●ISEZI(いせじ)に遭遇(その3)
新発田市の水島優さんが率いる「ISEZIソーシャルデザインプロジェクト」は、「暗闇卓球」といったエキセントリックなイベントや一時的な賑やかしの催事により、単に市内外から人寄せして地域を盛り上げようとするのが目的ではない。
座談会で本人から語られるのは、写真家として活動したフランスのパリ郊外において人気のサードプレイス、いわば第三の居場所を参考に、多世代交流の新しい関係性をこの地で創造したいということが根幹にあるということだ。
新しい関係をマリアージュやクリエイトしてリレーションアートを生みたい。オンラインサードプレイスとして何処かでやってる面白い情報をシェアもしたい。平日に地域の人がふらっと立ち寄れるように意図的に平日に活動したい…。などなどここに挙げきれないイメージやアイデア、展開戦略などを聞くにつれ、こちらも面白い気分にさせられる。
そんな斬新さや物珍しさのワードで魅かせながら、目指す「サードプレイス」の理念もしっかりと語ってくれる。参考にするフランス型のそれは、居心地の良い場所に、ローカルエコノミーとして循環する経済が目的として入っていて、近隣の農作物を使うとか、地域に経済が還元する方法を目に見える形にしていく、という考え方が確立しているという。
なるほど、金を掛けずに古い空き店舗を借りて「拠点」とし、一部居室をDIY的に補修した民泊はペイしているというし、イベントは地域にあるモノを使って参加費で各々独立して採算がとれる範囲で無理せず、の姿勢なのだという。
水島優さんの写真家としての被写体を拝見すると、誰もが知る日本の著名人との交流が伺い知れるのだが、そうした人達の派手な金遣いや生活などに影響されて大きな事業や投資などすることなしに、地方の田舎街の持続可能な在り方を追求しようとしている姿勢には、補助金で事業を肥大化させて本来の良さを台無しにする、いわば火に油を注いで大火事にしがちな役所仕事も散見される中で、大いに学ばされた。
その水島優さんや新発田地域の魅力に惹かれて「ISEZIソーシャルデザインプロジェクト」に関わっているのが「近藤潤」さん。一級建築士でありデザイナーとして新潟市で株式会社suikakaを経営する30代男性。ISEZIの建築担当ということらしい。
なんとロンドンの建築設計事務所で住宅デザインなど活躍されていたのだが、帰国の理由は「日本の美味いメシを食べ続けたい」というから面白い。本業にとどまらない個性は街の活性化イベント展開にも及び、衰退の著しい新潟市の古町繁華街において面白い場所や面白く過ごせる場所をインスタ等で提案し合い、それを集めて写真展にする「古町百選」というイベントで注目されたグループをリードしたりもされている。
地域だけで盛り上がることや一過性のイベントには興味が無いと言い、何が世界と繋がれるかを見る目が重要だと話す。地域に根差したものでありつつも、どこかに必ず外の世界が興味を持つ共通項があるはずで、それを地域の人に示せれば、地元愛の醸成につながるし旅で訪れる動機にもなると、落ち着いた語り口の中に熱いものを感じさせてくれる。
更にISEZIのメンバーとして参加してくれたのが「五十嵐萌」さん。新発田市出身の20代女性で、都内の人材系ベンチャーに就職したが、数年して新潟市の広告関係のベンチャーへ転職。営業事務の傍ら、グラフィックデザイナーとして印刷物やプロダクトデザインなども請け負っている。ISEZIのSNS担当として、本人曰く「ISEZIに来やすい環境づくり、来るにあたってのハードルを下げる担当だ」といい、指さす方向の室内壁の上部を見れば、彼女が追記を続けているこれまでのISEZIにおける取組の年表が貼ってあった。デジタルでなく大洋紙に手書きのアナログなのがまた良い。
ISEZIは新発田市外から来た人が落ち着付ける場所であり、萌さん自身が、普段の生活では繋がらない関係を作り出し、悩みまで相談できる場所となったという。素朴だけれど自分にとって特別と思えるお気に入りの場所として、関わった各人が紹介し合い、結果して20代が来てくれるようになってきたとのこと。
ISEZIが、その建物の外観からは伺い知れないような、グローバルな知見と高いインテリジェンスにより活動を進めていることに驚かされ、その主宰者やメンバー達は、人口減少が深刻化して古典的な対応では何ともしがたい新発田地域の振興を考える上で非常に重要な人材であると確信した。そして、ISEZIというサードプレイスに内外から行き交い集う若者達にこそ、新発田地域の今後を”振るわせる”ためのヒントや鍵がありそうに思えてならないのだ。
(「新発田地域ふるわせ座談会10・「ISEZI(いせじ)に遭遇」(その3)」終わります。「新発田地域ふるわせ座談会11・「ISEZI(いせじ)で更なる出会い」(その1)」に続きます。)
