら安堵したのだが、同時に、県議会で議員を通じてとか、団体の代表を通じてとかではなく、県民の怒りに直接向き合って対応したとことは、直接的な住民対応の窓口業務を殆ど持たない特に県本庁職場における希有な経験として心に刻まれた。こうして激動の不適正支出再調査結果公表の一日を終えたのでした。

(「人事課行革班12「激動の不適正調査結果公表日」編」終わり。「人事課行革班13「特命1年の最後はせめて行革担当らしく」編」にまだまだ続きます。)
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