新潟久紀ブログ版retrospective

柏崎中学生時代13「受験で担任を慌てさせる」

●受験で担任を慌てさせる

 昭和後半の中学校への入学早々において、新入部員へのハードなシゴキ練習で有名なバスケ部への入部希望を表明し、肥満体型からどう考えても無理だろうと思われ、お会いして間もない担任やら好景気下の残業で忙しい工場勤めの母親を巻き込んで大迷惑を掛けた私は、中学時代にもう一度担任を悩ませることになる。
 昭和の時代に、しかも新潟県の柏崎市ほどの片田舎においては、中学卒業後の進路などというものは、2年生くらいまでは保護者を交えた三者面談などの限られた機会に何となく朧げに話題にする程度であったが、それでも概ねの方向性として親や教諭に共有され、3年生の春になると、それを踏まえて具体的な進学希望の高校について本格的に詰めた話をするというのが流れだったように思う。
 当時の新潟県では住居地域によって進学可能な高校が限定されていたので、よほどの事情が無い限り地元にある高校のうちでどこに行きたいかという話になる。柏崎市において当時は、普通科を主として大学への進学校とされている柏崎高校と就職も割とある常盤高校の2つの県立高校と、実業系の柏崎工業、柏崎商業、柏崎農業の3つの県立高校、加えて私立の新潟短期大学付属高校というのが選択肢の基本だった。
 中学時代に学業がずっと学年トップで卓球や陸上などでも教諭らから一目置かれていた私の兄は、当時は高校生の3割ほどの進路だった大学へ行くのが自他共に当然とされていたので、柏崎高校以外には話題にもならなかった。
 一方で弟の私はといえば、学業に秀でたところはなく、肥満体型で運動センスも無しときていたものだから、母親は自分の勤める鉄工所にでも勤めればいいさと工業高校への進学を話題にしたし、当時は私も早く仕事をして稼いで一人前になりたいという意識があったので、従前から柏崎工業高校に進学しようかなあという意向を周囲に話すことが度々だった。
 それは、父親が高卒で柏崎市内の小さな家族経営の企業勤めであり、母親は中卒で鉄工所勤めで、共働きとはいえ家計に余裕のない我家においてカネのかかる大学にやれるのは兄だけで精一杯だろうという事情に適う意向だったのだ。
 中学1年生の頃は、とにかくハードだったバスケ部の新入生シゴキ練習に耐える日々に疲弊しきっていて、中間期末と校内試験を受ければ我ながら惨憺たるものだったので、大学に行ってまで辛酸をなめるばかりの勉強などしたくないと本気で考えていたものだ。
 ところが2年生になって、5学年離れた兄が大学に進学し、そこでの暮らしぶりなどを聞き始めると、何となく大学に憧れる気持ちが芽生えて来た。もっとも教科書丸暗記でない学問への希求などというアカデミックなものというより、親元から離れた自由な生活ぶりというのが何とも新鮮で魅力的だったのだが。
 そんな訳で、中学3年生になって直ぐの三者面談で私は「柏崎高校に行きたい」と言い出す。これまで幾度となく聞かされてきた「柏崎工業高校へ進学したい」とは異なる話に、担任や母親を慌てさせることになった。
 特にこれまでの2年間に殆ど接点が無くて私の事がまだ良く分からない担任からは「新たな志望高の偏差値とこれまでの成績から考えて大丈夫なのか」と大いに心配の念を示されたのだ。
 しかし私はこの時、裏付けが無いのに自信につながる妙な目算を頭に描いていた。3年生の夏に部活が終われば受験勉強に専念できて志望高変更の偏差値ギャップもなんとか埋められるのではと。
 良くも悪くも我がバスケ部は夏の地区大会を早々に敗退して3年生たる私も即座に部活引退。それ以降、放課の終鈴と同時に誰よりも早く下校して受験勉強に精を出す日々に。毎日校舎内に一時もたむろせず、寄り道もせずに帰宅したものだ。こんな学業挽回に専念するの日々を過ごしたのは中学3年生の時の初秋から高校受験日までのこの時をおいて他にはない。
 受験がかなり近づいた頃に教諭たちが設けてくれた補習会についても、遂に担任からは「君には不要だろう」と言ってもらえる状況になった。気を緩められる水準では無かったと思うがこの時は嬉しくて「進路変更イケるんじゃないか」と独り言が出たものだ。
 結果して柏崎高校に進学することができたのだが、高校2年生の時に当時の担任から図らずも高校入学試験の時の順位を聞けたところ、私は割と下位で少し間違うとヤバかったかもしれないラインだった。その後の大学入試の共通一次試験や県職員採用試験など、紙一重での綱渡り受験人生の始まりだったのだ。

(「柏崎中学生時代13「受験で担任を慌てさせる」」終わり。「柏崎中学生時代14「生徒会で迷惑かける」」に続きます。)
小学生時代までの「柏崎こども時代」(全46話)はこちら
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↓新潟県立の柏崎高校と柏崎工業高校。どちらに進むべきか迷った。

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