座談会で本人から語られるのは、写真家として活動したフランスのパリ郊外において人気のサードプレイス、いわば第三の居場所を参考に、多世代交流の新しい関係性をこの地で創造したいということが根幹にあるということだ。
新しい関係をマリアージュやクリエイトしてリレーションアートを生みたい。オンラインサードプレイスとして何処かでやってる面白い情報をシェアもしたい。平日に地域の人がふらっと立ち寄れるように意図的に平日に活動したい…。などなどここに挙げきれないイメージやアイデア、展開戦略などを聞くにつれ、こちらも面白い気分にさせられる。
そんな斬新さや物珍しさのワードで魅かせながら、目指す「サードプレイス」の理念もしっかりと語ってくれる。参考にするフランス型のそれは、居心地の良い場所に、ローカルエコノミーとして循環する経済が目的として入っていて、近隣の農作物を使うとか、地域に経済が還元する方法を目に見える形にしていく、という考え方が確立しているという。
なるほど、金を掛けずに古い空き店舗を借りて「拠点」とし、一部居室をDIY的に補修した民泊はペイしているというし、イベントは地域にあるモノを使って参加費で各々独立して採算がとれる範囲で無理せず、の姿勢なのだという。
水島優さんの写真家としての被写体を拝見すると、誰もが知る日本の著名人との交流が伺い知れるのだが、そうした人達の派手な金遣いや生活などに影響されて大きな事業や投資などすることなしに、地方の田舎街の持続可能な在り方を追求しようとしている姿勢には、補助金で事業を肥大化させて本来の良さを台無しにする、いわば火に油を注いで大火事にしがちな役所仕事も散見される中で、大いに学ばされた。
その水島優さんや新発田地域の魅力に惹かれて「ISEZIソーシャルデザインプロジェクト」に関わっているのが「近藤潤」さん。一級建築士でありデザイナーとして新潟市で株式会社suikakaを経営する30代男性。ISEZIの建築担当ということらしい。
なんとロンドンの建築設計事務所で住宅デザインなど活躍されていたのだが、帰国の理由は「日本の美味いメシを食べ続けたい」というから面白い。本業にとどまらない個性は街の活性化イベント展開にも及び、衰退の著しい新潟市の古町繁華街において面白い場所や面白く過ごせる場所をインスタ等で提案し合い、それを集めて写真展にする「古町百選」というイベントで注目されたグループをリードしたりもされている。
地域だけで盛り上がることや一過性のイベントには興味が無いと言い、何が世界と繋がれるかを見る目が重要だと話す。地域に根差したものでありつつも、どこかに必ず外の世界が興味を持つ共通項があるはずで、それを地域の人に示せれば、地元愛の醸成につながるし旅で訪れる動機にもなると、落ち着いた語り口の中に熱いものを感じさせてくれる。
更にISEZIのメンバーとして参加してくれたのが「五十嵐萌」さん。新発田市出身の20代女性で、都内の人材系ベンチャーに就職したが、数年して新潟市の広告関係のベンチャーへ転職。営業事務の傍ら、グラフィックデザイナーとして印刷物やプロダクトデザインなども請け負っている。ISEZIのSNS担当として、本人曰く「ISEZIに来やすい環境づくり、来るにあたってのハードルを下げる担当だ」といい、指さす方向の室内壁の上部を見れば、彼女が追記を続けているこれまでのISEZIにおける取組の年表が貼ってあった。デジタルでなく大洋紙に手書きのアナログなのがまた良い。
ISEZIは新発田市外から来た人が落ち着付ける場所であり、萌さん自身が、普段の生活では繋がらない関係を作り出し、悩みまで相談できる場所となったという。素朴だけれど自分にとって特別と思えるお気に入りの場所として、関わった各人が紹介し合い、結果して20代が来てくれるようになってきたとのこと。
ISEZIが、その建物の外観からは伺い知れないような、グローバルな知見と高いインテリジェンスにより活動を進めていることに驚かされ、その主宰者やメンバー達は、人口減少が深刻化して古典的な対応では何ともしがたい新発田地域の振興を考える上で非常に重要な人材であると確信した。そして、ISEZIというサードプレイスに内外から行き交い集う若者達にこそ、新発田地域の今後を”振るわせる”ためのヒントや鍵がありそうに思えてならないのだ。
(「新発田地域ふるわせ座談会10・「ISEZI(いせじ)に遭遇」(その3)」終わります。「新発田地域ふるわせ座談会11・「ISEZI(いせじ)で更なる出会い」(その1)」に続きます。)
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