●【回顧】始める ~回顧録のプロローグ~
自身の知見や技能を活かしたい思いとは裏腹にそれと縁遠い仕事に任用されるのは良くも悪くも公務員の定め。それでも過去の経験を現職に活かせたり、現職の中にやりたかった事を見出せはしないかと常に模索する。
今後、過去の仕事で得た見識や想いなどを順次【回顧】していきます。
<1新採用料金回収編>-------------------------------------------------------------
●衝撃の初任地
役所の仕事といえば、河川や道路などの公共土木、各種許認可、医療介護や産業振興等が思い浮かぶ。なので、新採用職場が「企業局」と聞いたときは衝撃でした。工業用水を工場に売って利潤も求めるなんて県の仕事として全く想定外。友人からは最初から左遷??何かしでかしたの??と言われる始末。
●工業用水とは
工業用水は、工場などで機器や製品の冷却や洗浄等に用いるため、飲用のための塩素殺菌などを要せず低料金で供給されるもの。かつて工業団地への企業進出の誘因として公営により工業用水道が整備されてきた。学生時代の事務系バイト経験等とは縁遠く、作業着で検針する仕事でもやるのかと呆然。
●大赤字
県庁の職場で企業経営があるとは。それでも新採用が配属されるのだから軽めの業務では…と思いきや、長年に亘る赤字や過剰投資と老朽化など問題山積を聞き青ざめる。取り掛かりは業務月報取りまとめ担当など定例業務だが、半年もすると給水企業への円高不況等の影響の深刻化がデータから見えてきた。
●破綻予兆
世はバブル景気に向かう時期であったが、昭和末期の本県の織物業界は着物の需要減や安い輸入品に押されるなど生産低下の一途であり、工業用水使用量の減も地場産業の不景気を顕著に表していた。料金支払い遅延を重ねる業者も現れ、新採用間もない私は中小企業社長への未払金請求の矢面に立つことに。
●慇懃無礼
工業用水料金の未払いは、織物業界の不況を勘案して認めてきた分割納入計画さえ不履行となり始め、直接社長へ支払いを強く求めることに。「支払いに最大限努力する」とは言うが、県庁として伝統ある地場の企業を潰してもいいのか?、という脅しが垣間見える。慇懃無礼という言葉が脳裏をよぎる。
●組織職制
新人の立場では、随行した上司による工業用水料金支払い交渉の展開を見守るばかりだったが、行政事務経験しかない彼は、海千山千の社長にとって相手ではなかった。私としては帳簿など証拠を提示させたかったが、上司主導の心情論等に終始したやりとりに、職制の上下によらずに交渉権限が任されないものかと問題意識を持った。
●硬直的な債権処理
そもそも企業会計とは言え名ばかりだと思った。学生時代に日商簿記2級を取得していた私は、公営企業会計制度において(当時)は、貸倒引当金が無く、議会の議決を得ないと不納欠損(債権放棄)ができないと知り、臨機柔軟に情勢変化へ対応するという経営の本質から浮世離れした世界に驚いたものだ。
●除却議決
公営企業の料金未納でやむを得ないものは議会に諮って欠損処分すれば良いと簡単にいう御仁もおられるが、公金が投入されている事業で債権を放棄して良いのか、回収努力を尽くしたのか…といった、個別事件として裁判で判決でも得なければ決めきれない議論の招来は、労多くして益少なしである。
●アンテナを張る日々
役所の公営企業の料金未払い請求は立場上紳士的に努めなければならない。なので民間の債務に比べで劣後と考えている相手の腹が見え見えで本当に腹立たしく思う。当該企業の売上や支払いに関する情報のみならず社長らの"羽振り"の口コミなど、アンテナを敏感にして証拠集めを重ねたものだ。
●ついに倒産か
業界筋の中で「あの会社は倒産する」との噂。電話で真偽を問えば資産隠しや雲隠れの恐れがあるので、不在なら夜通しでも待ち続ける覚悟で社長を訪ねることに。果して突然の訪問に驚くでもなく、開き直りとも見える悠然とした態度で倒産予定を淡々と認めたが、はいそうですかで引き下がりたくない。
●合法範囲での返済詰め寄り
当該企業の各種債務の累積はこれまでの情報収集で明らか。役所の債権でありながら税金と異なり優先性に劣る工業用水料金は破産管財人の管理となれば回収は絶望的。支払延期を何度も認め経営回復を支援してきた我々に対して何ら誠意を示すつもりはないのかと合法範囲を意識しつつ詰め寄る。
●ないものはない
"破産"="バンザイ"した者には敵わないとはよく言ったものだ。工業用水料金の支払いを迫る我々に金庫を開けて取り出し見せた通帳に残高はなく「そら、どうにもならないだろう」という。私が通帳等を確認する傍らで、上司は金庫の中の茶封筒に着目し「我々も回収努力を問われている。」
●はした金
社長は渋々と上司が凝視する茶封筒から「別の支払い用に確保していたものだが…」と20万円を差し出した。別の支払いとは何なのかなどは聞いてしまってはいけない。即座に「誠意は感じます」と上司が話す傍ら、私は領収書を渡して隠すように急ぎ鞄に収めた。しかし、ここからが本日の本当のヤマ場だ。
●個人の債務
社長は手元の現金を渡すので精一杯として詫びの言葉を重ねるが、これで引いてはただの役所仕事だ。「今頂けたのは工業用水料金未納分の1%にも満たない額だ。これまで寛大な猶予と理解を重ねた我々に本当に詫びる気持ちがあるならば、誠意を形で見せては頂けないか」。これを聞いた社長は意図を計りかねているようだ。
●共同責任は無責任を知る
「例えば社長名で債務を認める一筆を記していただけないか。」流石に社長もその意味を察した模様で先程までの開き直り的態度が固くなり始めた。債務名義ではない書面の法的効力はともかく、個人を連帯債務に絡める可能性は残したかった。会社破産の一方で豪邸など社長の私財情報を我々は得ていたのだ。
●無念
2時間に亘るやりとりで社長からは債務確認の一筆は遂に得られなかった。社長は「私は個人業者による共同企業での雇われ社長にすぎない。個人として責任は負えない。」と繰り返す。新卒で世間知らずの私は「○○組合」という会社名にもともと違和感を持っていたが、"寄合い組織は無責任"を思い知った。
●途方に暮れた初めての仕事納め
やるせなく僅かな回収金を抱えて夜9時過ぎの県庁に戻ると課長一人が待っていてくれた。本日は年末年始休みの前日で、普段残業がちな者も含めて慣例的に皆が定時で退庁していたのだ。経緯を話して「ご苦労様」との一言を頂く。新採用初年度の年の瀬は、大きなため息の仕事納めとなったのでした。
(回顧1終。「新潟久紀ブログ版」では、新入り県庁マンの苦労と"しでかし"の日々を続々と掲載していきます。)